女神に会った 改稿

 まぶしい…………。

 まだ、生きてる……。

 俺って案外しぶといのな。

 そういえば小さい頃から思ってたっけ、俺はどんな酷い状態になっても死なないだろうって、よく平和な日本人が思ってる様な自分だけは大丈夫って考えじゃなくて。

 手がなくなったり、足がなくなったり、あるいは手足全部を失ったり、視力、聴力、嗅覚、言葉、これら全部を無くしても生きてしまうだろうって感覚、そんなのは地獄だ。


 でもその地獄に置かれ続けるんだろうって感覚。

 昔友達に話したら、そんなの思い込みだって笑われたけど、今の状況を考えたらあながち当たってるんじゃないか? そう思ってしまう。


 あぁ……まだこの世界を生きなきゃいけないんだな。

 でも、しょうがない。これはきっと罰なんだろうから……。


 それにしても、しょうがない、か。

 離婚の話をされた時、母さんが、しょうがない、と言ってからこの言葉が大嫌いになってたのに、今じゃ大抵のことをしょうがないで済ませてしまう。

 あれほど嫌いだったのにな、この、諦めてすべて投げ出してしまう様な言葉が。


 寝転がってしばらくそんなことを考える。

 あぁ…………でも、しょうがない、は今を受け入れてまた前に進むための言葉でもあるのかもしれない。母さんが言ったのはこっちの意味だったのかな。

 諦めて投げ出したと思っていた俺が一番諦めていたのかもしれない。

「はぁ、しょうがないから今日も生きてみますか」

 立ち上がって伸びをして強張った筋肉を伸ばす。が、全身くまなく激痛が走る。

「うぇぇぇ」

 前言撤回やっぱりもう、いやです。

「あぁ~……どうにかなりませんかねぇ、手加減してくれませんかねぇ」


 疲労は溜まる一方、左腕の傷も酷くなってる。飯も食えてない。せめてリュックの中の菓子があれば…………あぁ、思い出すと余計に食べたくなる。

 濃いチーズ味のスナック、タコス味のスナック、あのメーカーのスナック菓子はお気に入りで、ほとんどグミだったけど一袋ずつは買っていた。

「食べたいなぁ」

 やめよう、考えてたら空腹感が倍増して腹の虫が騒がしくなった。


 どこに行こう? ここがどこかなんてわからないし、ましてや地図なんか持ってない。まぁ、どこに行っても同じか。人に会ってもまた、奴隷人種が! とか言われるのがオチだろう。


 悩んでも出ない答えを諦めて、あぁぁ~もうこの方法でいいや。そう思って靴を飛ばす。つま先が向いた方に行こう。

 右……か。あっちには森が見えるな。食える木の実とかないだろうか? 動物が似たようなの居るんだから、俺が見知ってるような果物とかないだろうか?

