逃亡生活2 改稿

「いってえぇぇぇー」

 肉を突き破るような激痛で目が覚める。

 何が起こったのかと周囲を見ると狐の様な生き物四匹に囲まれていた。

 さっきの痛みはこの生き物のせいか。左腕に噛みあとがついている。


 人間の次は動物か……次から次へと、この世界はとことん俺に優しくない。

 狐ってたしか雑食だったよな。

「俺なんかにかまってないでその辺の草でも食べてろよ!」

 大声に驚いたのか少し距離を取って鳴き声を上げ始めた。

『キューン、キューン、キューン、キューン』

 狐ってこんな鳴き声なのか? って似てるだけで狐じゃないか。


 牙を剥き出しにして俺を見る目は飢えた獣のそれだ。さっさとこの場を離れよう。

 囲まれないように後ずさりしてある程度離れてから走りだそうと振り返ったら後ろにいつの間にか八匹増えていた。

 さっきので仲間呼んだのかよ! 獣にまで集団で襲われるのか。狐って群れないんじゃないのか?

「あぁぁ! もう! いい加減にしろ! 俺は奴隷でもないし! お前らの食料でもない!」

 俺の大声を威嚇ととったのか一匹が左足に噛み付いて激しく首を振る。

「来んな!」

 噛み付いた奴の腹部を蹴り上げる。

 こんな世界じゃ生きていけないって思ったし、餓死でもいいかとも思ったけど、生きている間に喰われて痛い思いをしながら死ぬのなんてごめんだ!


 幸い相手は中型犬位の大きさだから、全力で蹴れば吹っ飛びもする。筋肉痛のせいで足がどれだけもつかわからんけど絶対に逃げてやる! 喰われ死になんてしたくない!

 正面の数が少ない方に声を上げながら突っ込む。

「ああああああああああー!」

 多少は怯んだようで二匹は後ずさったが、残り二匹は受けて立つとばかりに突っ込んできた。

 正面右に居る奴の顔を蹴って左に飛ばしてもう一匹にぶつけてやった。顔への攻撃で警戒して動きが止まった隙に後は無視して全力疾走。


 でも獣に走りで、運動不足の上更に筋肉痛の人間が勝てるわけがなく、すぐに追い付かれてしまう。

 逃げるより全部蹴った方がよかったか? この世界に来てから酷使されっぱなしの足はもう限界だった。

 仕方なく、一時凌ぎにしかならないけど木に登ることにした。


 どれくらい経っただろう。スマホが死んでるから時間もわからない。ずいぶん経ったような気がするけど、諦め切れないのか奴らはまだ下をうろついて恨めしげに樹上を見上げている。

 いい加減にしてほしい。この世界の存在には酷い目に合わされてばかりだ。


 日が暮れ始めていた。このまま樹上で五日目の野宿かよ。あんまりだ、状況は好転せずどんどん悪い方向に向かっていく。もう叫ぶ元気もない。奴らにとって俺はそんなに魅力的な御馳走なんだろうか?

「お前らここに住んでるなら他にも餌あるだろうが、俺のことはほっといてくれ。こっちの世界に来てから悪いことばっかりで、もううんざりなんだ」

 こんなことを獣に言ったところで引いてはくれないだろうけど、荒んだ心では言わずにいられなかった。


 人間に殺されかけて、次に獣に喰われそうになって…………悪いことばっかり起こっている。ここから更に暗転するとしたら、俺が今いる高さにも平気で手が届く化け物でも出るか?

 異世界ってもっと剣とか魔法とか冒険とかドラゴンに乗れるとか楽しい、夢のあるものだと思ってたよ。がっかりだ!


