七幕:巡回騎士の少女


 暫く小言を繰り返すものの、師であるクラフティは意に介した様子もなく山盛りの料理を消火していく。肉にサラダにスープにパンにライス――何でもかんでもお構いなしに口に含んでは満足げに租借するクラフティの姿に、ソルは呆れ果てながら横たわる男たちを見た。

 皆一様に呻き声を上げているものの、重傷者はいないようだ。その辺の加減は心得ているようで良かったと胸を撫で下ろし――そしてふと壁際に背を預けて倒れている一段の姿を見た瞬間、ソルは目を丸くする。

 その人物は、他に倒れている人たちとは様相が異なっていた。というのも、クラフティの周囲で蹲っている面々は、屈強な体躯に何処か荒々しい――言うならば数刻前に剣を交えたトールキンに似た風貌の男たちである。

 しかし、それに対して壁際に倒れている面子は明らかに格好が違っていた。鍛え抜かれている――というのは、服の上からでもはっきりと判るのは、倒れている男たちと同じなのだが、問題は身に着けている装備だ。

 この砂漠に程近いフロンティアにありながら、露出の少ない衣装凝らされた外套と、その隙間から覗く軽鎧類ライトアーマー。頑丈な鋼鉄の鋲が施された皮製の篭手や、長距離移動を想定した旅長靴トラベラーブーツには、磨き上げられた白銀の脚甲レッグガード――彼らはこの街に帰属する傭兵でもなければ、警備隊でもない。ましてや冒険者でもなかった。

 鮮やかな緋色の縁取りに灰銀色の外套――そして其処に描かれた翼と剣の交錯する紋章を目にした途端、ソルの表情はその髪の色と同じくらい青白く染まった。

(――この莫迦師匠……ッ!)

 越えにならない悲鳴を胸中で響かせながら、ソルは大慌てで食事を続けるクラフティの元へと向かう。


マスター! いつまで食べてるつもりですか! さっさと逃げるぞ!」

「ざけんな阿呆莫迦糞間抜け弟子。ボクに食事を置いて去れ? 挽肉ミンチにして食卓に並べられたいのか」

「アンタ飯が関わると本当に人格代わるなッ!」

「ソルだって慌てると口調荒れるじゃないですか。先ずは自分を改めてきやがれ」

「そんな問答してる場合じゃないって言ってるんだよ! アンタがぶっ飛ばした相手! あそこで伸びてる人たち!」

 

 叫びながら、ソルは壁際で気を失っている外套の一団を指差すと、クラフティは「ああー」と対して興味もなさそうに湯気の立つシチューを口に運んだ。


「――ボクがそこら辺のやつシメてた時になんか、やったらとご高説垂れ始めた連中じゃないですか。鬱陶しくて一緒にっちゃいました」

「殺るな! じゃなくて、判ってるんですか? 自分が何やったか判ってるんですか? この人たちは――」


 事の次第を理解していないクラフティの無頓着さ加減に苛立ちを覚えながら、それでもソルはどうにか掻き集めたかけなしの理性と冷静さで事態を説明しようとした。

 だがそれよりも早く、



「――その方々は連合国帰属の大陸巡回守衛組織――つまり『連なる法の剣騎士団レギオン=ロウズ』の巡回騎士ジャッジメントです」



 怜悧な声が、彼らが何者であるかを語ってくれた。冷たく、鋭い――俊敏な刺突のような声音に、ソルは背筋が凍るような錯覚を覚え、振り返った。

 其処には、ついさっきソルが潜った店の入り口を抜けてくる一団がいた。彼らは壁際で蹲る連中と同じ、緋色の縁取りが施された灰銀の外套に身を包んでいた。


 ――このフィドア大陸には冒険者と並び、大陸中を渡り歩く一団が存在する。


 彼らは連合国レギオンが保有する広大な領土の各地を巡回するために、各国の有志によって結成された組織がある。彼らは自由意志の元に領土内を巡回・視察し、その地その地で生じている問題の解決に当たる為に派遣される英傑の集団『連なる法の剣騎士団』――俗に〝巡回騎士〟と呼ばれる団体であり、あの外套は彼らが『連なる法の剣騎士団』に所属する証明でもあった。

 で、此処で問題なのは、彼らは連合国に帰属する組織。つまり複数の国家から成り立つ組織から、領土内での軍事活動を許諾されている軍隊――ということだ。

 クラフティ・アッシュは極めて個人的な理由でそんな団体に暴力的行為を及んだ。それが意味することはただ一つ。


「――連合国所属の軍人に対しての暴力行為は、連合国に対する敵対行為、と見受けられますが……両名、その件に関して何か釈明はありますか?」

「はい! 其処の人が一人で勝手にやったことで、僕は一切関係ありません――ということだけ宣言させていただきます!」

「棄却します」


 少女が言い終えると同時にそう訴えるソルだったが、その発言は質問してきた少女自身によって拒まれる。ソルは一瞬たりとも考える素振りを見せなかった少女の発言に絶句してしまう。

