異世界の名前はヴァーンシア 改稿
「なんでって、当たり前じゃないですか! こんなに酷い怪我で、放っておけるわけないじゃないですか!」
意味が分からない……この女は何を言っているんだ? 手当をする? 放っておけない? なんで? この世界の人間は異界者を嫌って、蔑んで、同じ人間だとは思ってないんじゃないのか? あの町だけが特別だった? ――いいや、そんなはずない。
途中の村でも異界者が居た、って騒ぎになったんだ。あれだけ異界者に過敏に反応する人間ばっかりだったのに、こいつの反応はなんだ? これじゃあ、まるで俺を気遣ってるみたいじゃないか? ありえない、信じられない。
女が傍に寄って来る。嫌だ。きっと殺される、隠し持ったナイフとかで滅多刺し――それとも毒でも飲ませるか?
「来るなっ!」
一瞬躊躇したようだったけど、俺がロクに動けないと判断してすぐに傍にやって来る。
「大丈夫。危害を加えるんじゃありません。手当をするだけですから。身体起こしますね」
そう言って俺に触れようとする。
「っ!」
反射的に伸ばされた手を撥ね退ける。それでも彼女は笑顔を崩さない。
「大丈夫。私はあなたにひどいことはしません。助けたいんです」
彼女は小さな子供に言い聞かせるようにそう言った。
助けたい? そもそもこんな目に遭ってるのはお前らの、この世界の人間のせいなのに! 溜め込んでいたこの世界に対する怒りが爆発した。
「ふざけるな! 俺は知ってる。お前らが異界者を奴隷扱いしてるのを! そんな相手を信じられるか! それに奴隷を助けたい? 意味がわかんない! 蔑んでる相手を助けたいと思う奴なんか居るはずがない!」
殺される恐怖も忘れて喚き散らす。一度噴き出してしまえば止める事は叶わなかった。
「私はあなたを奴隷だなんて思ってません! 信じてください! 本当にあなたを助けたいんです」
そう言って、真っ直ぐに見つめてくる。
女の青く透き通った真剣な瞳に動揺し戸惑う。助けてくれる、のか? この世界の人間が? 信じていいのか? でも、俺が知ってる人間ってのは、簡単に裏切り、騙し、他者を傷つけるそんな存在だ。最初の町で見た人間の視線が頭に浮かぶ、汚いもの、嫌なものを見る目だった。
だけど目の前の人の瞳からはそういった悪意は感じない。本当に助けて…………くれるのか? 信じて……大丈夫なのか?
「本当に?」
「はい、信じてください」
ボロボロになった俺の手を綺麗な両手で包みながらながら彼女は穏やかな声でそう言った。今度は振り払わなかった。
「わかった……」
信じてみてもいいのかもしれない。他人が怖くても目の前の人の真剣な思いが理解出来てしまったから。
「まず傷口を洗います。染みるでしょうけど少し我慢してください」
その言葉に頷くと彼女は手早く水筒の水に傷口を晒す。
本当に染みる!? 化膿した傷口を見ているのが嫌で視線がさまよう。その時見慣れた物を発見した。
「なん、で…………?」
なんで俺のリュックがここにある? 俺は彷徨った挙句に戻ってきたのか?
「あぁ、あれ! あなたの荷物ですよね? リアスの町を出てリアス街道をしばらく行った所に落ちてたんですよ?」
「リアスの町?」
「あなたがこの怪我をさせられた町の事です」
あの町での事をなんで知っているんだ? 疑問に思っていると、彼女が答えをくれた。
「私、あの時あの場所に居たんです。父が医者をしていて、リアスの町に往診に行くのに手伝いで付いて行ってたんです」
「そう、なんだ」
変な偶然があるんだな、まさか事情を知っている人にこうして手当てされるなんて思ってもみなかった。
「あの時、助けてあげられなくてごめんなさい」
なんで謝る? あの状況で俺を助けられる人間なんて居なかった。あの状況で出てくれば共に殺されていた、それほどに町の人間の気は昂ぶっていた。
「なんで異界者の俺を助けようとするんだ?」
「おかしいですか?」
そう言って、可愛らしく首をかしげながらこっちを見つめてくる。さっきまでの真剣な表情とは打って変わってとても魅力的な表情だ。
勘弁してほしい、さっきはキレてたから気になんてしなかったけど、すっごい美人なのだ。白く、シミ一つない美しい肌、柔らかそうな頬、艶やかな唇、透通った海の様なクリアブルーの瞳がバランスよく配置され、しかもそれらが作り出す柔和な笑み。
無理! 直視出来ない。普通の人とですら目を合わせるのが苦手で、少しでも遮るものが欲しくて前髪で隠してるけど、この美人相手じゃ目を合わせるどころか、恥ずかしくて顔も合わせられそうにない。
