襲撃

 結局分かれ道まで無言で来てしまった…………会ってまだ数日、当然感謝はしてる。でも別れを惜しむほどの長い時間を一緒に過ごしたわけじゃない、だからこういう時なんて言えばいいのかよくわからない。リオも同じなのか、しばらく二人して固まってしまった。

「ふふ、なんだか変な感じです。長い時間を過ごしたわけじゃないですけど、少し寂しいような、悲しいような変な気持ちです」

「うん」

 俺はどうなんだろうな? 人を嫌いになって、誰かを大切に思う事も怖くなって人と関わってこなかった。それがこの世界に来て更に人が怖くなって、でもリオに助けてもらって優しくしてもらって、う~ん、自分の事なのによくわからん。

「今日までありがとう」

 何度目かの感謝を告げる。考えてみたけど結局他の言葉は思い浮かばなかった。だからもう一度感謝を伝える。

「いえ、私は――」

「リオさーん!!」

「っ!」

 俺とリオ以外の声が聞こえた事で俺は身を固くする。声のした、町があるほうを見ると昨日のイケメンの方、ルシス? ってやつがかなり近くまで近づいてきていた。声がするまで全然気がつかなかった。マズい、マズい、マズい早くこの場を離れないと、そう思うのに身体が強張ってうまく動かない。ルシスが剣を持っている事も余計に俺を焦らせる。最初の町での出来事が頭をよぎって足が震える。

「ワタル! 早く逃げてください」

「わかってる!」

 わかってる、わかってるけど身体が言うことを聞かない。

 グズグズしている間にルシスは目の前に来ていた。目を見られないように顔を背ける。


「ルシス、そんなに慌ててどうしたんですか?」

「ハァ、ハァ、リオさん、よかった、無事で……。ハァ、ハァ、町が、盗賊に襲われて――」

「え……? 町って私たちの町がですか!? お父さんとお母さんは? 町のみんなは?」

 盗賊? 俺を見つけて殺しに来たわけじゃないのか? 町をよく見てみると所々で黒煙が上がっているように見えた。

「男はみんな殺されて、女性も若い者以外は殺されて…………」

 それを聞いたリオが町へ走り出そうとしたのをルシスが必死に止める。

「行っちゃダメだ!! あいつらは混ざりものだ! 僕ら普通の人間じゃどうにも出来ない。それに生きてる人は殆どいない……」

「でも! お父さんとお母さんが!」

「今言ったでしょう! もう殺されてる! 行っても無駄なんです!」

 その言葉でリオは膝から崩れ落ち、涙を流している。

「だって、昨日まで普通に暮らしてたのに…………なのになんでこんなことに」


 リオが止まったことで、こちらに注意を向けたルシスと目が合った。しまったと思った時にはもう遅かった。

 ルシスは拳を振り上げ殴りかかってきた。

「お前! お前がやったんだろ!」

 身体は言うことを聞かず、顔を思いっ切り殴られて倒される。

「いってぇ」

 なにを言ってる? 俺が何をしたって? 意味が分からない。考えようとした、けど止めた。この国の人間の異界者への嫌悪、憎悪、殺意の理由なんて考えたって理解できるわけがない。それより早く逃げないと! 痛みを受けたことで身体の強張りが解けた。ちゃんと動く、これなら走れる。

 立ち上がって逃げようとしたところを今度は胸ぐらに掴みかかってきて、押し倒された。

「逃がすか! お前のせいで僕たちの町が! 町のみんなが!」

 喚きながら胸ぐらを掴んだまま揺さぶられる。

「殺してやる!!」

 揺さぶるのを止めて、俺に剣を突き立てようとしてくる。

「やめてルシス!」

 激昂しているからか、リオの言葉は届いていない。いや、違うか、こいつには俺を殺さないという選択肢がないんだろう。

 剣を突き下ろそうとしている手を弾いてなんとかずらした剣が顔を掠めて地面に刺さった。

「退け!」

 思いのほか深く刺さったんだろう、剣を抜くのに手間取っているルシスを突き飛ばして拘束から逃げ出した。


「殺す! 殺してやる!」

 突き飛ばした時に抜けた剣を構えて、そう吼える。

「やめてルシス! その人は私たちに何もしてないでしょう!」

「いいや、こいつのせいで町が襲われたんだ! 盗賊共が異界者がどうの、と言ってるのを聞いたんだ!」

 それだけかよ、そんな理由で今俺は殺されそうになってるのか? 盗賊が異界者って言葉を言ったというだけで? 理不尽過ぎる。少しずつ感情が恐怖から怒りへ塗りつぶされていく。

