不穏の足音

「はぁ」

 今日は色々あって疲れた。恩返ししたくて手伝いを買って出たはいいけど迷子になって迷惑かけちゃったし、結果薬草は多めに集まったっぽいけど、プラマイゼロな気がする。


 これからどうしていくのがいいんだろうな。ずっとここに居てリオの世話になるわけにはいかない、んだけど正直ここから移動するのが嫌になってきてたりする。リオは優しいし、ここにはあまり人が来ないのならここに居ればいいんじゃないかとすら思う。

 野宿は嫌だけど下手にこの森から出て、他の人間に接触するのが怖かった。異世界の人間というだけであれだけの嫌悪や殺意を向けてくるような奴らには遭いたくない。

 それに幸いなことに魔物は存在していても、人里近くには出ないらしいし。リオが一人でこの森に出入りしていることを考えれば、この森は安全なんだろうと思うし……あぁ、動かないための理由ばかりが頭に浮かんでくる。


 よくない傾向だ。こうやって嫌なものから逃げ続けた結果が日本にいた頃の俺なのだ。ここでも同じことをする気か? 家からは出てるけど今度は森に引きこもろうとしている自分が嫌になる。


 やめよう、別の事を考えよう。……覚醒者についてとかどうだろう? 異界者が異能を得た存在、なるのが先天的に素質のある人だったら希望はないけど、後天的になれるものなら俺にも可能性がある。なにか便利な能力に目覚めたりしないだろうか……? これじゃただの妄想だ。


 やっぱり他の国に行くことを考えるのが建設的だよなぁ。ここに居続けることでリオの迷惑になる可能性だってある。


 足が完調になったら出て行こう。今日大分身体が楽になってたし二、三日中には回復するだろう、そしたら出て行こう。あの優しい女性ひとに迷惑をかけ続けるのは嫌だった。

 ここを出たらまた当分水浴びとか出来ないだろうな。便利な日本に帰りたい。帰ったところで居場所なんてないんだけどな、それはこっちでも同じか。

「どうしてこうなったかなぁ」

 無意味な問いかけが頭の中を埋め尽くす。しょうもないこと考えてないでさっさと寝よ……出来るだけ早く出て行くほうがいいだろうし。


 朝か…………野宿なのに普通に眠れるようになってきてしまったなぁ。それに睡眠は早寝早起きの健康的なリズムになってきてる。

「ふぁ~」

 目は覚めてるけどまだ眠い感じがしてあくびが出る。

「顔洗お……」

 水が冷たくて残っていた眠気が一気に覚める。適当に身嗜みを整える。鏡もないからよくわからんな。髪のハネてそうな所をなでつけて終了、なにもないんだし出来る事なんてこんなもんだろ。

 することがなくなってぼーっとする。ん~、昨日もこんな感じだったな、暇なんだし少し歩き回ってみるか。昨日の薬草も見つかるかもしれないし、そう思って立ち上がった時、声が聞こえた。リオの声じゃない、男の声だった。身体に緊張が走る、すぐに荷物をリュックに詰めて葉の生い茂る高い木に登って周囲を窺った。うげぇ、かなり近くまで来てた。もう少し気付くの遅かったら見つかってたかも。


「リオさんこの森は危険なんです! 行商人の知り合いがジアウ村で異界者が目撃されて、こっちのほうに逃げてきている可能性があるって言っていたんです! 異界者に襲われる可能性があるから、しばらくはこの森に近づかないほうがいいですって!」

 目撃された異界者って俺のことだろうなぁ。噂になってるのか。森を出るの早めたほうがいいかもしれない。リオが異界者と関わっていたとか知られたら大事になって迷惑になる。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。小さい頃からこの森に来てるからこの森のことはよく知ってますし、私は逃げ足も速いですから、それに異界者の方も追い回されて人との接触に過敏になってるでしょうからわざわざ自分の姿を晒すことはしないと思いますよ」

 確かにその通りです。人となんて接触したくもない。だいたい襲うってなんだよ俺は通り魔か変質者かよ…………襲ってきてるのお前らのほうじゃないか! 


