八幕:魔剣鍛冶師の料理


「くっ……急いで索敵を! まだそれほど遠くへは行っていないはずです!」


 少女の指示に、巡回騎士たちが一斉に店の外へと駆け出していく。彼らの背を見送りながら、少女は――ミルドレッドは自分の失態に唇を嚙んだ。

(――ようやく見つけた魔剣の蒐集家コレクター……絶対に逃がしません)

 魔剣――それも魔剣鍛冶師ファーレスが造り上げた【ファーレスの魔剣】の価値は計り知れない。中には一振りあれば戦局を塗り替えるほどの力を秘めているものも存在するといわれ――【ファーレスの魔剣】一つを得るために、かつて戦争すら起きたといわれているほどだ。

 芸術品としても、武器としても比類なき価値を有するとされる【ファーレスの魔剣】――そのため、魔剣の所有者たちは魔剣所持の情報を可能な限り隠蔽する。特に武器としての所有ではなく、好事家たちによって珍品希少品として蒐集された場合、その所有情報は可能な限り隠蔽される傾向にあるのだ。

 故に、魔剣を確実に保持しているとされる人物の情報は希少であり、あの二人組は、魔剣の蒐集家として相当に存在が世に知れている、数少ない蒐集家だった。

(――なんとしても……彼らの持つ魔剣を回収しなければ)

 ミルドレッドは固い決意をその胸のうちに抱いて、あの二人組の姿を探すべく酒場を後にした。


      ◇◇◇


 そして巡回騎士たちがいなくなった酒場では。


「――ようやく行きましたねぇ。くわばらくわばら」

「まったく……誰かさんのせいで面倒ごとが増えたじゃないですか」


 クラフティが先ほどまで腰かけていた椅子に座り、ソルがその傍らでうなだれている姿があった。

 閃光玉による目眩ましでこの場から逃げ出したように見せかけて、実際は姿隠しの『隠形』の魔法と、相手の『索敵』魔法から逃れる『隠蔽』の魔法の二つによって、その場から一歩も動くことなく、彼らの目を誤魔化していただけで――逃げず隠れて、、、、、、二人はずっとこの場に留まっていたのが実情である。


「その場にいない=逃げた、と考える人間の心理を突いた巧妙な策ってやつですよ」

「人はそれを小賢しい、って言うんですよ」

「なんか言ったか? なんか言いましたかクソ弟子」

「蹴らないでくださいよ、地味に痛いんだから」


 ガシガシと向う脛に蹴りを入れてくるクラフティに苦言をこぼしながら、ソルは巡回騎士が出て行った出入り口に注意を払いつつ、クラフティに問うた。


「それで、ファーレスの情報は?」

「一つありますよ。やっぱりこの街には、彼が立ち寄っている――ということですね」

「その根拠は?」

「――これです」


 言ってクラフティがソルに差し出したのは、先程からスプーンで啜っていたスープである。

 ソルは暫しその差し出されたスープを見据える。まだ出て来て間もないのか、暖かそうに湯気が上がっていて、そこからわずかに漂ってくる絶妙に配合されているらしき香辛料スパイスの香りが鼻孔を抜け、長旅で空腹だったソルの胃袋に直接ダイレクト直撃し、食欲を誘って――


「美味そう……じゃなくて、なんでスープ?」

「これはファーレスのレシピです。この料理、本来ならばこの地方にはない香辛料の配合法が使われています。確か南部のもっと山岳地帯で発祥した地方料理に、ファーレス独自の手法が加えられて、平地などでも作れるように改良された料理なんですよ。此処のスープ……いえ、スープだけに留まらず、この店のレシピにはあの人の癖が随所に散りばめられていますね。なので、彼がかつてこの地に逗留していたのは間違いないでしょう。となれば、この街に魔剣が残っている可能性は高いです」


 スープを飲みながら滔々と語るクラフティの言葉に、ソルは顰め面になりながらも否定の言葉を口にすることはなかった。実際、過去に何度か同じような事例があったのだ。

 旅先で食事を口にしたクラフティが、料理の味からファーレスの痕跡を見つけ出し、その街を探索した結果――実際に【ファーレスの魔剣】を見つけることができた回数は、一度や二度ではなかった。

