そして、得たもの

「今のなに? 航がやったの?」

 びっくりしたのだろう。美空たちは俺から距離を取っていた。

「俺も、分からない……」

 さっきの音、電気の音に、コンセントにプラグを差す時にたまに鳴る音に似ていた。ならさっきのは電撃でも出たってのか? 俺の手から? 覚醒者になったって事なのか? 本当に? 本当に自分のやった事なのか確かめようと右手に意識を集中した。

 何かが弾ける様な音と共に電撃が迸った。

「マジかよ、出た!? 本当に出た!?」

 って!? マズい! クソガキ共の方に電撃が一直線に向かって行く。クソ! これどうやってコントロールすれば、自分の意志で操れないのか!? このままじゃ当たる!? この! ズレろ! 電撃を放っている右手を別の方向に向けようとしたけど、遅かった。

 陶磁器が派手に割れる音がした。俺、子供を殺したんじゃ? 今度は本当に自分で殺してしまった。そう思って項垂れる俺の後ろから、笑い声が響いた。

「ぷっ、あっはははははは、平太達きったなぁー! あはははははは」

 美空の笑い声に反応して前を見た。四人はちゃんと立っていた、ウンコ塗れで。よかった、死んでない、本当によかった。でも。


「くっさ! めっちゃくさ!」

 電撃が逸れたのか、元々当たらない程度にはズレていたのか、電撃はクソガキ共の運んでいたウンコ瓶に直撃したようだった。そのせいで中身は飛び散り、傍に居たクソガキ共は見事に中身の汚物に塗れていた、その上電撃で汚物が焼けたのだろう、物凄く嫌な臭いが辺りに立ち込めていた。その中心に居るクソガキ共は相当の異臭を感じているはずなのに呆然と立ち尽くしている。完全に放心状態だな、俺も似た様なものだけど、誰も死んでいなかったという事実に安堵してその場にへたり込んだ。


「ぷふぅっはははははは、平太達これじゃあ本当に糞ガキじゃん! あはははははは、しかもものすっごくくっさー!」

 美空は大爆笑だな、後ろを見ると美空はお腹を抱えて転げ回っている。美空に釣られて、美緒と愛衣も肩を震わせている。これだけ見れば確かに笑える状況かもしれないけど、俺は笑えない、電撃の威力がどの程度なのかは分からないけど、当たっていれば無傷でいられるはずがない。大怪我、もっと悪ければ死んでいたかもしれない。自分の意志で誰かを傷付ける選択してその結果なら、こんな動揺はしなかっただろうけど、俺にそんなつもりがないのに誰かを傷付けかけた事が怖かった。自分の意志で操れない力ならただの災害だ。


「うわーん! 父ちゃーん!」

 クソガキの一人が逃げ出した。

「待てよー!」

「化け物だー!」

 釣られて二人逃げて行く。平太と呼ばれてたやつだけが残って、こちらを睨み付けている。化け物か…………そう言われても仕方ないのだろう。この国の人間はこれが怖いから俺たち異界者を殺そうとするのか。少しだけその気持ちが分かった。自分に害為す存在を排除するのは当然の事だ。なんでこんな力を得たんだろう? 日本に居た時は普通、よりもっと悪い、底辺の人間だったのに…………。

「次は負けないからな! このやろー!」

 捨て台詞を残して平太は走り去って行った。ビビってなかったな、勇気があるのか、今の脅威が分からない程に無思慮なのか、子供って凄いな。


「航凄いね、覚醒者だったんだ!」

 やっと笑いが収まったのか美空たちが近寄ってくる。

「怖く、ないのか?」

「え? なんで? 最初はびっくりしたけどあたし達を助けてくれたんだよね。それに二回目のは面白かった! 平太たちがウンコ塗れ! いっつもあたし達に意地悪するからいい気味!」

 美空たちは俺が態と瓶に当てたと思っているのか。

「ここに居ると臭いですし、そろそろ行きませんか? 着物に臭いが付いちゃいそう」

 災害の様に危険かもしれない奴を前にしてるのに愛衣は着物の心配をしている。暢気だなぁ、怖がってないのは嬉しいけど、俺は自分が怖かった。

「先に行っていいよ。俺はびっくりして腰が抜けたから、少し休んでから戻る事にするよ」

 ここは臭いし正直さっさと離れたい、でも今は上手く歩けそうにない。それにこの娘達と一緒に居てまたさっきみたいな事になったらと思うと怖くて一緒には居られそうにない。


 二度目の時は意識を集中してから電撃が出た、電撃の制御は出来なくても、自分の意志で発生させられるのなら暴発はないと信じたいけど…………俺自身この力の事は分かっていない、なら出来るだけ危険な行動は避けた方がいい。

「えー! 自分の力にびっくりしたの!? それに腰抜かすとか、航かっこわる過ぎー」

「さっきのが初めてだったんだ、びっくりしてもしょうがないだろ?」

 自分の意志と関係無しに人を殺しかけたと思えば誰だってびっくりすると思う。

「航さん自分が覚醒者なの知らなかったんですか?」

「知らなかった。普通は成ったら分かるものなの? そういえば混血でも覚醒者になったりするんだろ? この村の人はどんな感じなんだ?」

「今のこの村には覚醒者は居ませんよ。だから覚醒者なんて見たのお兄さんが初めてです」

 居ない? 日本人の、異界者の村なのに?

