十一幕:求める者たち


 大陸各地の主要都市や規模の大きい街には、『連なる法の剣騎士団』が寝泊りをするための施設が存在し、そこには駐屯任務に当たる騎士が数名から十数名常に在籍している。このフロンティアは地方にしては街の木暮も大きく――そのため、ミルドレッドと共にこの街にやって来た巡回騎士たちを除くと、総勢十名の騎士が在中していた。


「――失礼する。我々は第一〇七巡回騎士隊だ。この街で【ファーレスの魔剣】を所有するらしき二人組を発見。彼らの身柄を拘束するため、援軍の要請に――」


 在中騎士に応援を頼むべくやって来た巡回騎士たちが、息を切らしながらその扉を開けながらそう説明を口にする。

 しかし――目の前に広がっている光景を目にした彼らは、その先の言葉を失くしてしまった。

 連合国議会から支給されている『連なる法の剣騎士団』の駐屯施設に入った騎士たちが目にしたのは、部屋の全体が――天井から壁、床に至るまでが真っ赤に、そう。噴き出したのであろう鮮血で染め上げられた状態の室内であり、そして部屋のあちこちで絶命している仲間たちの姿と――そして部屋の中心にある長テーブルの上でつまらなそうに天井を仰ぎ見る、不審な男の姿だった。


「――ん?」


 凄惨な有様に言葉を失っている巡回騎士たちの来訪に気付いたらしき男が、酷くゆったりとした動作で此方を振り返る。灰色の髪に褐色の肌――赤みがかった男の鋭い眼光が、扉を開いた先頭の巡回騎士を射抜く。

 ――にたり。

 と、男が笑う。

 言葉にならない怖気が騎士を襲った。ほとんど反射的に剣の柄へと手を延ばし、いつでも抜ける体制を取る。

 それを見て、男は一層笑みを深めながら言った。


「……いいね。いや、悪くないってやつだ。危機感からの臨戦態勢――移るまでの動作に躊躇いがない。そこそこ腕が立つ、って感じか?」


 とんっ、と男がテーブルから床へと降り立って、ゆっくりと此方に歩み寄ってくる。

 一歩。一歩。男が歩み寄ってくるほどに、何か言葉にし難いおぞましさが足元から這い上がってくるような感覚が、巡回騎士を襲っていた。

 ――この男は、危険すぎる!

 そう判断すると同時に、騎士は剣を引き抜いて、一足飛びに男へと斬りかかった。抜剣と同時に全身に霊子を纏わせて身体強化の施し、切りかかると同時に魔法を発動させる。『烈震』と呼ばれる、剣撃と同時に強い衝撃を相手に叩き込む、近距離戦闘用魔法の一つである。

 褐色の男が、迫る剣を見据える。悪くない――そう囁きながら、その腕が閃く。途端に、男の視界に疾る白銀の軌跡。

 斬撃。斬撃。斬撃――立て続けに繰り出される無数の刃が、騎士を襲った。

 疾いっ!

 此方が一太刀振るうまでに、十を超える刃が襲い掛かる様に言葉を失う。振り下ろそうとした剣を引き、防御しようと試みた――しかし攻守の立ち代わる隙を突いて、滑り込むような刺突が飛び込んできたのは、次の瞬間だった。


「――まずひとぉぉり……」


 喉元に突き刺した短剣を抉るように捻りながら、男は嬉々とした表情で騎士の喉を掻き切る。

 切り裂かれた喉元から鮮血を噴き出す。それでも最後の抵抗とでも言うように男の服に手を掛けて――騎士はそのままずるずる床に倒れて動かなくなった。男はそんな貴士の死体を足蹴に踏み越えて、先頭に立っていた騎士の背後で呆然としている残りの巡回騎士たちを見据えて、言った。


「――さて、さっきこの男が言ってた話、詳しく聞かせてもらっていいかなぁ。なあ? 騎士様」

 


