十幕:月夜のダンス・マカブル



 少女の指先に灯った霊子反応の光が弾けた。指先に描かれた術式陣から、ソルに向かって無数の光弾が放たれる。

 少女の魔法が起動すると同時に、ソルもまた対応に動いた。

 全身に霊子を満たし、即座に身体強化を施す。時間は瞬きの半分の、更に半分程度の時間――文字通り、瞬時に身体に巡る霊子を感じ取りながら、ソルは大剣を横一文字に振り抜いた。

 剛剣が纏う剣圧が、迫る魔力の弾丸を受け止める。衝撃が連続する。その数、七回。びしびしと剣を通じて腕に伝わる衝撃が、少女の魔法技能を痛烈に物語る。


「――まだまだ行きますよ」


 静かに。だが冷徹な宣告と共に、少女の掌には新たな霊子反応の輝きが掲げられている。ぱちり……ぱちり……と、空気が弾ける音と共に、徐々に鮮明となる稲光――雷属性ジン=アークの魔法が顕在化する。

(――攻撃特化の雷属性って、本気か!?)


 ――雷属性魔法ジン=アーク・スペル

 地水火風フォース・エレメントの基本属性の上位に位置する属性の一つ。天に鳴り響く雷に由来する如く、速度と破壊力を兼ね揃えた魔法である。その分霊子制御も難しく、操るには高い魔法技能を必要とするのだが――目の前の少女はそれを易々と操っている。自分とそう大差ない年嵩で、巡回騎士に名を連ねるだけのことはある。のだが――

 脅しのためパフォーマンスか、それとも本当に放つ気か、その真意が判らない。もし本気で放つつもりでいるのなら、正直な話――正気を疑う。

 雷属性の魔法は、速度・威力共に脅威であるが、それ以上に恐ろしいのは通電性――物理防御を無視する貫通力である。分厚い防具も鎧も関係なしにダメージが直接肉体に通るため、対魔法防御の施された道具を持たないものにとっては最悪手である。

 そして当然のことながら――ソルは対魔法防御に対応した道具は何も持っていないのである。

 どうか脅しでありますように――なんて見当違いなお祈りをするのだが、勿論そんな都合のいい展開はやってくるはずもなく、視界を埋め尽くすほどの雷光がソルへと放たれる。


「――くそったれっ!」


 悪態を吐きながら、ソルは全力で後方へと跳ぶ。

 少女の手から解放された魔法が、稲光の尾を引きながら縦横無尽にソルを追う。

 放たれた魔法は、ただの稲妻ではない。

 圧縮された雷光が刃の形となって無数に飛来し大地を穿つ様を見て、ソルは少女の放った魔法が『雷刃』であることを悟る。

 斬撃と雷撃――その両方の性質を併せ持った攻撃特化魔法だ。

(――滅茶苦茶る気じゃないか!?)

 襲い来る稲妻の刃を全力で回避しながら、ソルは心の中で絶叫する。〝身柄を拘束する〟なんて豪語していたのは一体全体何処の誰だったか? 思わずそんな文句が口に出そうになるが、そういえばついさっきこの少女は実力行使も辞さないようなことも言っていたような気がする。

(つまりあれか? 腕の一本や二本くらいはなくても良いってやつか?)

 だとすればなんて恐ろしい発想だろうか。もしかしたらクラフティの不遜な物言いが、ソルの想像よりもずっとこの少女の自尊心プライドを傷つけてしまったのではないだろうか? だとすれば全て師匠が諸悪の根源だな――などと、ほんのついさっきまで好戦的な科白を口にしていた自分のことを棚に上げつつ、ソルは悠々とこの場を歩き去った氏の背中に呪詛を放った。

 その間も、少女の放った『雷刃』の追撃は続いていた。

 追撃、追撃、追撃――文字通り雷雨となって襲い掛かる雷光を、ソルは集中力の限りで攻撃軌道を予測・視認し、最小の動作で最大限の回避に徹していた。

 トールソンと刃を交えた時のような、紙一重の回避ではない。

 雷撃という性質上、紙一重での回避は着弾の余波を受けかねなかった。しかも『雷刃』となれば、地面に着弾すると同時に周囲への放電の可能性もあり――となれば、必然的に回避動作も大きくなる必要があった。

