十九幕:旅人に問う
暗い洞窟の中を、ミルドレッドは魔法で生み出した光を頼りに右往左往していた。魔法通信による案内があるとはいっても、狭く暗い洞窟の中を進むのはかなりの手間だった。
それでも、強い魔力の反応を辿って進み続け――ようやく開けた場所に辿り着く。
すると、
「――お。来ましたね」
ミルドレッドの来訪に気付いたクラフティが、振り返ると同時ににんまりと口の端を持ち上げながらそう言った。ミルドレッド「来るように指示を出していたのは貴方ではないですか」と唇を尖らせる。
その様子に、クラフティは満足げに笑った。
「――いいですね。なかなかからかい甲斐があります」
「そんな風に言われたのは初めてですね、私は」
「打てば響くこの感じ……ミルドレッドさん。貴女、逸材ですよ!」
「かつてこれおど褒められて嬉しくなかったことはないですよ、私!」
目を輝かせて称賛の言葉を発するクラフティに憤慨しながら、ミルドレッドは外套の内側から指示されていたものを差し出した。
「このような緊急事態でもなければ、これを渡すなんて有り得ないのですが……」
「ですが残念でしたねー。今はまさにのっぴきならない事態ですからね。諦めてください」
わざとらしく、クラフティは満面の笑みを浮かべた。というよりも、わざとらしく――ではなく、完全にわざとなのだが、最早突っ込む気にもなれず、ミルドレッドは項垂れる。むしろ突っ込んだら相手の思うつぼなのだと自分に言い聞かせながら、ミルドレッドはクラフティに手渡したものを――【ファーレスの魔剣】を盗み見ながら問うた。
「それで、持ってきたはいいのですけど……一体それを何に使うつもりなんですか?」
「一言で言うなら……
「アンカー……ですか」
「ええ。アンカーですよ。本来此処に設置されていた、封印の楔の代用品にします」
「そんなことが、可能なのですか?」
「――普通は無理です」
と、ミルドレッドの問いをクラフティは一蹴した。だが、その直後にクラフティは不敵に口の端を持ち上げて、「――ですが」と続ける。
「困ったことに、ボクにはできてしまうんですよね」
「それは何故?」
「そうですね――しいて言うなら、友人で、家族だから……ですからねぇ?」
「誰と誰が?」
「ボクとファーレスが、ですよ」
その言葉に、ミルドレッドは言葉を失った。この旅人は、いったい何を言っているのだろうと、半ば本気で訝しむ。
すると、そんなミルドレッドを見て、クラフティはにやりと笑う。『貴女の言いたいことはお見通しですよ』とでもいう風に。
ミルドレッドは言葉に迷った。ここに来るまでの間、聞きたいことは山ほどあった。そしてそれは、彼らを――ソル=ルーン・ファルラとこのクラフティという人物とかかわる時間が長くなるほど増していて、果たして何を最初に尋ねるべきなのか迷ってしまうほどに。
ミルドレッドはほんの少しの間黙考し、熟考し――そして、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「……質問があります」
「この非常事態にですかー?」
茶化すクラフティの言葉で僅かに渋面しながら、それでもミルドレッドは「ええ、そうです」と続けた。
「何故、ファーレスと親しいであろう人が、ファーレスを仇とする人と行動を共にしているのですか?」
詰問する形になってしまった気もするが、それが今、ミルドレッドの気になっていることだった。
魔剣の話を――否、その製造者であるファーレスの話をするたびに、表情を険しくした少年が、脳裏に浮かぶ。
自分と対峙したときに見せた、強者と相対した際に垣間見せた荒々しい気配。
クロード・ルジェと戦った折にも感じられた、焦燥にも似た力への渇望――その原因。
『ソルの父親の胸に剣を付きたてていた人物――それが魔剣鍛冶師ファーレスです』
クラフティから聞かされたその一言で、ミルドレッドは何処か納得した。
何故、そこまで無謀な行動に走るのか?
何故、そうまでして強さを求めるのか?
そんなの、簡単だ。
仇を討つためだ。
相手は生きた伝説の魔剣鍛冶師であり、魔剣の父であり、彼はかつて、己の故郷にて『蒼穹騎士』などと渾名され武名を轟かせた騎士である。
魔剣鍛冶師として各地を放浪し、歴史の表舞台に姿を現すたびに『救国の英雄』あるいは『傾国の悪魔』と称えられ、あるいは恐れられたほどの存在だ。
そんな人物を相手に敵討ちをしようというならば――ある意味、彼のあの力への求心は納得がいく。
そして、だからこそ疑問なのだ。
ファーレスを知己とする人物が、どうしてファーレスに父を殺されたという少年と行動を共にしているのか?
