余所者の処遇

「おかえりなさい、もうすぐ出来るから少し待っててね」

「あ、ありがとうございます」

 これ味噌汁の匂い? 味噌があるのかこの世界?

『お邪魔しま~す』

「あれ? 美空ちゃんも愛衣ちゃんもどうしたの?」

「航がお菓子くれるって言うから来たんだ~。航、早く早く!」

「分かったって、ちょっと待ってろ」

 リュックを漁る。ん? そういえば、来てた服は焦げてたのにリュックはなんともなかったんだな、落雷を受ける前に手放していたのか? なんにせよ無事でよかった、日本の物だし俺の唯一の財産だしな。

「おお、航戻っておったか、美緒から聞いたぞ、覚醒者に成ったそうじゃな? 身体に異常があったりはせんか?」

「あぁ、源さん、身体に異常はないんですけど…………」

「けど、なんじゃ?」

 どうしよう? 力が制御出来ないのは伝えるべきか? 伝えるべきだろう。ここの人たちに危険が及ぶ可能性がある。でも、今追い出されるのは…………覚醒者に成れはしたけど、力はろくにコントロール出来ないし左腕は折れてる。あの少女の弔いの件もある。…………でも恩人に隠し事をしていいのか? 

「俺、力がろくに制御出来ないんです」

 迷った末に源さんにだけ小声でそう伝えた。やっぱり隠すべきじゃない。


「もぉ~! 航、早くってば~! 村長の用事よりもあたし達の方が先だったでしょ!」

 村長? 源さんが?

「え、源さんって村長だったんですか?」

「なんじゃ、言わんかったかの? 儂のご先祖様が覚醒者で、村の安全を確保した事から代々桜家が村長をさせてもらっとるんじゃ」

 なるほど、なら余計にちゃんと伝えておくべきだったな。

「はーやーくー!」

「美空ちゃん少し位大人しく待てばいいのに……」

「ええー! 愛衣は気にならないの? 日本のお菓子だよ!」

「日本の菓子? 航、おぬしそんなものを持っておるのか?」

 源さんまでお菓子に食いついた!? 俺結構大事な事話したと思うんですけど!

「あぁ、はい、こっちに来る時に周りに投げてた物と一緒に来たので」

「ほほ~、どんな物かの? 出来れば儂にも少し分けて欲しいんじゃが」

「村長! あたし達が先なんだからね!」

 結構悩んでるのに話題はお菓子の話になって行く…………。そりゃ確かにこっちに暮らしてる人からしたらあっちの世界の物が気になるのも分かるけど、そんなあっさり流すの? 村長として危険な奴は追い出すとかないの? 追い出されると困るけど。

