第3話 日帰り温泉

「お~う、俺だ!明日だけどさ、温泉9時でいい集合は現地」

(早いよ、行くか行かないかの確認すっ飛ばしたあげく、朝9時温泉?)

「早いよ…」

「じゃあ10時」

「いいんだけど…何があるんだソコ?」

「メシは食えるよ、でもね年寄りしかいないよ…だから知り合いに会うということは無いんじゃないかな」

「どうでもいいよ、会っても会わなくても…」


 ………………

「あっ…通、俺、迷子になった……」

 どうやら曲がるべき道を大きく通り越してるらしい。

 とりあえず引き返して、通と合流。

「あっ通で、はい…初めて?いやいや3回目です。個室お願いします2階で…」

 ちらっと私の顔を見て、なんか考えてる…。

「1階の部屋をお願いします」

 なに?なにが?どっちでもいいよ。

 なんで、お前のことは解っているよ、と言わんばかりのしたり顔。


「それにしても、山だね~」

 木の高さが半端ない……見上げる限り視界は緑だ。

 空が狭いくらいの緑の世界。


 大自然の小さい温泉宿だ。


「大したものはないけど、メシも食えるから、1階の眺めも悪くねェな」

 常連ぶっているのだろうか…さっき初めてですか?とか聞かれてたが…3回目だとか言ってたし、来てたんだろうな。


「お茶でも飲め…これ食え」

 ポケットからお土産的なお菓子を出してきた。

「俺、ここで本を読むの好きなんだ」

 そう言いたそうな顔で鞄から本を取り出す。

 しおりの位置から推測するに、5~7ページほど読んだと思われる。


 本を開く様子もなく、お茶を飲んではトイレに行く。

 落ち着かない男だ。


「お昼どうなさいますか?」

 旅館のおばちゃんが聞きにきた。

「なにが美味い?」

 通に聞くと

「知らない」

(食ったことないんだな…)

「俺、定食にしようかな」

 通が言うので、

「親子丼」

 と頼むと、

「俺も」

(なぜ…合わせる?)


 まぁなんというか…これで800円?というレベルでした。

 鳥、居なくない?あっ居たんだ。

 みたいな感じ。


 通が本をペラペラとめくる…閉じる…またペラペラする。

 読めよ!

(いい機会かも知れない…)

 そう思い。

「あのさ…実は俺さ、ネットで小説書いてるの…」

「へぇ~そう…どんなの書いてるの?」

「どんなの…ノンフィクション」

「ノンフィクション…へぇ~そうなの…で、どんなの?」

「うん…食通ぶる男の珍語録というか…迷言というか」

「へぇ…どんな話」

「塩ラーメンの塩抜かれた話とか…」

「オホッホホ…ん?そんなことあったな昔」

「ん?うん…まぁだからお前の話…」

「俺の!ノンフィクションだろ」

「うん…実話」

「それフィクションじゃねぇじゃん!」

「お前バカ?だからノンフィクションでしょ」

「え?フィクションってそういうこと?マジ?逆に覚えてたわ」


「お前、覚えてる?塩ラーメンの塩の基抜かれたときなんて言ったか?」

「なんか言ったか?」

「俺のこと味バカ扱いしたよね、二度と来るか!って怒鳴ったあと、サービス券ひったくったこととか…」

「マジ?怒鳴ったかな~、そうかもしれないな~」

「ハンバーグの美味しい店って言ってチェーン店紹介したり」

「あ~、それ覚えてる!お前すげぇ不機嫌だった」

「鳥肉の店でとんかつ頼んで、バイトに絡んだり」

「絡んだ?俺?いや…そんなに怒ってねぇだろ…いやでもあの頃だからな~怒鳴ったかも」

「京都まで行って、いろは坂でゲロ吐いたり…」

「あ~窓開けて吐いたかも…なんとなく覚えてる」


 小説にしたエピソードをいくつか話すと、ゲラゲラ笑ってる。

「それ面白いよ…そりゃ読んでみたくなるわ~」

「お前の話だけど…な…」

「おう!そうだな…俺のことだな…いやあの頃から比べたら俺も進化したよ」

(進化…してるの…あの頃、お前ナニンデルタール人?)


 まぁ、本人の許可を取ったということで……。

「今日は久しぶりに会えてよかったよ」

「おう…俺もだ」

(色んな意味で…な)

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