 まぁ、似てても毒有りなんてパターンもありそうだけど。

「とりあえず行ってみますかー」

 そう言って歩き出すけど、足が重い。今日中に森に着けても食い物探す余裕なんてないかも。


 歩く、歩く、歩く、ひたすら歩く、歩き過ぎで足の裏が熱い、身体中が痛い、なんでこんなことしてるんだろうと弱気になる。

 それでも足は止まらない。進みは遅い。でも前へ進む。

 生きている限りはちゃんと生きよう。生きる努力位しておかないと死んだあと母さんに会った時恥ずかしい。

 母さんもガンで苦しい中、必死に生きようとしていた。

「なら俺も!」

 歩く、歩く、歩く、前に進む、ゆっくりでもいい、前に進んでいるのなら。


 ようやく半分位か……。流石に疲れた。少し休もう。その場に腰を下ろす。

 こっちに来てから酷い事ばっかりだけど、ちゃんと――生きている気がする。

 向こうではずっと引きこもって外に出るのは買い出しと通院のみ。


 初めて病院に行ったときに先生が! って言ってくれた時はうれしかったっけ。

 でも二年通院してもずっと引きこもりのまま。

 言ってもらった言葉の嬉しさはすぐに消えて、ただ時間を浪費するだけの存在だった。一日中寝て起きないこともあった、たぶんあんなのは生きてるって言わない。

 生きながら死んでいた。

 でも今は、苦しいし地獄みたいな世界だけど、生きる事をしているって言えると思う。


 風が吹き抜けていく…………気持ちいい……。

 こんな風の気持ちよさも引きこもってたからわからなかったんだよな。

 風の心地よさに身を任せる。しばらくこうしていよう、そう思って寝転がる。

「快晴だなぁ」

 空が青い、そういえば異世界でも空は青いんだな。まぁ、別の色だったら青い空しか知らない俺には違和感しかないんだろうけど、例えば黄色だったら? 気色悪い。

 なにアホなこと考えてるんだ……。


 結構時間が経った気がする。スマホ死んでるから時間の感覚がぐちゃぐちゃだ。元々不規則な生活してたし。

 そろそろ行こう、ここで日暮れを迎えるとか嫌だしな。腹も限界だから今日中にどうにか食糧を探したい。


 足が重い。休んだんだから少しは楽になるかと思ったけど、逆だ、必死に動いていたのを止めたことでもう一度動き出すのがかなり辛い。

「あぁ~頑張れよ~」

 こんな隠れる場所がないような所じゃ安心して寝れないんだから。

 あぁ……でも、めんどくさい、楽になりたい。どうせ長くはないんだから頑張ってなんになる?

 染み付いた怠け癖と暗い思考は簡単には変えられない……。

 もういいだろ? 十分頑張ったって、ここで諦めても誰も怒らないぞ?

 体力だってもう限界を超えてるだろ? 諦めちゃえよ?

「ああぁぁぁぁ、もう、黙ってろよ!!」

 自分の弱気を怒鳴りつける。

 一人でなにやってんだか…………。

 頭、おかしくなってきてるんだろうなぁ。いや、精神科行ってたんだし元々か。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 歩いてるだけなのに息が切れて整わなくなる。森までもう少しなんだ、あと少し、もう少し。

 歩け、歩け、歩け、歩け! どうせ他にすることはないんだ。

 進め、進め、進め、前に進め!


 無心で足を動かし俺は目的の場所に辿り着いた。

「やっと、着いたあぁぁぁ~」

 日は傾いて夕焼けになり始めている。

 急いで食えそうな物探さないと! そう思った瞬間、眩暈が襲う。

 ヤッバいかも……たどり着いたことで気が緩んだんだろう。身体の疲れも増した気がする。気持ち悪い、吐き気がする。近くの木にもたれ掛かる。

 あぁ、あとちょっと頑張ってくれ俺の身体! 食い物を見つけられればまだ希望はあるんだから。


 眩暈が少しマシになる。動こう、次に止まったらもう動けなくなる……これは本当に俺の身体に残された最後の力だ。

 森の中をのろのろと進む。食い物、食い物、食い物、何かないのか? 視線をせわしなく動かして彷徨う。


 だが、結局は何も見つからないまま日が暮れてしまった。少しの月明りだけで探し物をするには今の俺の身体は疲弊し過ぎている。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 息が荒い、頭がガンガンする。もう終わりか? 、か。

 俺は生きるのを頑張るのが遅すぎた。

 立っていられなくなってその場に寝転がる。

 終わりってこんな感じなのか……。手足の感覚がなくなっていく。あれだけ痛かったのに、最後は楽になるってわけか。

 まぁ、うつ引きニートにしては頑張った方じゃないか?

 限界までやったんだ、誰も文句は言わないだろう。


 最後なら綺麗な星空とか見たかったな。ここじゃ木が邪魔で見えやしない……。草原で見たのは綺麗だった気がするけど思い出せな――。


 あぁ…………死んだのかな。死んでも意識ってあるんだな。幽霊ってやつか?

 でも俺化けて出る程あの異世界に未練なんてないぞ?