「ほれ、手ぇ出せ」

 じゃらじゃらと一握り位箱からグミを出してやる。

「おお~、なんかつやつやしてて、色んないろがあってきれー! これなんて言うお菓子?」

「グミだ。ほら、愛衣と美緒も」

「儂も、儂も~」

 源さんこんな人だったのか……? 三人の手にも一握り位ずつグミを乗せる。

『美味しい!』

 三人がハモったな、口に合ったようでよかった。

「うむ、甘酸っぱく、それにこの弾力がなんとも…………」

 源さんの口にも合ったようだ。

「あの、航さん結構いっぱい貰っちゃったけどいいんですか? この世界じゃ手に入らないでしょ?」

 そんな心配してくれるとは、本当に良い娘だなぁ。

「いいよ、いいよ、気にしなくても、俺は桜家に助けてもらったんだから」

「ありがとうございます」

 お礼を言いながらお辞儀、秋広さん、明里さん、娘さんはとても良い子に育ってますよー。

「航~おかわり~」

「お前は遠慮しないのな…………」

「だってこんなの食べたことないし、美味しいからもちょっと食べたい!」

 美空は自分の欲求に素直だな。

「あ~分かった、これやるから三人で分けて食べろ」

 余りの入った箱を投げて渡す。まぁまだ有るしいいか、こんな事になるとは思ってなかったけど、あの時大量に買い込んだ俺グッジョブ。

「え! いいの!? 航ありがとう!」

「お兄さん、ありがとう」

「航さん、いいんですか?」

 美緒は遠慮しすぎな気が? 子供なんだし気を遣わずに食べるといいのに。

「遠慮しなくていいよ、三人でちゃんと分けて食べるなら」

「儂にはもうくれんのかの?」

 えぇぇぇ? 源さんにじっと見つめられる。なにこれ? かなり複雑。

「あ~もう少しあるので、夜に秋広さんも居る時にでも出しますね……」

「ふむ、では夜まで我慢するかの」

 うん、恩人なんだけどね、なんか複雑な心境、美味しい物に年齢は関係ないって事か。


「みんな楽しそうね。航君、ご飯出来たわよ」

「ありがとうございます。すいません、変な時間に作らせてしまって」

 屋根のある寝床を提供してもらってるだけでもありがたいのに食事までお世話になって申し訳ない。

「いいのよ、少し早めに夕食の支度をしたと思えばいいんだし、遠慮なんてしなくていいのよ?」

 本当にありがたい、でもこの村にも長居は出来ないだろうな、能力の問題があるし。

「いただきます」

 出されたのは、白米と味噌汁、野菜の煮物に漬物、日本食だ~! もう食べる事なんて出来ないと思ってただけに、かなり嬉しい。

「美味い」

「そうじゃろ、そうじゃろ、明里の作る飯は美味かろう」

「なんで父さんが自慢げなのよ」

 娘の料理を褒められて源さんは上機嫌だ。お世辞無しで美味しい、日本人として慣れ親しんだ味噌や醤油を使ってある料理は本当に嬉しい。

「味噌とか醤油は自分で作るんですか? それとも似たものがこっちの世界にあるんですか?」

「もちろん自分たちで作ってるのよ、ご先祖様が苦労して作れるようにしてくれたのを受け継いでいるの」

 味噌や醤油って自分で作れるのか…………今だとスーパーに行けば大抵なんでもあるから俺の感覚では買う物だけど、ここの人たちは自分たちで作れるんだな、凄い。この漬物もうま~、塩加減が丁度良い、日本食最高!


「村長! 村長は居るか!」

 激しく戸を叩く音がする。かなり慌てているようだ、なにかあったんだろうか?

「なんじゃ? 居るぞ、そんなに慌ててどうしたんじゃ?」

「ここに日本人が、覚醒者が居るだろう、息子たちがその覚醒者に能力を使って襲われたと言っている! だから俺たちは前もって忠告しただろ! 俺たちの先祖が日本人だろうと余所者は余所者だと! そんな者を村に入れたら何をしでかすか分かったもんじゃない! 現に子供たちは危害を加えられている! 今すぐ追い出すべきだ!」

 大人の男が四人入ってきて、リーダー格っぽい人が源さんに一気に捲し立てる。どう考えてもさっきのクソガキ共の親で汚物塗れ事件のことを言ってるよな。思い出したら気持ち悪くなってきた。ご飯食べ終わっててよかった、こんな気分じゃ食べ物が喉を通らない。にしても、マズいよなぁ。出て行かないといけないとは思ってるけど、この感じだと今すぐって事にもなりそうな気配。


「その話は美緒から聞いておるが、先に悪さをしたのはおぬしらの息子たちだと聞いておるぞ? その巻き添えになりそうになった美緒たちを庇う為に能力を使ったとも聞いておる」

「直七たちがそんな事をするわけないでしょう! もし仮に子供たちが多少の悪戯をしていたとしても、子供に雷を放つような化け物を村に居させるのは危険です! 直ぐにでも追い出すべきです」

 ほらー、俺だって自分が危険なやつに成ったのは分かってるけど、せめて腕が治るまでは外に出たくはない、近くに民家のない場所でいいから居させてもらえないだろうか?

