十二幕:魔剣の定義


「さて、着きましたよ」


 と言って、クラフティが立ち止まる。

 ソルたちはそれに習って足を止めた。二人は怪訝そうにクラフティを――そしてクラフティが示した建物を交互に見据えて、そしてソルが挙手をしながら言った。


「あー……師匠マスター。一つ質問」

「はい。なんですか、莫迦弟子」

「いちいち莫迦弟子言うな――じゃなくて、ホントに此処なんですか?」

「勿論ですよ。何故疑うし」


 訝るソルに対し、クラフティは不満気に彼を睨む。しかしその隣に立つ少女もまた、疑わしげにクラフティを見ながら言った。


「いえ……言わせて頂きますが、私も彼に同意見です」

「む。お嬢さんレディ、貴女までボクの慧眼を疑うんですか?」

「私はお嬢さんなんかじゃありません。ミルドレッド・アネモネ。巡回騎士です」

「あ、そういう名前だったんだ」

「なんやかんやと名前を聞きそびれていましたからねぇ。なかなか奇麗な名前ですね、ミルドレッドさん」


 胸を張って名乗る少女――ミルドレッドに、ソルは今更ながら少女の名前を知らなかった事に気付き、そう漏らした。言われてみて、ミルドレッドもまた、自分が自己紹介をしていなかった事に気付き、顔を赤くしながらそっぽを向いた。礼節に欠いた自分の行いを恥じた。たとえ現在進行形で敵対関係にある相手であっても、礼を欠くのはミルドレッドにしてみれば、騎士としての恥なのである。


「まあ、成り行きとはいえ自己紹介を忘れていたのはボクたちも同じですしね。そう恥じることはないですよ、ミルドレッドさん」


 にこりと、クラフティはミルドレッドに笑ってみせた。その後ろで、ソルがぼそりとつぶやく。


「……まあ原因の八割以上は師匠にありますからねぇ――って蹴るな!」

「口が悪い弟子がいるので、つい」


 ソルの指摘に対し、クラフティは容赦ない蹴りを彼の腰に入れながら、改めてミルドレッドを振り返ると、被っていたキャスケット帽を手にとって、恭しげにこうべを垂れた。


「ボクはクラフティ。クラフティ・アッシュです。なんでか巷では魔剣狩りとか蒐集家などと呼ばれていますが、ボクとしてはこう名乗っています――美食家グルメと」


 と名乗るクラフティに対し、蹴られた腰を摩っていたソルが小声で「――大食い選手フードファイターの間違いでしょ」などと言うものだから、彼の頭に鮮やかな踵落としを決めつつ、呆れた様子で言った。


「そして、さっきから失言しかしていないこの間抜けが、不肖ボクの弟子、ソルです」

「なんて雑な自己紹介……えーと、ソル・ルーン=ファルラだ。宜しく」


 クラフティの紹介に不満を漏らすものの、痛みで立ち上がれないソルはそれ以上何も言わず、地面に蹲ったままただただクラフティをにらみ上げていた。

 同対処すればいいのか判らず困惑するミルドレッドは、それでもどうにか当初の目的を思い出し、改めてクラフティが示した場所を――目の前の建物を見上げて言った。


「あの……お言葉ですが、クラフティさん。本当に、此処なんですか?」

「ええ、此処です。さっき確認もしましたから、間違いないです」


 クラフティは自信満々に言った。しかもその目で確認すらしたと言う。ならば、疑う余地もないのだが……でも、やはり。


「――だって師匠。此処って製糸工場、ですよね?」


 ようやく立ち上がったソルが言う。

 そうなのだと、ミルドレッドも同意する。

 クラフティに案内されてやって来た場所――それはこの街の一角にある製糸工場なのである。

 何故、こんな場所に【ファーレスの魔剣】が保管されているというのか? ミルドレッドにはそれが判らず困惑せざるを得なかった。

 ちらりと視線を横に向ければ、ソルと呼ばれた少年もまた、険しい表情をしていた。だが、底には自分のような困惑の気配はなかった。代わりにあるのは――呆れと諦観、のようなもの。