 日が暮れた。それでも奴らは引き上げない。我慢比べでもする気だろうか? なら確実に俺が負ける。この数日消耗してばかりで食事どころか水分補給すら出来ていない。

 あぁ、餓死じゃなくて脱水症状で死ぬのかもな。頭がクラクラする。奴らが居る限りどうにもならないし、寝てしまおう。もしかしたら永眠になるかもだけど。痛くないならそれでもいいか…………。

 途中で落ちて、喰われるなんてことになりませんように、そう思い瞼を閉じる。


 木漏れ日を感じて目が覚める。

「生きてたか……」

 生きてたんだと安心する反面、またこの世界を生きなきゃいけないのかと気が重くなる。

 昨日の痛みを思い出して恐る恐る下を見る。

「流石に引き上げてくれたか」

 でもこのまま山に居続ければまた出くわすだろう。山、下りるか……。

 不安が大きいがここに隠れ住むのは難しいと判断して山を下りることにした。


 頭が重い、身体も上手く動かない。あと、どのくらいで麓に着くんだろう。

 またあの獣に出くわしたらどうしよう。あれよりももっとヤバいものが居たら?

 嫌な考えが心を支配する。なんでこんな暗い考えばっかり浮かぶんだよッ!


 あぁ……思い出した。俺はうつ病引きニートだった。心は弱いし、考え方が暗いのも元々だ。どうしようもない、このどうしようもない現実と同じように、変われるものならとっくに変わってる。

 迷惑をかけ続けた母さんが死んだ時でさえ変われなかった。

 漫画やアニメみたいにある日突然都合のいい、自分を変えるきっかけが訪れて変われるんじゃないか、なんて思ったこともあったけど訪れたのは、今までの自分への罰の様な過酷な現実だった。

 同じなのはある日突然ってところだけだ。罰、か――。


 なら俺はこのまま野垂れ死ぬべきなんだろうな。それに俺は誰からも必要とされない無意味な人間なんだから死んで当然なんだろう。そんなことを思うのに足は前へ進む。


「…………死にたくない」

 涙が頬を伝う。

 そう、本当は死にたくなんてない。引きこもっていた時はいつ死んでもいいなんて思っていた俺はそんな当たり前の事にようやく気がついた。


 迷惑かけて苦しめ続けた母さんに、もう大丈夫、自分で歩いて生きていける人間になったから、ってそう胸を張って言えるような人間になって人生を全うしたかった。

 それなのになんなんだよこの状況は?! あんまりだ! 母さんが死んだときでさえ変われなかったから? だからこの仕打ちなのか? もう俺に変わるためのチャンスはないのか? 