「それでも心配なんです! 俺、リオさんのこと好きですから!」

 ええぇぇぇ、告白が始まっちゃったんですけど……。

 少し男を観察してみる。身長は高い、俺より高そうだから百七十より上だろう。んで顔は全体的に日に焼けた感じでごつごつしてて目、鼻なんかの配置のバランスはあまりよろしくない、ん~、面長のジャガイモ? 服装は……この世界の服なんてわかんない、でも上等とは言い難い感じ、リオの隣に居るのは不釣り合いな気がする。


「ごめんなさい。前にもお返事したようにあなたの気持ちに応えることは私にはできません」

 よっし! 思わずガッツポーズをとる。なにやってんの俺? 虚しい……。というか二度目のチャレンジだったのね……。ジャガイモ、君には高嶺の花だったんだ諦めろ。

「それでも俺は――」

「やっと見つけた! 探しましたよリオさん、森へ行くなら僕に声をかけてくださいって言ったじゃないですか」

 増えたよ…………でも、今度の奴はイケメンだな。端正な顔立ちでサラサラの金髪、裕福なのだろう、さっき告白した奴より明らかに良いものを着ているのがわかる。こいつなら釣り合いそうな感じはするな……。

「グラド村が混ざりものの盗賊達に襲われて、村人が皆殺しにされた話はしたでしょう? 無闇に町の外に出ないでください。恋人として、とても心配してるんですよ。どうしても外に出る必要があるときは僕に言ってもらえば護衛しますから」


 恋人…………でも当然か、あんなに美人なんだからそういう相手もいるよな。ジャガイモは恋人がいる相手に特攻したのか……凄いな。それよりイケメンが言った混ざりものの盗賊ってなんだろう? 盗賊はわかるけど、混ざり者? 


「私は恋人になったつもりはありません! ルシスが一方的に言っているだけでしょう!」

 一方的なのかよ…………美人でモテるというのも大変なのかもしれない。


「そんな照れ隠ししなくていいんですよ、あの町でリオさんと釣り合う男なんて僕くらいでしょう? それと同じで僕に釣り合うのもリオさんだけなんですから二人が恋人になるのが自然なことでしょう? それに僕が怪我をした時あんなに優しく手当してくれたじゃないですか」

 …………これは勘違い男ってやつなんじゃ? 町でのリオを知らないけど優しいのは誰にでもだろう、たぶん。そしてなんであいつはいちいち髪をかき上げてるんだ。

「ところでどうしてアベルなんかがリオさんと一緒に居るんだ? またいつもみたいに付き纏ってるんじゃないだろうな?」

「俺はリオさんを心配して付いて来たんだ! それに付き纏ってるのはお前の方だろ!」

 どっちも付き纏いなのかよ…………リオ面倒くさいのに絡まれてるんだな。男二人が言い争いを始めた。どうでもいい、さっさと帰ってくれよ。

 盗賊や異界者の事を理由にこれからもこいつらが付いて来そうだし、本当に早くこの森を出ないとダメっぽいな。もう少し休みたかったんだけどしょうがないか。


「わかりました。今日はもう帰りますから、喧嘩しないでください!」

 リオの言葉で二人とも渋々だけど大人しくなった。あの二人のせいで今日は飯抜きか。はぁ、しょうがない今日一日しっかり休んで明日の早朝森を出よう。お礼をもう一度ちゃんと伝えたいけど、どうしようもないな。


 三人が森を出たことで静寂が戻ってきた。すること、ないな。さっき起きたばっかりだから眠れるはずもなく、せめてスマホが生きてたら音楽聴いたりできるのに…………することもなく空を眺める。

「暇……」

 日本に居た時はすることがなくても、暇だとはあまり感じなかった。毎日気持ちも身体も気怠くて、起きて気が付けば夜になっててまた眠るそんなことの繰り返しだった。

 することがないことを暇と思う程度には健全な状態になってきてるのかねぇ? 異世界に放り出されてようやくかよ。


 暇に耐えかねて森の中を散策することにした。休んでおけばいいのになにやってるんだろう。そう思うけど、明日の早朝にここを出るならもうリオに会うことはないだろう、お礼を言えないなら何か形にしておきたかった。

 あの薬草なかなか見つからないって言ってたし、あれを幾らか見つけられればいいんだけど、そんな考えで歩き回った。

 今日は運がいいのか歩くのが面倒になる頃には結構な量が集まっていた。

「まぁ、こんなもんだろ」

 昨日より集められたしこれでいいか、流石に今日は迷うことはなかった。


 戻って休むことにしたけど、腹の虫がうるさい、歩き回ってる時に食べられそうな物も探したけどそれらしい物は見つからなかった。町か村で盗むとかしないとダメかな、気が重い。

 森を出たら港町を目指すつもりだけど、上手く他国に行けるんだろうか。考えれば考える程不安は増す。

「考えるな、寝ろ!」

 そう言って目を瞑る。野宿、平気になっちゃったなぁ……。

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