 結果。すべての『雷刃』を回避し終えた時、ソルと少女との彼我の距離はかなり開いた。そして不敵に微笑む少女の表情かおを見たとき、漸くソルは自分の見解違いに気付く。

(――距離を開かされてたか……)

『雷刃』は囮だった。勿論、手加減をした――とは思わない。少なくとも先の『雷刃』にこめられていた魔力も殺気も本気のものだ。ただし本命は別に用意していた、というだけのこと。

 少女の目的に気付き、ソルは表情を険しくする。それと同時に、辺りの様子を伺った。これほど激しい戦闘音が鳴り渡っているのに、人影すら見当たらない状況――人避けの『結界』が、いつの間にか展開されていた。


「――大した魔法使ソーサラーだよ」


 感嘆の声を零して、ソルは苦い表情と共にゆっくりと立ち上がる。対して少女は微笑を浮かべ、声を高く上げた。


「どうです? 今のうちに投降することをお勧めしますよ。今ならまだ怪我をしないで済みます」

「ご忠告どーも。ありがたい申し出だけど、遠慮しておくよ」

「それは残念です」


 言葉の通り、少女は残念そうに嘆息する。しかしその言葉とは裏腹に、少女は楽しそうに笑みを深めた。「悪い顔してるねぇ、騎士様」と適当な科白を零しつつ、ソルは大剣を構えた。そして霊子を束ねて魔力を剣へと込めると、一息にその剣を振り抜き――


 ――『剣撃』が飛ぶ。


 それは斬撃をそのまま撃ち出す魔法だ。ソルが最も得意とする、剣士としての基本的な攻撃魔法の一つ。

 更に二度、三度――立て続けに三連続の『斬撃』を少女目掛けて躊躇なく打ち込む。霊子反応の光と共に少女へと一直線に突き進む『斬撃』を前に、しかし少女は怯むことも焦ることもなく、それどころか回避行動を取ることもなく――迫る『斬撃』に向けて右腕を払った。


 ――途端、少女へと迫る『斬撃』が、五つに切り裂かれる!


 強力な魔力干渉。形を保てなくなった『斬撃』が立て続けに霧散していくのを確認しながら、ソルは更に剣を振るった。縦に切り下ろし、左切り上げて袈裟に払う。

 剣閃の軌跡に沿って再び撃ち出される『斬撃』――その後を追うように、ソルは地を蹴って疾駆した。

 少女が腕を掲げる。その指先が微かに輝くと、ソルの放った『斬撃』が再び切り裂かれて霧散していく。

 何が起きている?

 ソルは目を凝らす。霊視に集中しながら再三の『斬撃』――今度はより込める霊子を高め、より強く。より大きく剣を振り下ろした。大振りによる三日月状の『斬撃』が、大気を切り裂き少女へと迫る。


「――莫迦の一つ覚えですか」


 吐き捨てるように少女が言い、両腕を薙ぎ払った。双手十指が輝くと、『斬撃』の先端に火花が散る。何かが『斬撃』に激突している。ソルはその一点に注視し――そして、それを見た。

 それは細い糸だった。

 魔力が込められた――いや、違う。魔力で創り上げられた極細の糸が、ソルの『斬撃』を受け止めていたのだ。

 そしてその糸の正体が何であるかを悟った瞬間、ソルは背筋が凍るような感覚を覚えた。

(――魔力を使った武器創造マテリアライズ……っ!? この巡回騎士、何者だ?)

