第2話 クラッキーの娘(2)
ジェクターがこの結婚を賛成しているのにはいくつか理由があった。
まず、エルドラの身元がしっかりしている事。
ホーク家というのは、ベルリート王国の中でも指折りの名家である。いわゆる建国の功臣で、当時の国王が従えた八騎士の一人を先祖に持つ。
そんなホーク家の一人息子がエルドラであった。
総金髪で容姿端麗、立ち居振る舞いも秀麗で、どこから見ても貴族然としている。さらにハイブリッド・ウォーカー(戦闘用ロボ)を駆るハイライダー(操縦者)としても名が通っている。ホーク家の将来を担う、いや、ベルリート王国の若手貴族の中でも一番の出世頭であると言えた。
そんな男に求婚されているのである。断る理由がない。
更に、結婚支度金として用意された千クランという金額も魅力だった。ジェクターの年収の十年分である。嫌な話だが、それだけの金額に眼がくらむのも事実だった。
だが、ジェクターにとって一番の理由は『貴族の仲間入りが出来ること』であった。
高級貴族に娘を嫁がせたとなれば、平民のブルー家は一躍貴族の仲間入りが出来る。これは『貴族、平民の血を入れるなかれ』という法を誤魔化す為の手段で、ブルー家を最下級の貴族に昇格させた後、婚姻を結ぶのである。
つまりブルー家の身分が上がる。
ジェクターは今、一般市民である。ベルリート王国に属し、参政権もあれば、税金も払い、何不自由ない生活を送っている。
それでも特権階級である貴族への憧れは強かった。
一言に貴族と言っても、厳密には三つに分類される。
国王直属の家来衆である『高級貴族』。
その高級貴族の家来衆が『一般貴族』。
さらに国王との謁見資格を持たず、王都に屋敷を構える資格もない『下級貴族』の三つである。この階級は主に高級貴族が市民に対して結婚や金銭の借り出し時に使う、法の抜け道的な階級として利用されている。下級貴族になって変わる事と言えば、モービッターの使用が許される程度のものである。
それでもジェクターは『下級貴族』になりたかった。
彼は子供の頃、モービッターに乗った貴族を見た。少年だったジェクターは猛烈に憧れたらしい。彼はそれ以来、貴族になるためだけに銃の練習に励んだ。元々才能もあったのだろう。瞬く間に名を馳せ、大陸でも一、二を争う名手となった。
だが、貴族になる機会は結局一度も訪れなかった。ジェクターに対する国王の関心は薄く、どこからも身分昇格の話はなかったのだ。
そして彼は妻の死別と共に、銃を置いた。
銃を置いた時、彼は貴族への憧れを捨てたつもりだった。ところが娘の婚姻話で突如その可能性が出てきたのである。
話に飛びつくのも無理はない。
これが父、ジェクターが結婚に賛成している理由であった。
そんな父の想いとは裏腹に、娘のチェルシィは断固としてこの話を断り続けていた。
「お父さんが何と言っても、私は絶っっっっっっ対、この人と結婚なんかしないから!」
チェルシィは地団駄を踏んで拒絶を繰り返す。
父も、エルドラも、その都度説得を試みるが、またチェルシィが拒絶する、の繰り返しであった。
話は一向に進まない。
しかし、このままではチェルシィが不利である事は明白であった。
この国では親の承諾が得られれば婚姻は成立するのである。逃亡した場合は反婚罪として刑務所へ送られてしまうのだ。
それだけにチェルシィはここで断固として拒絶し続けなければならなかった。
チェルシィは何度も何度も繰り返し拒絶の意志を示した。
すると、エルドラが薄ら笑いを浮かべながら、ひとつの提案を持ちかけてきた。
「ヘイ、マイエンジェル、チェルシィ! 可愛いお口! 僕の話を聞いてくれ!」
「……もう聞き飽きました」
「うーん、スゥィーティーなヴォイス! プリティ! どうだい? ここはひとつ、僕と賭けをしてハッキリさせないかい?」
「賭け?」
「イェース! そう。賭け。イッツギャンブル! 君が勝てば僕はこの結婚を諦めよう。しかし、僕が勝てば大人しく僕の花嫁になる! どうだい? プリーズ?」
チェルシィはエルドラの表情から危険な賭けである事は薄々勘付いてはいる。だが、その誘いを断る勇気もなかった。それだけ追い詰められていたのであろう。
「賭けの内容は? カード? 何?」
「ノンノン! カードなんてノーセンス! そんな野暮な事で人生を決められないだろう? ハハハ! マイエンジェル、チェルシィ。君はシューターとしての腕前もなかなかだと聞いている。その腕に自信はあるかい?」
「……当然じゃない」
事実、シューター(銃使い)として並以上の腕前を持っている。但し、公式戦デビューはしていない。それにまだ若干十六歳の女の子である。知名度もない。
ただ、小型銃に至っては、ジェクターが認めるほどの腕前であった。
ちなみにシューターとは小型銃、ビーム銃、スナイパーライフル、ロケットランチャー、バズーカなどを含む射撃武器を専門に扱う者の事である。
エルドラはチェルシィの自信を、若干見下したように続けた。
「グレイト! そうこなきゃ! それでだね、来月、最強のハイブリッドウォーカーを決める大会、グラン・ド・チャンピオンズロードがあるだろう?」
「…………」
「僕はそれに出場するんだ! ウィンするためにね! そこで、チェルシィ! 君も出場したまえ! 賭けとはその事さ!」
「えっ!」
チェルシィは驚いた。
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