 魔法もないし、冒険……なんて余裕はなかった。異世界に行けたらドラゴンに乗ってみたいとかはあったけど、死んだならもう乗れんし、居るのかどうかもわからんし未練なんてないから意識も消してくれないかなぁ。


 あんだけ頑張ったんだ、これくらいの要望は受け付けてよ神様! 存在するのか知らんけど。

 はぁ…………真っ暗で何も見えんし感じない、こんなのいつまで続くの? 天国とかないの? もしかして死んだ人ってみんなこんな感じなの? ずっとこの暗闇のまま? 永遠に? あの異世界も酷かったけど、無限の退屈も辛いんですけど? 死んでるから寝るとか出来ないだろうし。

「――――」

 何かが聞こえる。

「――――」

 これは声か?

「――――――」

 俺に話しかけているのか?

「――――――――」

 なんなんだよさっきから? 話しかけたいなら言葉にしろよ。全っ然わかんないんですけど!


「――――て」

 て? 手?

「――きて」

 来て?

「――ですか?」

 んんん? 焦った女の声が呼び掛ける。

「起きて!」

 はぁ!? 何言ってんだこの人。

「大丈夫ですか!? 起きてください!」

 死人に起きろってどういうことだよ? ゾンビとかそんな感じ? 異世界で死んだからってゾンビとして復活とか絶対嫌なんですけど。そんなにカッコイイ容姿じゃなかったけど、腐った動く死体にジョブチェンジとかあんまりだ! 一体どんな罰ゲームだよ! 罰なら十分すぎる程受けたよ!


「起きて!」

 嫌だよ! ゾンビになる位なら無限の退屈の方がマシだ! 暇だろうけど妄想とかで乗り切るからほっといてくれ。


「お願い起きてっ!」

 うっさい! そう思った瞬間真っ暗だった世界が真っ白になった。

「大丈夫ですか?! 動けますか?!」

「あぁ~痛い……」

 ん? 声が出た? それになんか凄い痛みが……。

「腕、痛みますか? 化膿してる、早く手当しないと」

「腕というより全身?」

「えぇ!? 全身!? 他にも傷が?」

 というか俺誰と話してるんだよ?

 疑問に突き動かされて瞼を開くとゆっくりと真っ白だった世界に色が付いていく。

 

 ようやく理解する。死に損ねたんだ。

 視界がはっきりすると、目の前に少し儚げなとても綺麗な女の人が居た。

 彼女は俺の顔見ると走り去ってしまった。目を見られたんだろう。

 人、呼びに行ったんだろうな。俺を殺すか捕まえるために。

 一体どんな目に遭わされるのやら、自分のしぶとさが嫌になる。死ねていれば楽だったろうに。

 わざわざ苦痛を貰いに舞い戻るとは……神様はまだ俺に罰を与えたりないらしい。


 頭がクラクラする。生きてるって言ってもギリギリだなぁ。あの人が誰か連れて戻ってくる前に死なないかなぁ。

 こんな時なのにもう七日もまともに食べていない身体は生きるための燃料を要求してくる。

 もういいじゃん、疲れたよ! これ以上酷い目に遭いたくないって!


「あぁ~もう!」

 安らかに死ぬためにここを離れないと……。

 そう思って身体を動かそうとしたけど、ピリピリとした激痛が走ってまともに動けそうにない。

 俺には奴隷人生か処刑の二択しか残ってないらしい。どっち選ぶ? どっちも嫌に決まってる! どうせ死ぬなら痛くない方がいい! なんで生きてんだよ俺! 普通なら喜ぶべき事なのに、全然、全くうれしくない。


 足音がする。彼女が人を連れて戻ってきたんだろう。死ねなかったな……。

 痛いのやだなぁ――いや今も全身痛いけど。この世界ってどんな殺し方するんだろう? ギロチンで首ちょんぱとか? 嫌だ!! 絶対にっ!

 動け! 動け! 動け! 痛みが走る身体を無理やり動かす、立てそうにはない、なら這ってでもこの場所を離れないと! じゃないともっと痛いことをされる!

「あぁー! ダメですよ動いちゃ!」

 見つかった!? 今度こそ詰んだ。


「酷い怪我なんだからじっとしてなきゃダメじゃないですか!」

 は? この女はなにを言っている……?

「すぐに手当しますから!」

「な、んで?」

 俺は困惑したまま優しく微笑むひとを呆然と見上げた。

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