 ソルは少女の技量に驚嘆し、息を呑む。

 魔法による武器創造。魔力を任意の武器の形に保ち、それを維持し続ける――言葉にすれば非常に簡単だが、それが魔法使にとっての奥義と呼ばれる超絶技巧の一つとされていた。

 師、曰く――


 ――『霊子』は種。『魔力』は素材。

 『素材』から『魔力』を作り出し――そこに人間が『呪文』を『詠唱』するという調理作業を行うことで、『魔法』という料理が完成するんですよ。

 そして魔法が発動する――望む現象を引き起こす。これが完成した料理を食べ終えるってことですね。

 できた料理を食べなかったら腐るように、使わなかった魔法は形を維持できず解除されます。

 そして魔法は発動させるのは簡単――ですけど、発動させ続ける、、、、、、、のは非常に困難なんです。

 だから魔力による武器創造は非常に難しい技術なんですよ。常に魔力で自分の想像イメージする武器の形を保ち続けるように魔力を流し続け、同時に戦闘をこなすなんて、よほどの才能センスがなければできるものじゃあないです。

 例えるなら、一日中目を離さず、眠りもせず、食事も排泄にもいかずに、一定の速度で鍋をかき回し続け――空いている片手で別の料理を作る、みたいな。

 ボクはこれで結構長生きしている身ですが、これができた魔法使は、片手で数えるくらいしか知りませんねぇ。


 と呑気に語っていたクラフティの姿が脳裏に過ぎる。

 何故例えが料理なのかと思わなくもないが、どうやらそれは知人の受け売りらしく、同時になんとなくだがわかりやすい説明でもあったので覚えていたのだが……。

 まさかこんな形でそんな秘技を目にできるとは思ってもいなかった、ソルは感心しながら少女を見据え、言った。


「……驚いたよ。まさか武器化を使える魔法使が本当に存在するなんてね……」


 そう零すと、今度は少女のほうが目を丸くした。


「こっちこそ、驚きました。まさか私の『操糸サイプレス』を初見で見破る人がいるなんて――【ファーレスの魔剣】を集めているだけのことはある、ということでしょうか?」

「別にそれは関係ないと思うけどね……」


 苦笑で応じながら、ソルはどうするべきか考える。

 正直、相性が悪いことこの上ない。

 目の前の少女の技量はある程度判った。そしてその結果、自分の分がかなり悪い――ということも理解できた。

 一概に魔法使は近接戦闘に弱い、などという俗説があるが、それは大きな間違いである。腕の立つ魔法使であれば、そもそも相手に接近される前に、高威力の魔法の一撃で沈黙させることなど容易いことないし、そもそも魔法使が近距離戦闘ができない、という考え自体が可笑しいのである。近接魔法という接近戦用の魔法はいくつも存在するし、ある程度の格闘技術を収めている魔法使は幾らでもといる。

 ましてや身体強化という今では当たり前の強化魔法もあるのだ。屈強な騎士に守られて、その背後に構えて魔法を唱える――そんな魔法使は物語の中だけの存在だ。

 対するソルはただの剣士である。身体強化も使えるし、ある程度の攻撃魔法も使えるが、その多くが剣による戦闘を重視した魔法である以上、純粋な魔法使相手に魔法合戦は不利であり、更に言えば対魔法障壁アンチ・マジックシールドは得意じゃなかった。

 尤も、目の前の少女は武器化まで扱える高度な魔法技能を持つ魔法使。たとえ対魔法障壁を扱えたとしても、簡単に打ち破られる気がした。

 ……つまり、同等以上の相手と戦う場合、長期戦になればなるほど自分が不利になるのだ。

 戦闘開始と同時に最短最速による接近戦――それが適わなかった場合、対魔法使先頭におけるソルの勝率は、著しく低下するのである。

 勿論、奥の手はある。それを使えば、たとえ師であるクラフティにだって渡り合える自信はあるのだが――

(あれはこんなところで使うものじゃない……)

