探索開始 改稿

 歩き出したものの、どこへ向かえばいいのかすらも分からない。

「なんでこんなことになってんだろ」

 歩きながらスマホをいじる。やっぱりアンテナは立ってない。通信手段は無しか、こんな人気のない場所でどうしろって言うんだ。夢なら覚めてくれ、違うならこの現象の責任者出てこい!


 時間を見ると十時四十分になったところだった。

 普段ならまだ寝ているか、起きていても起き上がれず布団でごろごろしている時間だ。

「はぁ、だるい……」

 外に居るだけでも嫌なのに、目的地も分からず歩き続けないといけないとは……最低だな。


 しばらく黙々と歩いたけど、歩いても歩いても見えるのは広大な草原だ。

 代り映えしない景色にうんざりしてくる。結構歩いたはずなんだけどな……人工物どころか生き物の気配すらない。


 少し休憩しよう。疲れたし、長年引きこもって居たせいでスタミナがない。幸い食料はある、菓子だけど。

 草の上に腰を下ろして荷物をあさる。

 どれにしようかと迷うが、グミが多い……買い物に行くと、よく考えずにその時食べたい物を買い溜めることがあるけど、今回は酷いな。

 スーパーの買い物袋いっぱいの菓子のほとんどがグミ、なんでもっと色んなの種類の菓子を買わなかったんだよ…………。


 サワーハードグミの袋を開けて口いっぱいに頬張る。酸味が広がり、それに刺激されて唾液が溢れてくる。

「酸っぱー!」

 酸味のある粉末が結構な量まぶしてあるからなかなか酸っぱい。それに硬めだから顎が疲れてくる。

 でもグミは頬張って食べるのが好きなんだ。

 もぐもぐしながらスマホの画面を見た。十三時前、歩き始めてから結構経っている。それでも景色には変化がない。


 強い風が吹いた。歩いて熱くなった身体に涼しい風が心地よい。

「それにしても鬱陶しいな」

 顔が隠れる程に伸びた前髪を摘む。外に出ることがほとんどないせいで伸ばし放題だった髪を鬱陶しく感じる。他人に会わないから頓着しなかったもんなぁ。家じゃ横に流してたし。後ろは気にならないけど前髪はなんとかしたい。

 今は風でぼさぼさだ……。


 そんなくだらないことを考えてぼーっとしていた。現実逃避だな。

 時間を見ると十四時前、一時間もぼーっとしてたのか……。

 見渡す限り草原で人工物なんて全く見当たらない。もしかしなくてもこのままだと野宿になるのか? 意識が現実に引き戻されて不安が大きくなる。引きこもれない場所で寝るなんて冗談じゃない。


「歩こう」

 とにかくこの草原ばっかりの景色から脱出したい。今日中に人工物を見つけたい、出来れば人と接触してさっさと帰って引きこもりたい。

 再び歩き始めたけど変化もなく成果もないせいで足が重い。

 このままずっと草原ってことはないよな? 鈍った身体と不安に塗りつぶされる心を騙しながら歩く。


 遠くに森が見えてきた。

 草原以外の場所があると分かったことで多少安心したけど、すぐに不安が大きくなる。既に日が傾きだしている。

 ようやく森の手前にたどり着く頃にはすっかり日が暮れていた。

 どうしよう? 草原を抜けはしたけど、夜の森に入るのは危ない気がする。

 森がどの程度の広さかも分からないしこのまま進むより森から少し離れて草原で野宿のほうがいいんだろうなぁ。

「はぁ、野宿か……」

 現代の日本人で野宿経験がある奴なんてそうそういないんじゃないか? こんな経験したくはなかった。


 疲れたなぁ。こんなに長時間動いたの何年振りだろう。

 このままずっと人に会えなかったらどうしよう……疲弊した心と体を不安が蝕んでくる。

 あんなに人と関わるのが嫌だったのに、今は人に会いたいなんて変な感じだ。誰でもいいからこの状況を説明してほしい。そして叶うなら今すぐ帰りたい。


 明日は人、見つかるといいんだけど……。

 草の上に寝転がりリュックを枕にする。

 空には雲ひとつなくて月や無数の星が瞬き、とても綺麗で吸い込まれそうなほど神秘的な光景だ。


 こんな異常事態じゃなけりゃ感動もするんだろうけど、今の俺は素直に星空を愉しむ余裕もない。

 帰れる、よな? 帰る……? 俺は帰りたいんだろうか? 帰りたいはずだ。

 でも、あの引きこもるだけの空間に、変化せず繰り返す日々に、戻るべきなのか……?


