パニックは続く……

「しんどい」

 登りよりは楽だがこの長さは下りでも疲れるな。せっかく風呂に入ったんだ、もう汗掻きたくない。

「ゆっくり降りよ」

 自然豊か、だよな、あぁ~、こういう土地でのんびりと引きこもっていたい。なにもしたくない、したくないけどあの少女の事に決着をつけない限り夢に魘され、罪の意識に苛まれ続けるだろう、やらなきゃいけないことなんだ。

「ダメ人間はどこに行ってもダメ人間だな」

 異世界に来てまで引きこもりたいと思うとは…………。


「いつの間にか下まで降りて来たな」

 ちょっと疲れた、石段に腰かけて休憩する。依然運動不足は解消されずか、当たり前だよな十年ちょっと引きこもってたんだ、そんな簡単に改善されるはずない。はぁ、すぐにバテるわが身が恨めしい。

「炭酸飲みたいなぁ」

 ラムネとかレモン系がいい、成人なら風呂上りはビールなんかだろうけど俺は酒がダメだ、苦いのがダメなのだ。果実酒や日本酒もダメ、アルコールが好きじゃない、でも酒に弱いわけじゃないらしい、たぶん学校でやった実験かなにかでアルコールパッチテストではアルコールに強いって結果だったし。


「炭酸ってなに?」

「っ!」

 美空がいつの間にか傍に居た。気配を全く感じなかったんだけど……。先に行ったんじゃなかったのか?

「なんで居るんだよ?」

「美緒が航が何も食べてないって言ってたから、途中で倒れてないかなーって見に来た」

 心配してくれたのか……。ありがたいけど、相手をする気分じゃない、ってこれはいつもか。

「一日二日なら食べなくても平気だよ。大丈夫だから美緒達のところへ戻れよ」

 引きこもってた時なんかも食べたり、食べなかったりでグダグダだった。一日二日程度ならよくある事で済ませられる。この世界に来て直ぐの絶食はヤバかったけど。

「え~、そんな人居るわけないよ。そんなに食べてなかったら動けなくなっちゃうもん」

「日本に居た時から不規則な食生活だったから慣れてぇ――」

 急に右手を引っ張られた。

「急になにす――」

「こっち!」

「はぁ!?」

 急に引っ張るもんだから足がもつれて膝をついた。

「なにがしたいん――」

 なにがしたいんだ!? そう言おうとした時背後の石段から、ベチョッっと嫌な音がした。

「クソー! 外したぞ! ちゃんと狙えよー!」

「あれは美空が邪魔したからだろ!」

「次は俺がやる!」

「俺も俺も!」

 帰り道とは逆の方向の少し離れた所に男の子が四人居る。あいつらが何か投げたのか? そう思って石段を見ると、汚物で汚れていた。


「は?」

 なに? どういうわけで汚物が飛んで来たんだよ!? 意味が分からず、子供たちの方を見る。男の子が自分の身長の半分位の大きさの水瓶? に柄杓を突っ込んでいる。あれってもしかして肥溜めってやつなんじゃ…………? つまり、中身は糞尿!? いやいやいやいや、何考えてんのあいつら!? なんで俺に糞尿飛ばしてきてんの!? せっかく洗濯して綺麗にしてもらって、汗も流してサッパリしてる俺に汚物飛ばしてくるとか意味が分からん!

「航立って! 早く逃げるよ!」

「あ、ああ!」

 考えても分からんものは分からん、それより早く逃げないと、汚物まみれになるなんて御免だ!

「航遅い!」

 そう言って俺の手を引き走る。うわー、俺子供に、しかも女の子に引っ張ってもらってる…………情けねぇ、というか美空速いな! 自分で走ろうとするが、美空が速すぎて完全に引っ張ってもらってる形だ。かっこ悪すぎ…………。

「逃げたぞ! 追いかけるぞ! お前らは早く飛ばせよ!」

「わかってるよ!」

 ガキ共の怒鳴り声が聞こえる。糞を飛ばしてくるガキ、まさに糞ガキである。うわ! 次が飛んできた!

「ぎゃあああぁぁぁー! また来たあああ! また飛ばしやがった! 何考えてんだよ、あのクソガキ共は!」

「ほら、こっち!」

 美空に引っ張ってもらってなんとか回避、さっき俺の居た場所に糞尿が飛び散った、うぇぇ、全身に悪寒が走る。やっと安心出来る場所に来れたんじゃなかったのか!? なんでこんなことになってんの!?

「み、美空、あ、あいつらなんで――」

「航遅いんだから、喋ってないで足動かして!」

 怒られた…………それも一回り位年下の娘に…………。


「ほら、また!」

 また強く引っ張られる、力強いなー、そしてまたさっきまで俺の居た場所に糞尿が落ちる。もうやだー! 暴力も辛いけど、汚物塗れとか精神的ダメージが図り知れないんだけど! 汚物塗れと身体の痛みなら、俺は後者を選ぶ! 汚物塗れより骨折の痛みの方がマシだ!

