ちょろかったミスリル

「美空の親父さんってどんな感じの人?」

 頑固な職人って感じとかだと話しにくそうで嫌だなぁ。

「どんなって、普通だよ? 少し声が大きいくらいかな」

 声の大きい人、苦手です…………てか、そもそも普通ってなんだ? 俺の中で普通のおっさんって怖いものってイメージしか無いんだが。これは完全に父方祖父母の建設会社の社員たちのせい、怖いおっさんとチンピラ、不良みたいなのばっかりだった。目が合えば睨まれるし、夜には酒を飲んで喚くし、ああ~思い出したら美空の親父さんに会うのも嫌になって来た。

「気のいいおじさんですよ、声は確かにちょっと大きいですけど」

 愛衣がそう付け足した。やっぱり声はでかいのな、源さんとか秋広さんみたいな感じの、やわらかい雰囲気の人だといいんだけど、昨日のおっさん達みたいなのは苦手だ。いくら根はいい人だとしてもだ。


「あれがあたしの家だよ。それとあっちが鍛冶場ね」

 美空が指差した先には日本家屋とそれに併設するように煙突のある小屋のような物が建っている。うう、着いてしまった。自分の用事なんだからしっかりせねば。

「ただいまー! 父さーん! 帰ったよー」

「おう! 戻ったか! 愛衣ちゃんと美緒ちゃん、いらっしゃい! んでそっちのが秋広が拾ってきて村長の所に居候してるやつか?」

 小屋の方からごつい顔のおっさんが出てきた。美空と全然似てねぇな、似てても困るけど。

「うん、航だよ」

「は、初めまして、如月航です」

 ああ~、緊張する。

「おう! 俺は橘達彦だ! なんでも変わった剣を作って欲しいそうだな?」

 親父さんの持っている鎚の柄の部分に橘達彦と彫ってある。

「あ、はい、そうなんです。少し変わった形なんですけ――」

「ああ、話は鍛冶場で聞く、付いて来な」

「は、はい」

 この有無を言わせない感じ苦手だなぁ、父方の祖父も似た様な感じだった。一代で会社を作ってやってた人だからか、全部自分が正しいって感じでこっちの話は聞きゃしなかった。


「さて、航だったな、お前美空と一緒に温泉に入ったそうだな」

「は、え?」

 なにこれ? なんでいきなりこんな話題? てか美空なんで父親にそんな事話してんだよ!? 別にやましい事なんてないけど、これは怒られるのか? 殴られたりするのか?

「一緒に入ったというか、俺が一人で入っていたら美空たちが乱入してきた感じなんですけど…………」

「そんな細かい事はどうでもいい! やっぱり一緒に入ったんだな!」

 怖っ、めっちゃ怖っ、そりゃよく分からん余所者の男と娘が風呂に入ったら怒るのが普通だろうけど、俺は追い出す努力はしたぞ!?

「で、どうだ? お前から見て美空は女として魅力があるか?」

 はい? なんの話? 怒るんじゃないのか? 殴られるかも、とびくびくしてたのに何言い出してんのこの人?

「美空のやつはもっと小さい頃から男と喧嘩して勝っちまうようなじゃじゃ馬でなぁ、成長すれば少しは女らしくなるかと思えば、全くそんなこともなくてな、このままじゃ嫁の貰い手がないんじゃねぇかと心配してんだよ俺ぁ。それでよそ様から見たらどうなのか聞いてみたくてな、村の同い年の男とは喧嘩ばっかりだから当てにならんし、昨日帰って来てからお前の話ばっかりするもんだから、たぶんお前の事を気に入ってるんだと思うんだ、だからそういう相手から見てどうなのか聞いてみたいんだ」

 困り果てたという感じでそう言ってくる親父さん。嫁ってまだ十二だろ、そんな事気にする歳じゃないだろうに、って十五、六で結婚するのが居るんだっけ? これなんて答えればいいんだよ。