 疲れていたんだろう、横になって目を瞑るとすぐに眠気がやってきた。いつもなら薬を飲まないと眠れずにいるのに。


 まぶしい――。

 それにやけに青臭い。

 瞼を開けると、見えるのは青い空……あぁやっぱりと落胆する。まぁそうだろう、昨日あれだけあるいたのだ。

「夢じゃなかったか……」

 気怠い身体を起こし周りを見る。やっぱり夢でしたなんて楽な展開はないようだ。夢オチ結構期待してたんだけど、今更夢オチはないか。

 時間は、八時か……。こんなに早起きしたのは久しぶりだ。というか俺にとっては異常だ。起きる時間は大抵が十二時過ぎなのだから。


 盛大に腹の虫が喚く、普段なら起きても何も食べないところだが起床時間が違うせいか腹が減ったな。でも有るのは菓子だけ――。

 飯を食いたいなぁ、生姜焼きと味噌汁があれば尚良い。

 それに昨日は気にならなかったけど喉も渇いた。とりあえず水だけでも確保したい。

 腹は減ってるけど、喉が渇くから菓子は少しずつだな。

 グミの袋を一つ開けて、一粒口に放り込む。

 今日は絶対に人――は無理にしても水場はなんとしても見つけたい……目標がどんどん下がっているな。


 気怠い心と体を奮い立たせて昨日の森へ向かう。

 改めて見るとこの森の樹木、物凄くデカいものが多いな。幹も凄く太いし、こんなもの見た事がない。

 やっぱりここ、日本じゃないんじゃないか?

 突然外に放り出される非常事態だ、日本以外なんて事もあり得る。こんな森に入って大丈夫か? ヤバいものとかいないよな?


 不安で足が前に出ない。しばらく逡巡して、他に進む先はないと決心してようやく森へ踏み入る。

「変なものが出ませんように」


 大きな木々が生い茂っているせいで森の中は少し暗い感じだ。

 どう考えてもこんな所に人なんて居そうにない。引き返そうか………?

 でも引き返してどこへ行く? またあのだだっ広い草原に戻るのか? あてもなく歩き回るよりは森の方がまだ何かを見つけられそうだ。


 不安に駆られながらも、凸凹して歩きづらい森の中を進む。

 木の根に足を取られた。

「あぁー、もう、歩きづらいしめんどくせぇー!」

 なんでこんなことになった? 引きこもり続けてたから罰が当たったのか? そりゃ俺は褒められるような人間じゃないが――。

 罰で別の場所に飛ばされました。って漫画かよ!

 漫画ならタイムスリップか異世界ってところか。

 タイムスリップ…………は嫌だな、こんなに自然豊かなら大昔だ。だとしたら人が全く居ない可能性がある。文明が無いなら帰還は絶望的。

 異世界は異世界で問題だな、ゲームみたいなファンタジーな世界だったら魔物に遭遇したとたんに終わりだろう。武器もない特別な力もないゲームで言えば名もない村人レベルの俺が戦えるわけもない。もしかしたら村人よりも弱いかもな。うつ病引きニートなんだし……あぁでも異世界なら帰還方法はありそう、異世界であってくれ。


 あぁ、なにくだらないこと考えてるんだろう。

「進むか……」

 しばらく黙々と歩く、バカなことを考え出さないように身体を動かす。運動不足の身体には堪えるらしく汗がどんどん出る。ベタベタして気持ち悪い、昨日は風呂に入れてないし不快が増す。

 大分進んだところでぽっかりと開けた空間に出た。薄暗い場所から日の光が差し込む場所に出たことでいくらか気分がマシになる。


 ここで休憩しよう。近くの木にもたれ掛かる。随分と歩いた気がする。

 スマホで時間を確認すると十三時前だった。五時間近くも歩き続けたんだと思うと疲れが一気に身体を襲う。よくもまぁ引きこもりが二日連続でこんなに動いたものだ。このまま寝てしまえたらどんなにいいだろう。

 でもこんな森の中で野宿なんて絶対したくない。

 三十分程休憩して疲れた身体に鞭を打ってまた歩き出す。


 疲れと空腹感からついグミを頬張る。気づけば三袋空にしていた。

 喉が渇いた……。せめて水場くらいないのか。


 腹が猛烈な呻き声を上げる、忘れていた。

 グミを食べ過ぎると腹痛になるんだった……。

「うぅぅ」

 これはマズい、普段ならここまでの馬鹿食いはしないのに……我慢できるレベルじゃない。



「はぁ、ティッシュ持っててよかった」

 もう嫌だ。普通にトイレで済ませたいし、風呂にだって入りたい。

 無理してでも歩くスピードを上げて、森を抜けてしまおう。

 そんなことを考えていたとき、奇妙な鳴き声が聞こえた。不安が一気に膨らんだ。

 俺は疲れているのも忘れて無我夢中で走った。


 息が切れて、動けなくなって膝を突き荒い呼吸を繰り返す。

「ヒュー、ヒュー、ヒュー」

 身体が酸素を求めて呼吸が荒くなり喘鳴がする。スタミナはなくても恐怖に駆られると結構走れるものなんだな。


 しばらくしてやっと呼吸が落ち着いてきて、ようやく気付く。

 俺は街道らしき場所に居た。

 ――轍がある! 人がいるんだ! まだ明るいし今日中に人のいる場所にたどり着けるかもしれない。

 疲れてはいたけど、早くこの状況から脱したい一心で轍に沿って歩き続けた。


 小高い丘を登り切ると町が見えた。

「やった……」

 人がいる場所にたどり着けた。疲労で足が重たいがそんなこと気にせず走った。

 全然速くなんてなかったけど、それでも走った。

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