その思惑は何か。
その目的は何か。
いや、そもそもに――
「魔剣蒐集家であるアナタは、一体何者なのですか? クラフティ・アッシュ」
それだ。
目の前に超然と佇む小柄な人物をミルドレッドは見る。
中性的な顔立ちをした、桜色の髪の、気だるげな雰囲気を纏う旅人。
大陸でも名の知れた、ファーレス専門の魔剣蒐集家。
そしてファーレスのことを多く知る者であり――ファーレスを仇とする少年を道連れにする人物。
しかし、その噂は耳にすれど――その正体は不明。
されども、あらゆる情報を漁っても――戸籍はおろか、出身地すら判らない。
かろうじて入手したクラフティ・アッシュという名を尋ねても、ギルドは知らぬ存ぜぬの一点張りなのである。
まるでその存在が隠匿されているかのような。
あるいは――そもそもそんな人物は実在しないかのような。
まるで虚像を探すような手がかりのなさに、実は本当に噂話だけの存在なのではないかと思っていた。
ミルドレッドだってそうだ。話には聞いていたが、実在するとは思っていなかった――こうして遭遇する日まで。
だからこそ、この機を逃すわけにはいかない。
世界中の誰もが欲してやまない【ファーレスの魔剣】。その蒐集家にして、おそらく本人を除けば、誰よりも魔剣を知る者が、今目の前にいるのだ。
だから、ミルドレッドは問う。
何故、ファーレスを知っているのか。
何故、ファーレスを仇とする少年を供にするのか。
どうやって、今この地を襲っている災厄を収めるつもりなのか。
そして――アナタは何者なのか?
「どうか……叶うならば答えてください。クラフティ・アッシュ。自らを旅人と名乗る魔剣蒐集家。アナタの目的は、なんなのですか?」
強く語りかけるミルドレッドの問いに、しかしクラフティは答えなかった。変わりに、クラフティは「ん~」と軽く背伸びをして、言う。
「――さて、下準備は出来ましたし。とっとと地上の莫迦騒ぎを収めるとしますかぁ」
ひょいと、手にした【ファーレスの魔剣】を頭上に掲げる。返答の一切をもらえないということを理解し、ミルドレッドは落胆に溜め息をつきそうになる。
だが、それを遮ったのは、彼女を落胆させた張本人で。
「――さて、ボクの目的はなんですか――でしたっけ?」
その言葉に、ミルドレッドはうなだれそうになった頭を思い切り持ち上げてクラフティを見た。
クラフティは、そんなミルドレッドの反応を見て、「いい反応ですね」と、やはり楽しそうに笑う。
顔を真っ赤にするミルドレッドに、クラフティは言い放った。
「――柄にもないことをしているだけですよ」
「それは……一体?」
自然と、疑問を口にする。
対して、クラフティは何処かむず痒そうに眉を潜め、口元を歪め、「んー」と唸りながら、こう言った。
「まあ、あれです。世界を守っている……って感じですかね」
◇◇◇
軽い足取りで。
――本当に軽い足取りで、ソルは半壊した建物の屋根に着地した。赤黒い魔力を全身から迸らせながら、彼は眼前に聳える異形を見上げる。
「――久しぶりだな」
異形の怪物――〈神ノ影〉を見上げて、藍髪の少年は剣呑に言葉を発した。ぎちり……と、奇形の魔剣を握る手に力がこもる。
それは仇敵である。
それは怨敵である。
沸々と、ソルの内側でマグマのように煮えたぎる敵意と憎悪。そしてその衝動に応えるように、ソルの手にする赤刃の異形剣から、赤黒い稲妻が迸った。
「あの日からどれだけ経ったか……お前たちは知らないだろう。知ろうともしないだろう。どうせ自分たちが誰を殺し、誰を食らい、何を奪ったかなんて興味もないんだろう。だけど――」
言葉が途切れ、顔がうつむき、肩が震えた。
そう。怒りと、憎しみ、悔恨の念が、ソルの身体を震わせる。
そう。敵意が、殺意が、憎悪の念が、ソルの身体を震わせる。
自分の震える手を見下ろして――ソルは「ああ……」と零し、
嗤っていた。ソルがその事実に気づくのに、ほんのわずかの間があった。だが、気づいてなお、ソルは自然と零れる笑みを――不遜極まる哄笑を潜めることなく、むしろより笑みを深めて〈神ノ影〉を見上げる。
「――二度と同じことができると思うなよ、化け物ども」
バチッ、と。異形剣から稲光が噴き出し、赤黒い稲妻を纏う剣を、ソルは両手で確と構える。
「――〈
声を張り、異形の魔剣を携えた少年が、天を衝くほどの怪物目掛け、跳躍した。
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