「お前だ! お前のせいで!」

 殺意をむき出しにして、無茶苦茶に剣を振るってくる。でも速くない、最初に襲ってきた兵士に比べれば全然遅い、動きも大振りで読みやすい、身体もちゃんと反応してくれて問題なく避けられる。これくらいなら勝てる、そう思った。

「こんなもんか」

 そう言ったら、顔を真っ赤にして益々無茶苦茶に剣を振るって突進してくる。単調過ぎなのと恐怖が抜けてきたおかげか動きが、よく見える。

「殺してやる! 殺してやる! この奴隷人種が! 町のみんなの仇!」

「ルシス! っ!」

 リオが何か言おうとしたけど、睨んで黙らせた。邪魔されたくない、こいつは俺が潰す。怒ってるのはこいつだけじゃない、俺だってこの世界で受けた理不尽な扱いにずっと怒りが燻ってた。だからこいつを潰して発散したかった。


「ッ! 貴様ああぁ、リオさんを汚らわしい目で見るな! 奴隷人種! 二度と見れないようにその目を潰してやる!」

 俺がリオを見ていたのが気に食わなかったんだろう、ルシスは更に激昂して突進してくる。大丈夫、避けられる、怒りでアドレナリンが大量に分泌されているのか身体の調子も良い。難なく躱してやる。奴隷人種と蔑んでる相手に躱された事がよほど頭にきたんだろう、ルシスは鬼の形相だ。その様子を見て鼻で笑って挑発してやる。

「あああああぁぁぁぁ! 笑うなああぁぁ! お前! お前なんかのせいで! 僕たちの町が! 生活が! 死ね! 死ね! そのゴミみたいな命で償え!」

 ゴミで償える程度のものなのか。まぁ、俺は何も悪くないし償う必要性なんてないけどな。


 何度か躱していると、今までで一番大振りな一撃を打ち込んできた。

 それをあっさり躱して、剣を持つ手を思いっ切り蹴り上げてやる。

「ぐっ!」

 痛みで剣を手放したルシスを蹴飛ばして距離を空けさせてから剣を拾った。異世界で、生まれて初めて持った武器は思っていたより重かった。

「僕の剣! 返せ! この奴隷人種が! 汚い手で僕の物に触るな!」

 武器を奪われてもこの態度とは恐れ入る。喚き散らしているルシスをみていると怒りを通り越して呆れてくる。どうしてやろう? こいつ。しばらくルシスを睨み付けていたら、リオが間に割って入ってきた。

「ワタル、ルシスの方が悪いのはわかってます。でも……」

 俺がこいつを殺そうとしていると思ったようだ。

「ッ! リオさん、どうして僕が悪いことになってるんです!? こいつは町のみんなの仇ですよ!? それにこいつは奴隷人種だ! そんな奴と僕なら、僕の方が正しいに決まっているでしょう!?」

 元々殺すつもりはなかった。適当に痛めつけて、それで終わろうと思っていたけど、こいつを見ていたらそれさえも虚しくなった。


「殺すつもりはない…………こんな奴と同列になるなんて嫌だし、一応恩人の知り合いなんだ。殺しはしない」

 それを聞いたリオは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

「よかった。ワタル、ありが――」

「ふざけるなああぁぁぁ! この僕がお前なんかと同列だと? ふざけるな! この奴隷人種が!」

 だから同列じゃないし、お前の方が下だし、さっきから奴隷人種を連呼し過ぎでうるさい…………途端に、こいつの相手をするのが馬鹿馬鹿しくなった。もういいや、さっさと予定通り港町に向かおう。

「リオ、もう町には帰れないだろ? 途中まで一緒に行こう? 近くの村か町まで送るから、頼りないけど、こいつよりは護衛として役に立つと思うから」

 座り込んでるリオに手を差し出す。それを見て、またルシスが激しく反応する。

「リオさんに触るなあぁ! 奴隷人種の分際で調子に乗――っ!」

 また喚き出そうとしたルシスがある一点を見て固まった。不思議に思って、ルシスの視線の先を見ると、町のほうから土煙がこちらに向かってきていた。


「ば、化け物が来る。は、早く、逃げないと」

 化け物? さっきまであれほど強気だった奴が今は完全に怯えている。町にいるのは盗賊じゃないのか? リオは人里近くには魔物は出ないって言ってたのに?

「リオさん、早く逃げましょう! ここに居たら殺される!」

 ルシスはリオの腕を掴んで引き摺って行こうとする。

「あっ!」


 リオに伸ばした俺の手を、リオがとることはなかった。

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