 ミルドレッドは視線だけで訊ねた。何か知っているのか? そういう意図を込めて。すると、少年は肩を竦め、もう何度目とも判らない溜め息をついて答えた。


「――多分、見れば判るよ。ファーレスやつはかなり……うん。君が思っているよりも何十倍も、何を考えているのかが判らない奴だ」


 ソルの語る言葉の意図が汲み取れず、ミルドレッドは「なんですか、それ?」と首を傾げた。

 対して、ソルとクラフティは顔を見合わせて、どちらともなく背後の製糸工場を指さしながら言うのだ。


「「――見たほうが早い」ですよ」


 と。


      ◇◇◇


 ソルたちは人気の失せた製糸工場の中を歩いていた。どうやって入ったかなど、それは愚問である。

 そんなものは「騎士の私が許可もなく個人が所有する施設に忍び込むなんて……うう」と後ろで悔しがっている彼女を見れば一目瞭然。そう、不法侵入である。

 クラフティが所有する【ファーレスの魔剣】〈踊り踊らされるもの〉の装技アーツ無限円環ループ・ザ・ループもそのうちの一つ。ヨーヨーで描いた円陣サークルで、物質を透過するという、荒唐無稽な絶技を利用して、ソルたちは工場内に堂々と足を踏み入れ――現在に至る。

 なおもなにやらぶつくさぼやくミルドレッドを端目に、ソルは先導するクラフティの後に続きながら、ふとあることに気付く。

 霊子反応。

 注視すると、この建物のあらゆる場所から――まるで源泉の如く湧き出ているその光を見た。


「――師匠」

「大丈夫ですよ。外敵用の罠とかではないです」


 常に霊子反応がある建物ということから、対侵入者用防御術式セキュリティが展開されている可能性を示唆しようとして、失敗。言葉の先を潰されて、ソルは舌打ちを零した。逆にクラフティはにししと意地悪く笑う。


「悪くない読みですよ。むしろ警戒するのは普通。莫迦弟子でもそれくらいは出来てて師匠は鼻が高いですよ」

「そりゃまあ、自ら率先して罠に身を投げ込む人と一緒にいれば、いやでも警戒する様になりますよね?」


 ソルはそう言ってにこりと笑った。これでもかというくらいの厭味を込めて、言葉と笑みでクラフティの軽口に切り返す。クラフティは「黙れぃ」と軽く蹴りを入れられた。とりあえず、一歩下がって蹴りを躱す。いちいち蹴りを入れてくるのは本当にやめて欲しい限りである。

 そんなことを考えていると、クラフティが足を止めた。ソルはそれに倣って同じく歩みを止め――「きゃっ!?」と、後ろを歩いていたミルドレッドが背中にぶつかってきた。

 ソルも衝撃で一歩前に――その反動のままくるりと半回転し、後ろで鼻を抑えているミルドレッドを振り返った。


「大丈夫?」

「は、はい……すみません、不注意でした」

「まあ、そうだね。自己嫌悪も程ほどに」


 申し訳な下げに柳眉を下げて謝罪の言葉を口にするミルドレッドに、ソルは適当に軽口を叩いて微苦笑を向けた。すると、


「……出会って一日も経っていない女の子にナンパとか……師匠は悲しいですよ。弟子がこんな軽い男になっているなんて!」


 という具合に、後ろから茶々が入る。ソルは「莫迦ですか……」と呆れ果てた。のだが、


「――え? な、ナンパ!? 私をですか!? ソル・ルーン=ファルラ……貴方は、そんな不埒者だったんですか!?」

「いや、信じないでよ」


 まさかそんな口から出任せを信じるなんて思わなかった。ソルはすかさず突っ込みを入れた。

 しかし否定を口にすると同時、背後の悪魔がきらりと目を輝かせたのを、ソルは見逃さなかった。すかさず止めようと動くのだが、此方の


「そうなんですよぉ。この莫迦弟子、そこそこ顔の造詣が良いからと調子に乗って、行く先々で女の子の心を弄んでは捨てていく、天性の女垂らしの屑野郎でしてねぇ。ボクも師ながら恥ずかしくて困っているんですよねぇ」

「流れるように悪評を振りまくんじゃねぇよこのクソ師匠!」

「軽い冗句じゃないですか」

「ほとんど初対面にも関わらない相手なのに、出だしから評価が地の底にまで落ちてるんですけど!?」

「所詮一期一会の相手ですから、気にしなくてもいいでしょうに」

「……なにがなんでも僕に〝女泣かせの屑野郎〟という烙印を押したいのだけは分りました」


 反論するのにも疲れて、ソルは盛大にため息をつく。此処で屈してはならないと判っていつつも、弁論でこの人に勝てたためしがなかった。口八丁は、師のほうに一家言あるのだ。