 そう自戒する。

 ならば、どうすればこの状況を切り抜けられるか――脳を最大限に使って対抗策を考えるのだが、勝ちの目は殆ど見いだせなかった。

 だが、勝率は限りなく低いものの――あの少女を退けるくらいの方法は思いついていた。

 ソルは滲む汗を軽く拭い、両手で剣を構え直す。すると、少女は呆れたように眉を顰めて言った。


「……呆れましたね。私が武器化を行えるということを知ってなお、負けを認めないつもりですか?」

「言いたいことは判ってるさ。実力の差が判らないほど未熟じゃあない」

「なら――」


 大人しく捕まるべき――そう言おうとした少女の科白を遮るように、ソルは腹の底から声を上げた。


「――だけど、だからって黙って敗北を認めるかってなると、話は別さ。僕には僕の維持がある。負けると判っていても挑まずにはいられない――剣士の性ってやつさ」


 にやりと、ソルは挑発するように笑う。少女はそんなソルのことをしばらく睨みつけた後、盛大に溜め息を吐きながら両手を構える。


「――何を言っても聞く気がないようですね……なら、もう何も言いません。惨めな思いをしたいというのなら、どうぞご勝手に」


 言葉と同時に、少女の周囲がまばゆい輝きに包まれていく。凄まじい霊子反応。彼女が生み出す魔力がその両手の先――双手十指に展開されている『操糸』へと込められていくのが判る。

 一撃で終わらせるつもりだ。

 ソルもそれが判った。

 だけど、臆することはなかった。ぞくぞくと駆け上がってくる悪寒にも似た気配に、自然と浮かべる笑みが深くなる。


 ――こういうのだ。

 

 強く、自分の中で声を発する。

 こういう奴に、こういう才能と能力チカラに溢れた奴に勝てなければならないんだ。

 脳裏に過ぎる光景。

 かつての故郷。動かない住民。奇妙な怪物――そして銀髪の男の姿。

(――あの男に……奴に届くには!)

 勝てなければいけない。越えられなければならない。そうでなければ、到底なしえない――ならば。


「――悪いけど、倒させてもらう!」


 霊子を束ねて、魔力を込める。込める――込め続ける!

 少女の表情が僅かに険しくなった。ソルが何をしているのかを感じ取ったのだろう。

 少女は鋭い眼差しでソルを見据え、


「――多少の怪我は、覚悟してください!」


 叫びながら、両腕をソル目掛けて振り下ろす。

 同時にソルは大剣を天高く掲げ、強く前へと踏み込んだ。

 目の前には、少女の操る『操糸』から繰り出される魔法が、濁流の如く迫ってくるのが見えた。

 その迫る少女の魔法目掛け、ソルは同じく魔力を込めた大剣を振り下ろし――



 転瞬、二つの魔法が衝突し――凄まじい爆発が、轟音と共にその場に広がった。



      ◇◇◇


 二つの魔法が衝突した瞬間、ミルドレッドは咄嗟に周囲へ魔法障壁を展開させた。結界で周辺の住民の認識を誤魔化しているが、周辺への魔法による被害が及んではいけない――そう判断してのことだった。

 実際、その判断は正しかった。

ミルドレッドの放った『操糸』専用の魔法――『糸波』と、少年の放った魔法がぶつかった途端、まるで大規模の火属性魔法ジン=ブレイズ・スペルを放ったかのような爆発が起きたのだ。

 魔法同士の相互干渉によるものなのかは判らないけど、もしあのまま何の対処もしないでいたら、周囲の建物が崩落していても可笑しくない規模の衝撃だった。

(や、やりすぎた……っ!?)

 次の瞬間に思ったのは、そんなこと。

 ここまでやるつもりはなかったのだ。だけど、何故だろう。どうしてかあの少年の不遜な態度を前にすると、要らぬ力が入ってしまって――気づけば対魔獣用の殲滅魔法まで使ってしまっていた。

 最初は単に説得するつもりだったのだ。少しばかり実力の差を見せつければ、きっとおとなしく言うことを聞いてくれると、そうミルドレッドは考えていた。

 しかし蓋を開けてみればどうだろう。あの少年は、何故か嬉々として挑んでくるのだ。まるで実力の差なんて知ったことじゃないという風に。

(なんであんなに挑戦的なんですか! もう少しこう……戦士なら引き際を心得るものでしょう! 莫迦なんですか? 莫迦なんじゃないですか、あの人!)