      ◇◇◇


 結界が解かれたことで人の往来が再び戻っていた通りを、まるで〝自分たちは何もしていませんよ?〟とでも言う風にしたたかに歩く三人組。

 そのうちの一人であるクラフティが、呆れ果てたような眼差しでソルを横目に見た。


「はぁ……まったく、貴方は本当に阿呆ですねぇ、ソル。この莫迦弟子。後先考えない猪突猛進頭」

「くぅ……言い返せない」

「当然でしょう。言い返そうものならボクが直々に全治一ヶ月程度の怪我を負わせてやるところです」

師匠マスターがいうと割と洒落にならないんですが……」

「そりゃ本気ですから。女性の扱いがなっていない莫迦弟子には、それくらいの灸が必要だと思いますねぇ」


 断言するクラフティの言葉に、ソルは本気で勘弁してくれと思った。そもそも足留めをするように言ったのはクラフティなのである。なのに何故戻ってくるなり女性の扱い云々に話が摩り替わっているのか……。そして――


「……」


 何故、この巡回騎士の少女と行動を共にする羽目になっているのか。ソルは状況の変わり様に理解が追いつかず、頭痛がするような気がして頭を抑えた。

 その間も、背後の少女はじぃぃぃ……っと此方の背中を睨んできている始末。まったくもって理解力を越えたこの状況に、ソルは隣を歩くクラフティに疑問を投げた。


「師匠……後ろの騎士様、さっきから凄く睨んでくるんですけど」

「そりゃそうでしょう。彼女にとってはボクたちは喉から手が出るほどの物を所有しているわけですから」

「いや、そうじゃなくて――」

「なんでこの娘と一緒にいるのか、と?」

「当然の疑問でしょうに」

「【ファーレスの魔剣】の在り処に案内するって話は、さっきしたでしょうが」

「初耳ですけど!?」


 そんな気軽に教えて良いことじゃないだろう! と、ソルは全力でクラフティの所業に突っ込みを入れる。

 対するクラフティはというと、〝何を言っているんだこいつは?〟的な眼差しでこっちを見上げていた。むしろその視線はそっくりそのままお返しすると言わんばかりに見下ろせば――


「ああ、さっきソルを蹴っ飛ばした時にしてた話でしたね。いっけねぇ忘れてたぜぇ」

「全然悪びれてないですよね?」

「悪いと思ってませんからねぇ」


 ソルが追求すると、クラフティは本当に悪びれた様子もなくそう答えてきたので、ソルはもう何も言う気が起きず、溜め息をついて頭上を仰ぎ、祈った。

(どうかこの莫迦師匠に罰が下りますように。食べすぎで腹痛とかになりますように)

 と、ささやかに呪った。

 すると、「無礼な弟子の気配がします」と言って、クラフティは容赦なくソルの尻に蹴りを叩き込む。「心を読むな!」と抗議したが、すぐに自分の失敗に気付く。

 クラフティが、悪人の如き凶悪な笑みを浮かべながら、淡々とした口調で問う。


「おいこらクソ弟子ぃ。今何を心の中で思ったか白状しなさい。今なら〈踊り踊らされるもの〉での犬の散歩ウォーク・ザ・ドッグの刑で赦してあげますよ」

「絶対言わない! っていうか、それまったく、これっぽちも僕のこと許す気ねぇじゃん!」


 クラフティの物騒な科白に、ソルは抗議するように声を荒げる。

 ちなみに犬の散歩の刑とは、クラフティの持つ【ファーレスの魔剣】、〈踊り踊らされるもの〉の二重円盤アクセル部分を巨大化させてから回転させ、一定時間下敷きにされることを言う。


「ほう……言えないようなことを考えてやがったか。いいでしょう。ならば後で大車輪アラウンド・ザ・ワールドの刑に処す」

「あんた……それで昔僕が死に掛けたの忘れてないだろうな」


 この世の終わりでも言うように顔を青ざめるソルに対し、クラフティは「はっ、忘れましたね」と吐き捨てた。

 無論、そんなクラフティに対して、ソルは抗議の声を上げた。

 そのやりとりは、クラフティの言う【ファーレスの魔剣】が存在する場所に辿り着くまで続き――その間、巡回騎士の少女は自分達を逃がすまいとでも言う風に延々とにらみ続けていたのだった。




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