「村の人はみんな身体能力が高い側の人種なのか?」

 美空は脚速かったし全員がそうなのか?

「村のみんなの身体能力は普通ですよ。日本人、航さんと違いはないと思います。村の人はみんな覚醒者に成れる可能性はありますけど、村を作ったご先祖様以外誰も成った事がないっておじいちゃんが言ってました」

 普通、つまり俺は特別な身体能力を持った子供に引っ張ってもらってたんじゃなくて、普通の子供に走力で負けて引っ張ってもらっていたと…………。心に百のダメージ、航の心は瀕死だ。


「もー、しょうがないなぁ、愛衣か美緒そっち持って、あたしこっち持つから」

 美空が俺に肩を貸そうとする。

「いやいや、無理だって身長差結構あるし、少し休めば大丈夫だって」

 この力の事が分かるまでは極力人に近付きたくない。

「はいはい、腰抜けちゃった情けないお兄さんは黙っててくださいね~」

 …………愛衣って意外と毒舌なのな、反対側を愛衣が担ぐ。本当に情けないなぁ俺……。

「どうしよう? このまま美緒の家まで行く?」

「美緒ちゃんの家までだと大変だから、臭いがしなくなる所まででいいんじゃない?」

 女の子二人に担がれて移動する。ああ、もうどうでもいいや、どうせ俺は元々情けなくてかっこ悪いやつだし…………。

「航さん大丈夫?」

 ヘコんでる俺を美緒が心配してくれる。その優しさ今は辛い、ほっといてくれ。

「大丈夫、大丈夫……」

 全然大丈夫じゃない、心身ともに疲労困憊なところに愛衣の追撃ももらってマジヘコみモード、この後戻ってあの話をしないといけないと思うと完全に鬱だ。


「とりあえずこの辺でいいかな、嫌な臭いもしなくなったし」

「そうね、着物に臭い付かなくてよかった~」

 道の端の草むらに下ろされた。

「あ、ありがとね……」

「ねね、さっきの雷みたいなのまたやって見せてよ」

 覚醒者なんて見た事ないって言ってたから、かなり興味があるんだろう、美空に力を使って見せろとせがまれる。

「あ~、今は使えそうにない、さっきので使い果たしたみたい。しばらく休まないと出来ないと思う」

 完全に嘘だ。やろうと思えばまた電撃は出るだろう、俺に制御出来ない状態で、そうなったら今度は本当に怪我人、死人が出るかもしれない。使うのを試すとしたら周囲に絶対に誰もいない迷惑の掛からない状態でないとダメだ。

「ええー! まだ二回しか使ってないじゃん! それなのにもう使えないの? 航能力の方も情けない~」

 グサグサと遠慮なしに刺しに来るね、もう俺の心は瀕死だぞ? これ以上は勘弁してくれ。

「しょうがないよ美空ちゃん、航さん力が使えるようになったのさっきが初めてなんだし」

 美緒は優しいな~。

「もー! だから言ったじゃん! ご飯食べてないからダメなんだよ! 美緒の家に戻ったらちゃんとご飯もらいなよ」

 そこに繋がるのか…………。

「わかった、わかった、戻ったら食べさせてもらうよ」

「あ、じゃあ私先に戻ってお母さんに何か作ってもらうの頼んできますね」

 そう言って美緒が走って行く。良い娘だな~、それはこの二人もか、わざわざ大人を担いで運んでくれて、俺みたいな情けないやつとは大違い。


「二人はこの後どうするの?」

「どうするって、あたしは家に帰るけど?」

「私も帰りますよ。もしかしてお兄さん、美緒ちゃんの家まで送って欲しいんですか? 女の子にずっと運んでもらうのは、とても、とても、情けない事だと思いますけど」

 そりゃそうだろう、別に運んで欲しいわけじゃない。

「そんなつもりは毛頭ないよ。ただ、礼に菓子でもどうかなって思っただけだ。この世界に来させられた時に一緒にこっちに来てたのがまだあるから食べるかな? って」

「お菓子! いるいる! あたし行く! なんなら美緒の家まで運んであげる」

 それはいい…………。

「日本のお菓子があるんですか?」

「いや、日本で作ってはいるけど、日本発祥じゃなかったと思う、たぶん」

 お菓子の歴史なんて知らないし、煎餅とか羊羹なんかは日本のだ! って思うけどグミは外国っぽい気がする。

「ふ~ん、美味しいですか?」

 美空はすぐに食いついたけど、愛衣は慎重だな、興味はあるっぽいけど。

「俺は美味しいと思うけど、人それぞれ好みがあるから絶対って保証は出来ないかな」

「そうですか、一応行ってみます。食べるかどうかは美空ちゃんが食べてからにします」

「あたしで試す気?」

「ええ!」

 危ない橋を渡りたくないからって友達で試すとは…………うわ~良い笑顔。

「ま、まぁいいか。早く行こ!」

「いや、まだ俺立てない」

 こんな状態初めてだ。脚に力が入らない、事故に遭ったりして身体が麻痺した人はこんな感じを味わっているんだろうか?


「えぇ~、ならいいよ、運ぶから」

 美空がまた担ごうとする。

「もう勘弁してくれ、少し休めば動けるはずだから」

 それからしばらく休んで桜家に戻った。

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