 最初は困惑した。

 次に苛立ちを覚えた。

 そしてついには躍起になってしまって――気づけばこの有様。

 魔法同士の衝突で生じた衝撃で巻き上がった粉塵が視界一杯を埋め尽くし、少年がどうなったのか確認ができなかった。

 もし、殺してしまっていたら――そんな考えが脳裏をよぎり、ミルドレッドは顔面蒼白になる。


「――うう……危険に晒される人々を助けるはずの巡回騎士が……協力要請を拒んだからといって殺してしまったなどと知られたら……」

「――いや、勝手に殺さないでよ」


 俯きながらぼそりと口にした独り言に、返事が返ってきた。「え?」と、ミルドレッドは間抜けな声を上げて顔を上げる。

 すると、粉塵を突き破って姿を現したのは、あの少年だった。体のあちこちに大小様々な傷を負って血を滲ませているが、健在だった。

 それどころか彼は剣を構えて凄まじい速度で此方に迫って来ていた。ミルドレッドは驚愕に目を見開き、言葉を失って呆けたように口を開けたまま、その姿を眺めていた。

 だが、少年の存在を認識すると同時に我に返る。彼我の距離は気づけば数歩の距離に迫っていた。

 ミルドレッドは、ようやく少年の狙いに気づく。


「――まさか、最初から私に近づくために!?」

「ご名答! そらっ!」


 驚きの声を上げるミルドレッドに向け、少年は不敵に答えながら剣を振り下ろした。魔力が込められた一刀が、ミルドレッドへと迫る。

 だが、ミルドレッドも既に対処に動いていた。何万回、何十万回と繰り返し、詠唱は精神に刻み込まれている。

 霊子集束――魔力を練り上げ、『魔法』を顕現させた。

 指先から顕現する『操糸』が渦を巻くようにミルドレッドの周囲に展開され――振り下ろされた少年の剣を寸前のところで受け止める!

 途端、余裕ぶっていた少年の表情が驚きに染まる。

 

「無詠唱とか……この距離で防がれるのかよ」

「魔法使が近距離戦闘が苦手――なんて、まさか思ってはいませんよね!」

「勿論!」


 ミルドレッドの科白に、少年が受け止められた糸ごと剣を振り抜く。流石に膂力負けし、ミルドレッドは僅かに後ろに跳んで躱す。

 少年が更に踏み込んできた。下段から振り上げられる剣を、ミルドレッドは糸で受け止めようとした――その時だった。

 すさまじい力で、糸が後ろに引っ張られる。「へ?」とミルドレッドは自分でも間抜けだと思うような声を上げるも、抵抗すらできずに、糸の引く力のまま大きく後ろへと引き倒されてしまう。

 完全に無防備になってしまった自分の姿。少年にとっては好機――追撃が来る。そう思って視線を少年に向けると――何処からともなく現れたあの旅人の足によって、振り上げようとした剣を抑えつけられてる少年の姿だった。

(え? え? 何? どうなっているんですか、これ?)

 わけが判らずミルドレッドは困惑する。


「ちょっ、師匠マスター!? なにしてるんですか!?」


 どうやら状況が理解できていないのは自分だけではなく、少年もまた同じだったようだ。

 自分の剣を足蹴にする旅人――師匠とやらを睨みつけながら声を荒げる少年に向けて、旅人は「うっさい黙れ」と少年の頭に思い切り拳を振り下ろした。


「足留めしろとは言いましたけど、本気ガチで殺し合えなんて誰が言ったし」

「別に殺し合ってなんか……」

「黙れぃ」


 少年が言い返そうとするよりも早く、旅人は気のない科白と共に少年の顎を蹴り上げる。少年は短い悲鳴を上げながら仰向けに倒れた。そんな少年を見下ろしながら「まったく。女性の扱いがなってないですよ、莫迦弟子め」と零しつつ、その視線が少年からミルドレッドへと移る。


「――さて、そこの巡回騎士さん。一ついいですか?」

「な……なんでしょう? 魔剣を渡してくれるのでしょうか?」

「それはないです」


 旅人はミルドレッドの言葉を一蹴し、代わりにじっとミルドレッドを凝視して――数秒の沈黙の後、こう言ったのだ。



「この街にある【ファーレスの魔剣】でしたら、その所在を教えてもいいですよ?」


 



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