「ああ~、元気があって可愛らしいんじゃないでしょうか? 昨日俺を助けてくれましたし、良い娘だと思いますよ」

 こ、これでいいか? 当たり障りのない感じだと思うし、なんで俺この人の娘相談を受けてるんだよ…………。

「そうか!? 本当にそう思うか!?」

 胸ぐらを掴まれた。鍛冶なんてやってるだけあって凄い力だ。

「はい、だから離して……」

「おお、悪かった、意外なことを言われたから驚いちまってな、そうか、そうか。っと、お前も用事があったんだったな、変わった形ってのはどんなのだ?」

 やっと本題に戻った。

「えーっとなにか、描くものは……」

「ここには紙も筆もないぞ」

「じゃあ、外で地面に描きます」


 外に出て地面に作って欲しい剣の形を描いていく。描いたのは音叉のような二叉の剣だ、刃渡りはたぶん六十センチ前後。

「確かに変わってるな、日本人なら刀じゃないのか?」

「ちょっと試したいことがあって、それをする為にこの形が必要なんです。この刃じゃない内側の部分は真っ直ぐ平行でお願いします。それと出来れば描いた刃渡りくらいの物と、もう少し長い物の二本を作って頂きたいんですけど、お願いできますか?」

 試したいこと、それはレールガン。ロボット系のアニメを見た時に仕組みをちょろっと調べた程度で完全にうろ覚えだから出来るかどうかは分からない、でもせっかく電気を扱えるのだから試してみたくもなる。剣にしたのはダメだった場合でも武器として使えるから。

「二本作るのは構わないが、こんな形の物は作った事がないから少し時間がかかると思うぞ」

「作ってもらえるなら、時間とかは気にしません。それとくず鉄でいいのでこの二叉になってる部分の幅より小さい玉も作ってもらえませんか?」

 自分じゃ作れるわけもないし、この国じゃ頼む事だって無理だ。

「ああ分かった、それで剣の素材は何にする? やっぱりミスリルがいいか? お前腕力となさそうだしな」

 は? え? 今なんて言った? ミスリル? それってフィクションの中の物だろ、この世界にはそれがあるのか?

「み、ミスリルってどんな物なんですか?」

 驚きのせいでどもってしまった。

「どんなって、鉄なんかよりずっと硬くて丈夫な上に軽いからお前みたいな非力そうなやつでも振るのに苦労しないと思うぞ。日本にはないのか?」

「空想上の物であっちの世界にはないですよ…………」

 ミスリルって希少なものってイメージがあるけど、あっさり名前が出てくるって事はそうでもないのか?

「あの、ミスリルって希少な物なんじゃないんですか?」

「そうだな、高値で取引されてる。だからタダで作ってやるわけにはいかない」

 ほらね、そうそう美味い話があるわけがない。まぁいい、主目的はレールなんだから、剣としての良さは二の次なんだ。でも、ミスリルかぁ…………未練たらたらだな。

「だから少し条件を付ける」

「へ?」

「だから条件だよ、条件、それを飲むならミスリルで作ってやる」

 マジか!? あー、でも期待してはいけない、大抵こういうのは無茶振りされるんだ。

「一つ目は~、そうだな、昨日美空が言ってた日本の菓子を俺にも分けてくれ、二つ目はお前の雷の力ってのを見せてくれ、村人みんな覚醒者に成る可能性があるってのに誰も成らないから覚醒者の力を見たことがないんだ。まぁ菓子はこの世界じゃ手に入らない物だし、無理でも剣は鋼で良い物に仕上げてやる」

 美空の親父さんってミーハー…………。だがしかし! 駄菓子でミスリル製の剣が手に入る!? RPGなんかじゃ終盤、よくても中盤にならないと手に入らない物が駄菓子で! 二つ目の条件が少々厄介だけど、十分な距離を取ってからなら大丈夫かもしれない。

「す…………」

「す?」

「直ぐにお菓子取ってきます!」

 桜家に全力ダッシュした。


「ハァ、ハァ、ハァ、はぁ~」

「なんじゃ、そんなに大慌てで帰ってきて、何かあったのかの?」

 自分の体力の無さも考えず走ったから息が切れて直ぐに喋れない。

「ハァ、美空の、ハァ、ハァ、親父さんに、ハァ、剣を作ってもらう条件で菓子が必要になったので取りに戻りました」

「ああ~、なるほどの、達彦も甘い物が好きじゃったな」

 あのごつい顔で甘い物好き…………。

「そうじゃ航、お前さんその用が済んだら髪結いの所へ行ってきなさい」

 髪結い? 髪を結う? もしかしてちょんまげ!? 嫌だ嫌だ、ちょんまげになんかなりたくない、天辺ハゲじゃないか!? 大体前に散髪に行って短くした時だってかなり落ち着かなかったのにそれを通り越してハゲとか絶対無理!