真剣に手当てするその瞳を見ていられなくて不自然にそっぽを向く、長い引きこもり生活のせいで異性への免疫なんてまるで無いし、あぁ、動悸がひどい。
「大丈夫ですか? 苦しそうですけど」
あなたのせいです! わざわざ覗き込んでくんな! 近い! 顔が近い! 美しく整ったその顔を寄せられて顔が熱くなる。死にかけの状態で美人に照れるとは……案外まだまだ余裕なのか俺? 自分自身に呆れてしまう。
「大丈夫ですから…………それと、やっぱり変ですよ。あの町の他に村にも立ち寄ったけど異界者への反応は酷かったし。この世界は異界者を奴隷扱いするのが浸透してるってことなんじゃないんですか? そんな中で異界者の味方をするのは異常に見えます」
「異界者を奴隷扱いするのはこの世界、ヴァーンシアがというよりも、この国アドラ帝国での悪習ですね。他の国には異界者を積極的に受け入れている所もあるんですよ? 私はそういう国の考え方の方が好きなんです。異世界に生まれた人達だって心をもった同じ『人間』なんだって考え方が」
「…………」
この国の悪習? 異界者を受け入れる国がある? だとしたらどんだけ運が悪いんだよ俺は。異世界に来るならそっちの国の方がよかったよ! 自分の不運に嫌気がしてくる。
「あとはこの薬を塗ったら終わりですよ~」
水飴色の薬を患部に塗られる。
すると塗られた箇所がジンジンして焼ける様に熱くなっていく。なんだこれ!? 痛みと熱が傷口から浸透していく。こんなの塗って大丈夫なのか!? 不安が顔に出てたんだろう。
「大丈夫ですよ。この薬はよく効くんです。たぶん痕も残らないはずですよ」
「でも、めちゃくちゃ痛いんですけど!」
「男の子なんだから少し位我慢してください」
そう言って、まぶしい笑顔を向けてくる。ワザとやってるんだろうかこの美人さんは。それに、男の『子』なんて歳じゃないぞ、もう。まぁ、荷物も返って来たし手当もしてもらえた。ここは言うべきことがあるだろう――。
「えっと、あの!」
…………あ~、お礼を言おうと思ってようやく気付く、名前知らないし俺も名乗ってない。
「? ……どうかしましたか? ……あ! そういえば!」
目を見開き再び顔を寄せてくる。美人さんも気が付いたみたいだ。
「全身が痛いって言ってましたけど、他にどこを怪我してるんですか!?」
全然違った……本当に心から心配してくれているだけだった。
こんな優しい人もこの土地にはいるんだな。久しぶりに触れた他人のあたたかさに胸が熱くなる。
「あー、全身が痛いのは筋肉痛です」
「筋肉痛? リアスからここまで確かにある程度距離がありますけどそんなに大変でした?」
そう言われて恥ずかしくなる。すいません。引きこもってたせいで完全な運動不足です。
にしても結構な距離歩いたと思ってたんだけど、この美人さんがそんなに大変でした?なんて言えちゃう距離でしかないのか? すごいな異世界……。それとも俺がダメ過ぎなのか?
「ってそうじゃなくて、お姉さんの名前教えてください。俺は如月航です」
「あぁー」
手を合わせてにっこりと納得のご様子。こういう仕草も似あう、それとも美人は何でも似合うのか。
「私はリオ・スフィールです。今年二十歳になりました」
は? 二十歳、って年下!? すごい綺麗で大人っぽいのに四つも下……。年下に子供扱いされた……俺ってやつはホント情けない。
「俺は……二十四……です」
「あら! お兄さんだったんですね!」
情けなくなってくる。そんなにガキっぽいのか俺は……鏡で見る自分の顔は確かに学生の頃からあまり変わっていないとは思うが。
彼女が和んでいると盛大に腹が鳴った。そういえば空腹で倒れたんだった。
「すごい音ですね~」
「まぁ、ずっと何も食べてなかったから」
「そうなんですか? 私家から何か食べ物持ってきますね!」
そう告げて走って行ってしまう。速い……。あれ、俺より速いよな? 引きこもってたんだから上等な運動能力を持ってるわけないんだけど、年下の、それも女の子に負けてるという事実にひどく落ち込む。かっこわるいなぁ、俺。
それにしても、異世界ヴァーンシアか、名前があるんだな。俺の世界は、名前で言うなら地球、になるんだろうか。でも世界の名前じゃなくて星の名前だよな。安心したせいか余計な事を考える余裕も出てくる。
「はぁ~、この世界にもまともな人いたんだなぁ」
しかもすっごい美人、そのせいでまともに顔も見れやしない。
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