「もういいです……で、魔剣は何処に?」

「おっと、諦めましたか。つまらない奴ですねぇ――まあ、いいでしょう。あそこに飾ってありますよ」

「え!? 何処ですか!?」


 言葉の割には楽し気に口元を綻ばせながら、クラフティは工場のある場所を指さした。

 二人は自然とクラフティの指さす先を見る。そこには、この工場の初代経営主らしき人物を象ったらしき像があった。

 どういうことだ? とソルたちが揃って首を傾げる。まさかこの像が【ファーレスの魔剣】などというわけじゃあるまい。そうだったら、それはクラフティの魔剣に対する観察眼を疑うべきか、それともファーレスその人の感性を疑うべきなのか……などと苦悩していると、クラフティは「そっちじゃないです」とため息をついた。


「よく見なさい。その像の下――プレートの部分ですよ」


 言われて、二人は素直にクラフティが言う個所を見る。そこには硝子らしき透明な板が嵌められていて――中には一本の刺繍針が展示されていた。

「まさか……」と驚くミルドレッドと、「またか……」と呆れるソルの反応を堪能したらしいクラフティは、不敵に笑いながら「そうです」と頷いた。


「あそこに飾られている刺繍針。あれがこの街にある【ファーレスの魔剣】ですね」


 クラフティが断言する。その眼には、こちらを騙している気配もからかっている気配もない。どこまでも真剣で、真摯な眼光。謀っているのではない。クラフティは、この針をファーレスが作り出した品と確信をもって言っているのが、ソルには判った。

(――つまり……はずれか)


「これは銘なしですか?」

「そうです。銘もなく、また名も刻まれていない品です。なので、武器として扱えるような代物ではないですね」


 その後半の科白は、ソルにではなくミルドレッドを見ながら言われたものだ。


「まあ、たとえ銘のない代物でも、内に秘めている魔力は絶大です。これを魔導機械の動力とすれば、ほとんど半永久的に運用可能なエネルギーが賄えるくらいにはね」

「銘なくともファーレスの作ったものだけのことはある、ってことですか?」

「そうですよ。実際、この針には付与魔法を展開する術式が組み込まれています。おそらく、この工場全体に広がっている霊子反応は、それが原因ですね」


 言って、クラフティは周囲を見回した。ソルが先ほど視認した霊子反応は、この針が展開している付与魔法の影響だったらしい。

「ちなみに、付与内容はこれですね」と言ってクラフティが取り出したのは、先刻見せられたハンカチだった。


「この工場の製糸技術はいたって普通ですが、その糸を作る道具すべてに魔法が自動付与されます。その道具で生成された糸には魔力が込められ、その魔力が込められた糸でこの刺繡を施す――そうすると、魔法防御の術式が完成する仕組みみたいですね」

「此処で作られた魔力の宿る糸と、この地方独自の刺繡を術式がわりにしているってわけですか」

「そーゆーことですね。なんとも手間のかかっている分、一度形式化すればあとは放置しても問題ない形にしたんでしょう。相変わらず変なところでこだわってますねぇ」


 呆れたように笑うクラフティが、ミルドレッドを振り返って「で、どうします? これ、回収しますか?」と尋ねる。

 クラフティの言葉に、ミルドレッドはなんの反応を示さなかった。

 ソルは黙ってその様子を見る。

 ミルドレッドは未だ驚愕から抜け切れないらしく、目を丸くしたまま口をあんぐりと開いて、飾られている針を見て――やがて全身を震わせると、鋭い眼光でクラフティを見据えた。


「わ、私を莫迦にしているんですか!? こんなものが、【ファーレスの魔剣】だと、貴方たちは言うんですか?

 生ける伝説! 至高の魔剣鍛冶師! その一振りがあれば戦局すら覆すといわれる絶大な魔力を有した武器! それが【ファーレスの魔剣】! 今時子供でも知っているようなことです! それなのに、それなのに――こんな辺境の街の、工場に展示されている針一本が、その魔剣だと? 莫迦にするもの大概にして!」


 少女が憤慨し、怒りに顔を真っ赤にしてその手を翳した。魔力の糸『操糸』が顕現化する。振りかざされると同時、ソルは剣を抜こうとする。だが、すく隣でクラフティが「問題ないです」と言って、それを止めた。