「あの、俺ちょんまげはちょっと抵抗があるというか…………」

「なに言うておる、ひと月経ったら出て行くのにちょんまげになどしとったら、外で目立って直ぐに捕まってしまうぞ。村の者も町へ行ったりする時の為にちょんまげにしておる者など殆ど居らんわい。儂が言うておるのは髪結いの所でその無精ひげを剃ってもらえという事じゃ」

 なんだ、ちょんまげじゃないのか。そういえばちょんまげの人なんて見なかったな、それにしても無精ひげか、そう思って自分の顔を触るとちくちくする。うぇぇぇ、気持ち悪い、こんな状態で人前をうろうろしてたのか俺は…………。

「分かりました。用が済んだら行ってみます」

「うむ、場所は達彦にでも聞けばええじゃろ」

「はい、行ってきます!」


「も、もど、り、まし、た」

「おう! 遅かったな! あんなに慌てて走って行くからもっと早く戻ってくるかと思ったぞ」

 体力なくてすいません…………。

「これが美空たちにあげたのと同じやつです」

 グミの箱を五箱ほど渡す。こっちでは買えないとはいえ、駄菓子でミスリルだから少量じゃダメだと思って五箱にした。ストックはまだあるし大丈夫だ。

「ああー! なんでそんなに父さんにあげてるのー! あたし達の時は一握りだったのに!」

 美空に見つかった。

「ふふん、こいつは交換条件ってやつだ。ミスリルで剣を作ってやる代わりに俺が貰ったんだ」

「ずるいよー! 航、あたし達にも!」

 えぇ~、そんなにバンバンあげてたら直ぐに底を突きそうなんだが。

「あ~、分かった、今度な」

「絶対だよ!」

「あ、ああ…………」

 美空は親父さんに分けてもらえばいいんじゃ?

「それでもう一つの条件だが――」

「それなんですけど周りに民家も何もない広い場所ってありませんか? まだ加減が難しいので周りに害のない場所じゃないと使えません。それに俺から十分距離を取ってもらわないと親父さんも危険ですよ」

 これはまもってもらわないと絶対に力は使わない。

「ん~、そうだな、廃坑なんてどうだ?」

 廃坑、洞窟みたいなもんだよな? 山だと木に当たって山火事にする危険もあるし、廃坑ってのはありかも?

「じゃあそこでお願いします」

「よし! 付いて来な!」



「んで、なんで美空たちも付いて来てるんだよ」

「いーじゃん別に、あたし達だってまた見たいもん」

 昨日見ただろうに…………。

「覚醒者なんて珍しいですから、見れる時に見ておきたいんです」

 愛衣がそう言う。俺は珍動物かよ。

「美緒もそんな感じ?」

「は、はい」

 人が居る状態で使いたくないのに四人も居る…………。

「大分奥まで来たしこの辺りでいいんじゃないか?」

 確かにかなり歩いたな。穴の中に居ると盗賊に捕まっていた時の事を思い出すなぁ、よくあんな場所から逃げ出せたもんだ。

「じゃあみんなはそこの曲がり角から覗く感じで、絶対にこっちに来ないようにしてください。人に当てて怪我させるとか嫌なので絶対にまもってください」

「了解、了解、それじゃあ、いっちょ盛大にやってみてくれ!」

 自分で制御出来ないんだからそんな事出来るわけないだろ、とりあえずみんなが居るのとは反対の方向に手を向けて電撃を放つ、真っ直ぐ廃坑の奥へと閃光が走った。やっぱり放ったものの向きを変えたりは出来なかった。真っ直ぐにしか撃てないのならとりあえず前方に気を付けていればいいのかな? 

「今のだけかー? 他に何か出来ないのかー?」

 他にも何も使ったのはこれで三度目だ。なにが出来るか試す為に訓練に使える場所がないか聞いたんだから、まだ何が出来るかなんて分からない…………何か、なにか、ね。

 放つんじゃなくて纏うことは出来るだろうか? 自分の右腕に集中してみる。放出じゃなく留める感じで…………。


「出来た…………」

 電気が放出されることなく右腕に留まり帯電している。

「おおー! 凄いな! 雷を腕に纏ってるぞ!」

 さっきのはつまらなかったみたいだけど、今度のは好評みたいだ。

「こんな感じでいいでしょうか? まだ使い慣れてないのであまり多くの事は出来ないんです」

「ああ! 構わない! 珍しいものを見せてもらった! 剣の方はミスリルでしっかり作らせてもらう!」

「よろしくお願いします!」

 よかった、あとは作ってもらった後に自分の思ってる事が出来るのかどうかだけど、まぁ出来るといいなぁ程度に思っておくか。期待のし過ぎは後が辛い。

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