「あいつらの親が、日本人だとしても余所者を村に入れるのは反対って言ってたから、たぶん航を追い出す嫌がらせだと思う」

 さっきの俺の疑問に答えてくれる。マジかよ…………汚物塗れとか最悪の嫌がらせだよ! 走りながら、殆ど美空に引っ張ってもらってるけど、後ろを確認する。クソガキ共二人掛りで水瓶を持って走ってやがる、しかも結構速いし! 残りの二人は柄杓を水瓶に突っ込んでいる、まだ飛ばすのかよ!? ふざけんな!

「いい加減にしやがれクソガキ!」

「うっせぇー! だまれ余所者! 美空を離してさっさと出てけ!」

 また飛ばしやがった! しかも今度は二発同時、この速さでこの軌道だと美空に直撃じゃないか!?

「美空、こっちだ!」

 繋いでいる手を引っ張って自分の方へ引き寄せる。

「ふぇ!?」

 急に力を入れて引っ張ったもんだから、俺の腹に頭から突っ込んできた。

「ごほっ、げほっげほっ」

「航なにすん――」

 俺に文句を言おうとした美空が自分の後ろのベチョッって音を聞いて黙る。

「うわー、危なかった、航ありが、とう!」

「うぇ!?」

 今度は俺が引っ張られる。そして背後で汚物の落ちる音がする。

「あはは、俺もありがとう」

 礼を言いつつまた走り出す。


 いつまで続くんだよこのウンコ爆撃は! なんであいつら必死にウンコの入った水瓶運んでんの!? 意味分かんねぇー! そんな必死に運ぶ価値無いよそのウンコ瓶! それに一体どれだけの量が入ってるんだ!?

「クソー! あいつ何回も何回も! 絶対当ててやる!」

 なにやる気出してんだ!? もう十分嫌がらせしたろ! そろそろ撤退しろよ! てか撤退してください! もう脚が疲れてきた、そんなに長くは走れそうにはない、今だって美空に引いてもらってどうにか走ってる状態だ。ヤバくなったら手を振り解かないと、美空まで巻き添えにしかねない。


「さっさと美空をは、な、せぇ!」

 また来た! もう嫌だ、ウンコ空襲! なんであいつあんなに必死に…………さっきから美空、美空言ってるな、もしかしてやきもちとかそんな感じ?

「美空! さっきから怒鳴ってるやつ、お前が好きなんじゃないか? 俺一人で逃げたら追いかけて来なくなるんじゃ?」

「ええぇぇ! 平太がぁ!? そんなわけないじゃん! あいついっつも意地悪してくるし! それにあたしが引っ張らなかったら航直ぐに追い付かれてウンコ塗れだよ!」

 最後の一言にまた悪寒が走る。それは絶対に嫌だ! 

 リオを逃がす時、一生の内でこれ以上必死になる事はないなと思ってたけど、今も割とあの時と同じくらいに必死かもしれない…………。


 美空は否定したけど、あいつ、美空の事好きなんだと思うけどなぁ。美空に当たる軌道になってた時、マズい! って顔してたし。

「ああー! 二人とも早く逃げてー! 平太達が肥溜め持って追いかけて来てるからー!」

 前方に美緒と愛衣が居る。無茶苦茶に走り回ってたけど、いつの間にか帰り道に戻ってきてたみたいだ。二人はびっくりして固まってしまっている。まぁ、普通そうなるよね、誰かがウンコ持って追いかけて来てるとか意味分かんないもん。

「逃げないとダメだって! 早く! 早く!」

 合流して美空が二人に捲し立てる。

 あー、ヤバい…………あいつら俺が止まってるからって、一気に飛ばしてきやがった。美空も他の娘も居るんだぞ!? 何発も飛んできている、逃げてもどれかに当たりそう、これは…………しょうがないか、俺のせいだしな。


 三人の盾になる覚悟を決める。しょうがない、これはしょうがないんだ! 俺のせいでこの娘達がウンコ塗れになるのは避けないと。覚悟は決めた。

 覚悟は決めたけど、顔に当たるのだけは避けたい、手で払い落すしかないよな? …………右手しか使えないけど努力しよう。汚物が飛んでくる、気持ちわりぃ。


「ああ! もう! くそ!」

 振り払おうと手を伸ばした瞬間、バチィという音と共に閃光が走った。

「なん、だよ、これ?」

 飛んでいた汚物は俺たちに当たる事無く落ちていて、焼けた様な異臭を放っている。

「おい! なんだよ今の!?」

「俺が知るかよ!」

「どうする平太!?」

 ガキ共は混乱している、が俺も混乱している。今の、俺の手から出た? 自分の右手を眺める、特に異常はない。一体なにが起こった?

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