 代わりにクラフティが一歩前に出て、軽く腕を翳した。霊子反応が爆発する。瞬時に召喚された膨大な魔力が、ミルドレッドの振り翳した無数の糸を一手で掌握して見せた。

 ミルドレッドが目を見開く。彼女が抵抗するように『操糸』を引っ張るが、クラフティに掌握された糸はピクリとも反応せず、両者は向かい合ったまま膠着状態となった。

 クラフティが口を開く。


「怒りたい気持ちは判りますよ。でも、それをボクらに向けられるのはお門違いです。全部ファーレスが悪い、としか言いようがありませんからね」

「……どういうことですか?」

「はぁ……ボクは嘘はついていません、ということです。この針は、間違いなく【ファーレスの魔剣】なんですよ」

「これの何処が魔剣だと、貴方は言うんですか?」


 ため息をつくクラフティに対し、ミルドレッドはなおも鋭く睨みつけながらそう尋ねる。

 クラフティはもう一度だけため息をつくと、しぶしぶといった様子で言った。


「――定義、、の違いですよ」



「定義?」ミルドレッドがすかさず聞き返す。クラフティは「そうですよ~」と気のない返事を返しながら、話を続けた。


「そうです。定義が違いです。そもそも、勘違いなんですよ。皆さん魔剣という言葉に騙されている、とも言えます」

「まどろっこしい言い回しはいりません。さっさと説明してください……」

「貴女が性急過ぎるんですよ。少なくとも創造者であるファーレスにとっては、これもれっきとした【ファーレスの魔剣】なんですよ」

「意味が……よく……」


 ミルドレッドが困惑の色を濃くする。クラフティは気にせず、面倒臭そうにため息一つこぼしながら続けた。


「そもそも【ファーレスの魔剣】とは、〝強力な魔力や能力を有した剣〟でもなければ、〝絶大な力を与える代わりに災いを齎す武器〟でもないんです。ファーレスが自らの魔力を込めたすべての道具――魔法道具マジックアイテムを指す言葉です。

 ――判りますか?

 剣とか槍とか武器に限らず、なんでもです。言葉通り、なんでも。魔剣鍛冶師ファーレスが造り出した、武器に限らないあらゆる道具すべて。彼の造り出した作品群のことを、彼は【ファーレスの魔剣】と呼んでいるんですよ」


 強く、クラフティが告げる。そして「――例えば」と、クラフティは外套のポケットからヨーヨーを取り出した。クラフティ愛用の【ファーレスの魔剣】〈踊り踊らされるもの〉。


「貴女はお気づきではないかもしれませんけど、これも【ファーレスの魔剣】ですよ」

「へ?」


 クラフティのかざす〈踊り踊らされるもの〉を前に、ミルドレッドは間抜けを絵に描いたような反応をする。

 そんなミルドレッドに、クラフティは更なる追い討ちの一言を投げた。


「ちなみにこれは武器としての使用を想定して作られた、戦闘仕様の【ファーレスの魔剣】です。つまり、戦争利用したい貴女が欲するタイプの【ファーレスの魔剣】ってやつです」


 にやりと、クラフティが笑った。そして「ちなみに、あそこに飾っているのは見ての通り、日常生活用の代物ですね~」と肩を竦める。

 同時に、話を聞いていたミルドレッドの目の色が変わる。寸前まで驚きと困惑だったのに、やれ目の前の代物が戦利用できるものと知った途端、今にでも襲い掛かって奪い取りかねない気配に、横で見ていたソルは苦笑してしまう。

 それはクラフティも同じらしく、くつくつと笑いを零した後、維持の悪い笑みを浮かべながら言った。


「あ、ついでに言っておきますけど、これをボクから奪ったところで、他の誰かが扱えるってことは有り得ませんから」

「ううっ……な、何故ですか?」

「これはボクがファーレスから直接『譲渡』されたものだからですよ」


 露骨に残念そうに肩を落とすミルドレッドに、クラフティが言う。


「――【ファーレスの魔剣】には幾つか分類があります。それが『譲渡』・『散逸』・『継承』です。

 『譲渡』は言葉通り。これは魔剣鍛冶師ファーレスが、相手に直接渡して、所有者と認めているものです。

 『散逸』は、ファーレスが路銀目当てに売却したり、杜撰な管理のせいで知らぬうちに放逐してしまったものを指します。

 『継承』は、『譲渡』された相手が死んだ場合、その『譲渡』された人間の血縁者あるいは所有者から直接継承したもののことです」


「ちなみにボクのは『譲渡』に分類されます」と、得意げにクラフティが言った。


「『譲渡』された魔剣は、完全にファーレスの元を離れて『譲渡』された相手に所有権があり、その魔剣が有する能力を遺憾なく発揮することが出来る権限も同時に得られます。ちなみに『譲渡』された魔剣を他人が勝手に保有した場合、自動的に所有者の手元に戻りますし、最悪の場合ファーレスの元に勝手に帰ってしまいますね。