「嘘だ! 航が神社の石段で休んでたら平太たちが肥溜めの瓶を持ってきて、中身を飛ばしてきたんだもん! あたし一緒に居たから見てたよ! 雷出したのもあたし達を守ってくれたのと瓶を壊しただけだもん」

 おぉ、美空凄いな、大人に食って掛かってる。俺は怒鳴ってるおっさんとかが苦手だ。小さい頃にそういう連中が周りに多かったせいで苦手になった。怒鳴っていなくても怖いと感じるから避けたい部類の人間だ。


「子供は黙ってなさい! 我々は村を守る為の大事な話をしているんだ!」

 その子供の話で怒鳴り込んで来たんじゃないか…………。

「じゃがのぅ、おぬしらも村の外で異界者である日本人がどんな扱いを受けるか知っておるじゃろう? 酷い目に遭う、もっと悪ければ殺されると分かっておるのに追い出せというのか? それに覚醒者には村の者も成る可能性があるんじゃ、もしそうなったらその度に村の仲間を追い出せというのか?」

「それとこれとは話が違うだろ! 村の者は皆が見知っている仲間だが、そいつは余所者だ。それに覚醒者に成る可能性があると言っても、村長のご先祖様以外村の者が覚醒者に成った事など一度もないじゃないか! この先も成る者が現れるとは思えん!」

 本当に一度もないのか? 純粋な異界者と混血者じゃ成る可能性がそれ程違うのか?

「航は悪い人じゃない! 悪いのは平太たちだもん!」

「私もお兄さんはいい人だと思います」

「私も」

 美空に続いて愛衣と美緒も俺を庇おうとしてくれる。でもあっちのおっさん達の言う事の方が正しいような気もするんだよな。降りかかる危難を払うのは当たり前の事だ。子供の事で頭に血が上ってるのもあるだろうけど、村の為を思ってるのもあるだろうし。


「あの、俺出て行きますよ」

「航!?」

「なにを言うておる、この国がどういう所かは知っておるのじゃろう? でなければあれ程夢に魘されまい。それに腕だって折れておるんじゃ、無理をせんでええんじゃ」

「そうだよ! ずっとこの村に居ればいいよ!」

 この世界じゃどこに行っても疎まれると思ってたけど、居て良いって言ってくれる人たちもいるんだな、ありがたい。

「なにを言ってるんだ、本人が出て行くと言ってるんだから出て行かせればいいだろ!」

「出て行きますけど、いくつか頼みがあります」

「頼み? なんだ言ってみろ、俺たちだって鬼じゃない、出て行ってくれるなら多少の事は聞いてやる」

 うん、やっぱりこの人たちだって悪い人じゃない、自分の大切な人たちを守る為に必死なだけだ。

「えーっと、まず一つ目は、出ては行きますけど腕の骨が折れた状態でこの国を歩くのは不安があるので、骨の治るまで、たぶんひと月位だと思うんですけど、その間はこの村に居させてください」

