別れ

「……ル」

「……タル」

「ワタル、起きてください」

 うるさい……まだ眠い……今日からまた歩き詰めな日々になるんだからもう少しくらい寝てたっていいだろ? だいたい誰が俺なんかを起こそうとしてるんだ。疑問に思って目を開けると目の前にリオの顔があった。…………は?

「ワタル、おはようございます」

「おはようございます?」

 なんでリオが? ぼんやりした頭で考える。というか辺りはまだ薄暗い、明らかにまだ夜明け前だ。早朝に出発しようとは思ってたけど、まだ日も出ていないこんな時間に起きたくなかったよ。時計ないからわかんないけど、たぶん後一時間くらい寝れたろ……。


「え~っと、なんでこんな夜明け前にリオがここに居るの?」

 当然の質問をぶつけてみる。

「普通の時間に来ようとすると他の人が付いて来ちゃいそうだったので」

「あ~、あのリオの恋人候補の二人ね」

 変な時間に起こされた仕返しで少しからかってみる。

「ええ!? もしかして昨日の見てたんですか!?」

「うん、リオを取り合って大きな声で騒いでたからね」

 実際すごくうるさかった……。

「あ、あの二人は幼馴染というだけで、恋人とかそういう関係じゃないです! それに私あの二人のことは苦手で――」

「ふ~ん」

 見てたらそんな感じじゃないのはわかったけど、苦手なのか。あいつらがリオの恋人になれるのは望み薄っぽいな、かわいそうに…………あんなに争うほど好きなんだろうに、まぁ恋愛の苦しみなんて俺にはわからんけど。恋なんてする前に人間嫌いになったしなぁ。


「信じてないでしょう?」

「信じた、信じた」

 正直どっちでもいい、美人と不男って組み合わせはどうかと思ったけど、本人同士がいいならそれでいいと思うし他人の色恋に興味なんかない。でもこの態度がリオの気に障ったみたいだった。

「そんな態度を取るなら、これあげませんよ? 昨日は持って来られなかったからたくさん作って来たのに」

 リオがバスケットを掲げて見せてくる。もしかしなくても食い物だろう。これから何日も食べられなくなる可能性がある事を考えるとすごくありがたい。

「ごめん! 信じるから食べ物ください」

 速攻で平身低頭した。飢えは辛い、一度経験して死にかけたんだ。もうあの状態にはなりたくない、絶対に。食える時に食わねば。

「しょうがない人ですね。はい、どうぞ」

 大人が子供に対してするような、しょうがないなぁって表情をされてしまった。少し情けない……。


「いただきます」

 早速いただくことにする。バスケットの中にはカツサンドとタマゴサンドが入っていた。やっぱり美味しい、このあと当分まともに食べれるか怪しいので味わって食べる。食べながらさっきの続きを聞いてみる。

「そいやぁなんで苦手なの?」

「え?」

「あの二人のこと」

「あぁ…………小さい頃は今と違ってあの二人に苛められてたんです」

 小さい子が好きな子に意地悪する『あれ』だろうか?

「ヴァーンシアに黒髪の人はいるけど珍しいっていうのは話しましたよね」

「うん」

「たまに異界者のようだからって黒髪の人を嫌う人もいるんです。私の住んでる町にはそういう人が多くて、あの二人も小さい頃大人達の態度を真似して私によく意地悪をしてたんです」