 『継承』された魔剣の保有者は、『譲渡』された者ほど魔剣の力を発揮することが出来ません。もし魔剣の力を完全に扱いたいのであれば、その魔剣自体に所有者と認められる必要があります。

 そして最後に『散逸』――現在大陸各地で確認されている魔剣の多くが、これに分類されます。前述の二つに比べると、『散逸』された魔剣はその効力は大分下方修正ダウングレートされますね。

 そりゃそうですよ。誰とも知らない人に魔剣振り回されて、その結果被害甚大、大量虐殺! なんてなったらたまったものじゃないですしねぇ。そりゃ能力制御セーフティも掛けられますって。でなきゃ路銀の為に売り払ったりしませんし」


 最後の科白はミルドレッドにというよりも、ファーレスに対しての言葉のように聞こえた。知己と呼ぶだけあって、いろいろ当人の性格もご存じ、といったところか。しかし路銀のために魔剣を売る――なんて発想をするあたり、やはりファーレスという人物は禄でもないやつに思えた。

 なんてソルが思っていると、ミルドレッドは信じがたい話を耳にしてしまったという様子で後ずさり、「そんなことが……」と絶望した様子で項垂れる。そしてふと何かを思い出したように破顔して、


「で、ですけど! 連合国は実際に【ファーレスの魔剣】を使ってですね――」

「使えないわけではなく、遺憾なく発揮することが出来ないってだけです。あと武器の形をしている魔剣なら、能力制御で下方修正されていても、結構な力がありますし――恐らく、『継承』された人も少なからずいるんだと思いますよ。あの人はあれで、気に入った相手には寛容でしたから。ほいほい魔剣を『譲渡』プレゼントしてても、おかしくはないです。

 いやぁ、実際よく頑張っていると思いますよ、連合国側は。ル・ガルシェの強力な機械兵を相手に、寄せ集めの軍隊で対抗できているのは、曲りなりにも魔剣を扱える人間がそれなりに揃っているからでしょう。『譲渡』されているものはいなくとも『継承』された人がいるというのは幸運ですね。『散逸』品から所有者と認証される人間はそうはいませんから、せいぜいその『継承』者が死なないように気を付けたほうがいいと、前線にお伝えしてみては?」


 すべてを言い切ることすら許されず、クラフティがミルドレッドの言葉をさえぎってそう断定し、さらに皮肉交じりの激励まで投げる始末。

 愕然とするミルドレッドが、クラフティを凝視する。クラフティの話を聞いた彼女の姿は、最初に邂逅した折の凛然とした雰囲気は掻き消えていて、今にもその場で膝から崩れ落ちそうなものとなっていた。


「……どうして、貴方はそんなにファーレスに詳しいのですか?」

「古い知り合いだからですよ。彼とはもう千年以上の付き合いですからねぇ」

「……はい?」


 何気ないクラフティの科白に、ミルドレッドは首を傾いだ。ああ、やっぱりそこに驚くよね、とソルは思った。

 クラフティも、ミルドレッドが首を傾げている理由に気づいたのだろう。「ああ!」と手を叩き、意地悪く口の端を釣り上げた。


「――言い忘れていましたけど、ボクこれでも千六百年くらい生きてますよ? 正確な数字は忘れましたけどね。貴方たちが大好きな魔剣鍛冶師ファーレスとは、学び舎を共にした仲です」

「じょ、冗談ですよ……ね?」

「何故です。ファーレスだって、千年以上生きているというのは有名でしょう? だったら知り合いの一人二人くらい、同じくらい長生きなのがいても不思議じゃないでしょう」


 こともなげに、クラフティは言う。対して、ミルドレッドはもう理解できる領分をとっくに超越してしまったようで、その場で蹲ってしまった。「大丈夫かい?」とソルは声をかけるものの、ミルドレッドは返事らしい返事を返すこともせず、「なんなんですか……もう、意味が判らない……っ!」と涙目だった。

 こりゃしばらくまともな反応は返ってこないなぁ、判断して、ソルは師を振り返って、どうします? と目線だけで尋ねる。

 クラフティはにやりと笑って「面白いですから、しばらく様子を見てましょう」と言った。

 この外道、と思った。

 口にはしなかったけど。

 とりあえず、この頭の固い巡回騎士様には、ひとまず現実に戻ってきてもらおう――そう思い改めて声をかけようとした、その時だった。


「――みぃぃぃぃつけたぁ」


 声が。

 声が、不意に降ってきた。

 ねっとりとした声。

 全身にまとわりつくような声だった。

 それは、悪意の込められた声だった。




「――へぇ。それが、【ファーレスの魔剣】ってやつか」







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