「その腕本当に折れているのか?」

 そこを疑うのか…………。

「切り開いて見たわけじゃないので、どんな具合かは分かりませんけど、かなり腫れてますし、こうなってから結構経ちますけど痛みも引かないので折れていると思います」

 包帯を取って腕を確認してもらう。嘘だと思っていたのか、骨が折れて腫れた患部を見る事に忌避感があるのか、顔を顰められた。

「腕の事は分かった、治るまでだと言うのなら我々も我慢しよう」

「ありがとうございます。二つ目なんですけど、この村に鍛冶の出来る方は居ますか?」

「居るよ! あたしの父さんが鍛冶屋だから」

 そっか、美空の親父さんが鍛冶屋なのか。

「ちょっと変わった剣を作ってもらいたいんだけど、頼んだりできるか?」

「うん、父さんはそっちのおじさん達みたいに、余所者出て行けーって言わないからたぶん聞いてくれるよ」

 美空の言葉におっさん達がまた顔を顰める。あはは…………。

「そっか、ならよかった。それから最後なんですけど、これはちょっと言い辛いというか…………」

 出来れば子供には聞かせたくない…………違うか、聞かれたくないんだ美緒たちには、俺が少女を見捨てた事を。

「…………美緒たちは別の部屋に行っていなさい。明里、美緒たちを別の部屋に連れて行きなさい」

 源さんが気を利かせてくれた。

「えー、なんであたし達だけー?」

「ほらほら、三人とも行きましょ」

 明里さんが三人を移動させてくれた。


「それで、なんだ? 三つ目の頼みは?」

 リーダー格のおっさんが聞いてくる。なんでこういう人たちって矢鱈と高圧的なんだよ。

「ここって山の中ですよね?」

「そうじゃが、それがどうかしたのかの?」

「なら、麓に町がありますよね?」

「ああ、あるのぅ」

 よかったあの町の側の山から別の山まで移動してたとかだと流石に頼み辛い。

「この村に来る前に、あの町に異界者の少女が奴隷として連れ込まれるのを見ました――」

「おいおい、待て、待て、待て、もしかしてそれを助け出せって言うんじゃないだろうな? 俺たちは黒い瞳じゃないから一応この国の町にも出入りは出来る、だがな! 奴隷にされてるなら誰かに所有されてるって事だ! それを奪うってのはかなり無理がある事だ! そんな頼みは聞けない!」

「いえ、その少女は死にました」

『…………』

 驚いてみんな黙り込んでしまった。

「連れ込まれるのを見たんですけど、流石に子供には手荒な事はしないと思って何もせず、町を離れたんです。でも、気になって夜になって町へ引き返したんです。それで町の門の前までたどり着いた時、門の傍らに打ち捨てられた少女の亡骸を獣が貪っているのを見つけました。大部分は獣に食べられてしまっているでしょうけど、残った遺体だけでもここに連れて来て弔ってあげたいんです。日本には帰してあげられないから、せめて日本人が住む場所に埋葬してあげたい、それが三つ目の頼みです。俺はこの腕だからここまで運ぶ事も出来そうにないですし、どうかお願いします」

 右手を突いて頭を下げた。


『…………』

 沈黙が辛い、最悪腕が治ってから俺が別の場所に運んで埋葬するしかないかもしれない。

「それが三つ目か?」

「そうです」

「そうか…………自分の為の頼み事じゃなくていいのか?」

「自分の為ですよ、俺が見捨てたせいで殺されてしまったんです。その始末を手伝ってほしいという身勝手な頼みです」

「…………わかった、今夜にでも町に行ってここへ連れてきてやろう」

 一番高圧的だったリーダー格のおっさんがそう言ってくれた。

「ありがとうございます!」

「この三つで終わりだな?」

「……あ~、も一つ、この近くに人が近寄らない場所があれば教えてください」

 自分の能力でなにが出来るのかとかの実験をしないといけない。慣れれば制御が出来るようになる可能性もあるから尚更だ。

「そんな場所でなにをするんじゃ?」

「力を扱う練習が出来たらな~と」

「うちの庭じゃダメなのかの?」

 庭? 無理だろ…………。

「ダメダメ、絶対にダメです! もし誰かに怪我させたらどうするんですか! 絶対に人がいない場所、民家からもしっかり離れた場所をお願いします」

「そ、そうか…………」

「じゃあ、その条件四つを飲めばこの村から出て行ってくれるんだな?」

「はい」

 他には特に望むことはないよな? 今思いついたのはこれだけだし、まぁなんとかなるだろ。

「出て行った後にもし捕まってもこの村の事を話すなよ!」

「恩人の住んでる場所を危険に晒すような事はしませんよ…………」

 話すはずがない、なんでわざわざ感謝してる人たちに迷惑がかかるような事をしなきゃいけないんだよ。

「なら精々早く腕を治すんだな!」

 それを言うとおっさん四人は出て行った。


「すまんのぉ、本当はここに住まわせてやりたかったんじゃが。あやつらも悪いやつらじゃないんじゃよ、たださっきも言うとったように覚醒者が現れた事などなかったから、よく分からんものが村の仲間に害を齎すんじゃないかと恐れておるんじゃ」

「はい、分かります。俺も力を制御出来ない自分は危険なやつだと思っていますから」

 ちゃんと扱えるようになるといいんだけど、村を出るまでの一か月の間にどの位進歩出来るかだな。おっさん達が怒鳴り込んで来た時はどうなるかと思ったけど、かなり温情ある結果になったし感謝しないとな。

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