 ない、んだろうな…………。

 俺がこの世界に来てしまった時点で賽は投げられたんだ。もうこの運命は変えられない。

 悔しくて涙が溢れる。あぁ、なに貴重な水分出してんだよ。脱水症状での死が近づくぞ? そう思っても涙は止まらなかった。


 ようやく涙が止まった頃、俺は山の麓にたどり着いていた。

 もう日が暮れ始めて空が茜色に染まっている。

 また野宿か……こんな状態であと何日生きられるんだろう。

 辺りを見回すと遠くに村らしきものが見えた。最初に見つけた町と違って、壁で囲われていないように見える。あれなら暗くなってからなら忍び込めるかもしれない。

 人が住んで居るなら、水が、井戸か何かがあるはずだ。それに運が良ければ保存食用の乾物だって干してある可能性がある。

 この世界は電気を使った道具が無いようだった、なら夜中なら真っ暗になって見つかる可能性も少なくなるはず。

「まだ生きられるかもしれない」

 そう思うと足が自然と動き始めていた。


「やっぱり壁はないのか」

 村の近くまで来て確認して、そばの茂みに隠れて夜が更けるのを待つ。期待をしてしまっているせいで喉の渇きも空腹も我慢が利かなくなってきている。


 大分時間が経った、ここから見た感じだと村の家々から明かりは消えている様に見える。そろそろ行ってみよう。水、すぐに見つかるといいけど……。

 びくびくしながら村へ入る。やっぱり街灯なんてないし近くの民家の明かりも消えている。これなら大丈夫かもしれない、そう思い村の奥へと向かう。


「井戸、井戸、井戸、どこかにないか? 食べ物でもいい」

 きょろきょろしながら歩き回る。暗くて探し辛い。昔ってこんなに不便だったんだな。自分が恵まれた環境に居たんだと改めて思い知る。

「それなのに俺は引きこもって時間を浪費して……」

 暗くなってる場合じゃない。早く井戸を探さないと、寝静まっているとはいえここは異世界人の村だ。何が起こるか分からない、なるべく早く出るべきだ。


 村の真ん中辺りまで進んだ所でやっと井戸を発見する。

「やった!」

 井戸に駆け寄って近くにあった釣瓶を井戸に落とす。バシャンという思ったより大きな音に、マズい、と思って周りを確認する。

 近くの民家になんの変化も無いことに安堵する。

「よかった……」

 あとはロープを引いて水をくみ上げるだけだ。だけど疲れと筋肉痛・化膿した腕の痛みとで上手く引き上げられない。

 頼むよ。あと少し頑張ってくれ俺の身体!


 やっとの思いで引き上げると、釣瓶に顔をつけて水を飲む。ゆっくり飲めばよかったのに、また人に会ったら、という思いから焦って一気に飲んだせいで気管に入ってしまい咳き込む。

「げほっごほっ」

 やらかした、そう思った時にはもう遅かった。近くの民家から物音がした。マズい、人が来る!?

「げほっごほっ……ごほっ」

 気管から水を出そうとして咳が止まらない。


「おい、誰かいるのかぁ」

 眠そうな声のおっさんがのそのそと出てきた。

 どうする!? どうする!? どうする!? 誤魔化す方法を探そうと必死に思考を巡らせる。

 そういえば、町で騒ぎになった時に黒い目がどうのと言ってるやつが居た。叫ばれたのも目が合ってからだ。この世界の人間に黒い瞳の人間が居ないのかもしれない。なら瞳さえ見られなければもしかしたら――。


「おい、大丈夫か?」

 ランタンを持っておっさんが近づいてくる。

 片目は髪で隠して、もう片方もランタンの光から隠すために手を翳しながら答える。

「ごほっ……大丈夫です。旅をしててさっきここにたどり着いたんだすけど、ごほっ……喉が渇いていたので水を一気に飲んでしまって」

「そうか。それにしても――」

「こんな夜更けにどうかしたのか?」

 他にも人が!? マズい……寝惚けたおっさん一人なら誤魔化せたかもしれないが人が増えれば異常に気付かれる可能性が上がる。


「あぁ、アルフ、こいつ旅をしててさっき村に着いたんだとよ」

「こんな真夜中まで歩いてたのか?」

「急ぎの用があったので……」

 やっぱりこの言い訳には無理があったんだろう。訝しんだもう一人もランタンを持って近づいてくる。そりゃそうだ、急いでるなら馬車か何かを使うだろ。頭が働いていない。

「どうした? そんなに眩しいのか?」

 そう言ってランタンを近づけてくる。これ以上は駄目だ、逃げるしかない。


「お、お前――」

 一目散に入ってきたのとは逆の方向へ向かって走る。足が……っ! 構ってられるか。

「待てお前!」

「どうしたんだ急に!?」

「あいつ異界者だった! 異界者だー! 異界者が、奴隷人種が村に入り込んでるぞー!」

 叫び声に反応して周りの民家から物音がして慌ただしく明かりが灯り始める。

 くそっ! くそっ! くそっ! 少しくらい休ませろよっ。水くらいいいじゃないか。


 どうにか逃げ切れたか? 周囲を見回してみたけど明かりは見えない。大丈夫、なはず。そう思った瞬間身体から力が抜けて膝をつく。頭がクラクラする。水分は補給出来たはずなのに、なん、で……?


 そういえば、塩分も摂らないとダメなんだっけか……無理だろそんなの人と関われないんだぞ? 海の水でも飲めってのか? そもそも海は近くにあるのか?

 ダメだ、詰んだ。頭も上手く働かない。近くの茂みに倒れ込む。そこで意識が途切れた。

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