 なので、クラフティの言葉には、〝過去の実績〟というある程度の説得力があるのである。なので、ソルはそのことに関して異論を挟むことはなかった。

 ただ、思うことがないかと問われれば、それは別である。


「……ファーレスって、摩剣鍛冶師――ですよね?」

「そうですね。世間一般において、彼はそう呼ばれています」

「じゃあ……なんであちこちの料理に手を加えてるんですか?」


 ソルの疑問は尤も過ぎる疑問だった。自分たちが追っているのは、魔剣鍛冶師ファーレスの足跡と、彼が作った魔剣の探索及びその回収である。なのに、行き着く先々で最初に見つけるのは、彼が作った。あるいは手を加えたであろう料理レシピの数々――魔剣鍛冶師の足跡としてはあまりに可笑しい状況なのだが、質問されたクラフティは、微かに苦笑いをしながら匙を銜えて言った。


「世間一般の認識と、当人の認識は別――ということですねぇ。少なくともファーレス本人は、一度として自分から〝魔剣鍛冶師〟を自称したことは、多分ないんじゃないんですかね?」

「……その名を知らない者がいないとすら言われる魔剣鍛冶師なのにですか」

「世の中そんなもんですよー。名前なんてものは、大体独り歩きするもんです。背びれ尾びれもくっついてね」


 クラフティはにまりと口の端を釣り上げて、スープを完食すると残った料理に手を付け始めた。

 釈然としない気分のソルは、眉間に皺を寄せてクラフティが食べる料理に目を向ける。

 世間一般に語られるファーレスと、クラフティが語るファーレスは、まるで同一人物なのか疑わしいくらいイメージが一致しない。


 ――魔剣鍛冶師ファーレス。


 時に救国の英雄、時に傾国の悪魔と呼ばれた男。

 歴史上に幾度となく登場しては、その時代の英雄たちに鍛えた魔剣を与えて、自らも戦場に赴き、常勝無敗の剣士にして魔術使として名を轟かせたという。

 そして戦いの終わりとともに何処へとなく姿を消した――千年以上を生きるいう魔人。

 そんな男の足跡が、何故料理の味なのか――ソルからすれば理解の範疇を超えた話だった。

 もっとその名にふさわしい、仰々しく華々しい何かであったり――あるいは、語るにも悍ましい残虐と凄惨に彩られた悪行などであれば、納得もいくというのに。

 そう――あの日のような光景の痕跡が、少しでもあれば。

 暗い想像が、ソルの中で渦巻いた。

 脳裏によぎるのは、忌々しい過去の記憶。

 炎に飲まれた街。

 散らばる亡骸


 そして剣で胸を貫かれた父と、その剣を握り、父を見下ろした――風に揺れる銀髪の男の姿。


「――ル……ソル……ソル!」


 名を呼ばれて、ソルは我に返った。そして見据える視線の先では、いぶかしむように半眼で此方を見上げるクラフティの姿があった。


「何ぼけっとしてるんですか、莫迦弟子」

「……莫迦弟子言うな。莫迦師匠」


 一瞬前まで考えていたことを振り払うようにかぶりを振って、ソルはクラフティに悪態で応じた。


「生意気言うんじゃないですよ、未熟者のくせに。さっさと座って飯食いやがれ。それが終わったら、魔剣を探しに行きますよ」


 ソルの悪態を鼻で笑いながら、クラフティは空いている椅子を指してそう言った。ソルは肩を竦めながら黙ってその言葉に従い、椅子に腰を下ろした。

 そして新たに運ばれてきた料理のうち――先ほどクラフティが食べ終えたのと同じスープに手を伸ばす。

 他意はない。なんとなく、手に取った。鼻孔を擽る匂いに惹かれただけだ――なんて、誰にともなく心の中で言い訳をしながら匙を取り、湯気の立つスープを掬って口に運ぶ。


「――……美味い」


 そう零すソルに、クラフティは我がことのように「でしょう?」と微笑んだ。ソルは言葉を返すことなく苦笑で応じ、更にスープを啜った。


 ――このスープを作った男と、あの日出会った男が同じだとしても。


 美味い料理には、罪はないだろう。


 なんてことを、ソルは思った。



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