 同族でもそういう扱いをするのかこの国の人間は…………小さい頃にそんな目にあってるのによく人間嫌いにならずにこんな優しい性格になったもんだな、俺とは大違い……。

「でも今は違うんでしょ?」

 二人ともあの態度だったし今もなにかされてるなんてのはないはず。

「今は……はい、多少強引なところはありますけど色々気を使ってくれてます。でも小さい頃にされたことを思うと素直に受け入れられなくて……」

 改心してもリオの心の傷は癒えないままか。あいつら本当に望み薄だな。周りの態度が悪い中でリオの味方をしてれば可能性はいくらでもあったろうに……。

「町の人はどうなの? まだ態度悪かったりするの?」

「今はみなさん普通にしてくれてます」

「そっか、よかった」

 こんなに優しいのに酷い扱いを受けてるなんて許せないからな。でもそういうのが居たらあの二人が騒いでなんとかするか。


「ごちそうさまでした」

「あれ? もういいんですか? もしかして美味しくなかったですか?」

 リオが不安そうな顔で聞いてきた。昨日の分もとたくさん作ってくれたのに半分くらい残したから心配になったらしい。

「いや、美味しかったよ。次はいつ食べられるかわからないから取っておこうと思って」

「心配しなくても明日も持ってきますよ? 夜明け前になっちゃいますけど」

「そうじゃなくて、俺ここを出ることにしたんだ」

 昨日決めたことを伝える。

「え? ど、どうして急に? ここに来る時はあの二人が付いて来ないように朝早くに来ますから心配しなくても大丈夫ですよ」

 他の人間が来たから俺が怖がってると思ったみたいだ。確かにリオ以外のこの国の人間は怖い、でも出て行くのはそれだけが理由じゃない。


「いつまでそれが続く? このままリオの世話になりっぱなしでこの森で何十年も過ごすの? そんなの出来るわけがない。それに慣れてきたけどやっぱり野宿は嫌だし、何かに怯えて暮らすのは疲れるしね。あの二人が来たのがきっかけだけど、身体の調子も戻ってきたし丁度いい機会だから、今日この森を出るつもりだったんだ。もう会えないと思ってたからリオに会えたのはびっくりしたよ」

 姿勢を正し正座して頭を下げる。

「今日までありがとう。リオのおかげで俺はまだ生きてる。こんな世界で生きられるわけないって諦めてたけど、もう少し頑張って生きてみようと思う。本当にお世話になりました」

 ちゃんとお礼が言えてよかった。

「えっと、あのごめんなさい私、本当ならもっと色々助けてあげたいのに……」

「十分に助けてもらったよ。それにこの世界にも優しい人がいるのを教えてもらった。だからもう少し生きてみようって思えたんだ。だから、ありがとう! あとこれ少ないけど、お礼のつもりで集めてみた」

 昨日集めた薬草を渡す。

「少ないなんてそんなこと! これこの前よりも多いですよ。大変だったんじゃないですか?」

「あー、昨日森の中ぶらぶらしてたら運よく見つけたって感じ、渡せるものが森で拾ったもので申し訳ないけど」

「そんなことないです。…………お別れ、なんですね。ワタルが無事に他の国に渡れることを祈ってますね」


 リオはどうすればいいのかわからないといった感じで困った様な笑顔を浮かべていた。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけど、こういう時にどうすればいい、なんて経験もなく俺にはどうすることも出来なくて、ただ返事を返す。

「ありがとう、頑張ってみるから。じゃあ、そろそろ行くから……」

「私も町に戻りますから途中まで一緒に行きましょう?」

 そう言われて少し考える。方角は一緒だけど万が一誰かに見られたらリオに迷惑がかかる。それはよろしくない。

「そんなに心配してくれなくても大丈夫ですよ。まだ日が昇ってませんし、それに遠目でワタルの瞳の色がわかる人なんていないとおもいますから」

 考えを読まれた……。

「じゃあ途中まで」

「はい!」

 出て行くと決めたくせにいざ出るとなると少し怖い。道中人に会わずに進めるといいけど……。


 リオに付いて森を抜けて街道に出た。日が昇り始めている

「ワタルは他の国に渡れたら、元の世界に帰る方法を探すんですか?」

 元の世界か……正直生きるので精一杯で帰る方法を探すなんて考えてない。それに帰ったところで誰も待っていないし、うつ引きニートに居場所なんてない。

「どうだろうなぁ。探すかもしれないけど、戻らないかも」

「家族や友達、待ってる人がいるんじゃないんです?」

 まぁ、普通そう思うよね……。

「いないよ。家族も友達も、おまけに恋人もいない」

 言ってからマズったと思った。

「ごめんなさい……」

 ほら、リオがすごく申し訳なさそうにしてる。一人なのが当たり前で、自分ではもうそんなこと気にしなくなってても普通の人がこんな話を聞かされたら、悪いことを聞いたと思ってしまう人が多いだろう。人付き合いをしてこなかったからこういう時に気が利かない。

「あ~、気にしないで、会いたい人がいるのに帰れないとかより全然マシだと思うし」

 なにも持ってないから帰れないかもしれないこと自体は辛くはない。

 でも気まずくなった空気は変わらなくてお互い無言のまま歩く。分かれ道が見えてきた。あそこでお別れか、リオは町へ戻り、俺は港町があるという方向へ。

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