 驚くソルを見上げ、少女は淡々とした口調で続けた。


「――理由として、貴方は今〝一切関係ない〟と言いましたけど、それは嘘です。確かに暴力行為だけならば、貴方は関与していない――ですが、貴方は此方の方の同伴者であるはずです。違いますか?」


 冷たい眼差しでそう言い放つ少女の言葉に、ソルははたと我に返る。そして彼女の発した言葉に納得し――同時に僅かに腰を落とした。

 確かに、ソルは今「一切関係ない」と口にした。殆ど無意識による発言だったのだが、この目の前の少女は的確に反るの言葉を拾い、そしてクラフティとの関係を看破している。

 しかし、一緒に行動しているところを事前に見られていたのならばいざ知らず、この場に出くわしたばかりのこの少女が、どうして自分とクラフティの関係を知っているのか?

 まさか――


「――どうやらその人は、最初からボクたちに用があった、、、、、、、、、、、、、、みたいですよ、ソル」


 ソルが一つの可能性に至るとほぼ同時に、クラフティは面倒くさそうに肩を竦めて、座ったまま椅子を器用に反転させて、じゅうじゅうと焼ける音を発する鉄板に乗ったボア肉のステーキを口にする。

 まるで「お見通しでしたよ」とでも言いたげなその態度に、少女の表情が僅かに厳しいものになる。

 その様子を見たソルは、即座に『おいこら莫迦師匠なんで煽るんだ』と非難の視線を向けるのだが、クラフティは意に介した様子もなく、鉄板の上を一瞬で空にしてからひょいと椅子から立ち上がる。


「――大体予想はつきますけど、一応訊ねておきます。ご用件は?」


 クラフティの問いに、少女は静かに佇まいを正し――言った。


「単刀直入に言いましょう。貴方がたが保有している【ファーレスの魔剣】。それらを今すぐ此方に渡してください」

「お断りですよ」

「判っているのですか? 今この連合国は、ル・ガルシェとの戦争状態にあります。ル・ガルシェの侵攻は厳しく、連合国は各国が保有する数少ない【ファーレスの魔剣】で対抗していますが、決して戦況は芳しくない。そのため連合は一つでも多くの――」


 すげなく断るクラフティに対し、少女は僅かに視線を鋭くする。それでも諦めまいとするように説得の言葉を連ねていた。だが、そんな少女に対し、クラフティはそっと片手を上げてその先を制して、


「どんなご高説やお題目を並べられた所で、ボクはあれを誰かに手渡すつもりはありませんので。それに、ボクが持っているのは貴女が欲しているものではないですよ。すべてがすべて争いに役立てるものだと思ったら勘違いですし、そういう考えの人には、尚更渡す気にもなれません――というわけで、諦めてください。お嬢さんレディ


 少女の申し出に、クラフティは初めから用意していたのであろう科白を流暢に告げ、拒絶の意を示した。すると、少女の方もその返事は予想していたのだろう。「そうですか……」と聞き取れるか取れないかというくらいのか細い声でそう囁くと、その表情に剣呑な雰囲気を漂わせた。


「あくまで、連合国への協力を拒むと?」

「ボクたちは冒険者ですし、ボクはそもそも連合国出身じゃないので、忠誠心とか郷土愛も持ち合わせてませんよ」


 のらりくらりと、それでいて一瞬のよどみもなく言葉を連ねるクラフティの表情と態度には、いっぺんの嘘偽りもなく、また虚勢らしきものも見受けられなかった。

 ソルは国家帰属の騎士に対してよくもまあ其処まで堂々と突っぱねることが出来るものだと、最早呆れを通り越して感心の念すら覚えた。

 だがまあ、気持ちとしてはソルも同意見だった。自分たちが苦労して手に入れたものを、いきなりやってきて「寄越せ」と言われて、はいどうぞ――なんてするのは、余程の莫迦か救いようのないお人よしのどちらかであり、ソルたちはそのどちらでもない。

 ならば、この『連なる法の剣騎士団』に義理立てする理由も協力する意味もない――というのは、こちらの一方的な言い分である。

 故に、一方的な態度をとる相手に対して、権威あるものがとるべき行動は、容易に想像がついた。

 クラフティが不敵に笑むを見て、ソルは『ああ、やっぱりそうなるよね』と心の中で項垂れながら、自らも動く。

 そして少女が鋭い眼光でクラフティを睨みつけて、声を上げたのは、ほとんど同時だった。


「――ならば、致し方ないですね……私たちは『連なる法の剣騎士団』は、巡回騎士への暴行及び協力要請の拒否をした貴方たちに対し連合議会法典に基づいて、その身柄を拘束します」


 少女の宣言を待っていたと言わんばかりに、周囲で沈黙を保っていた『連なる法の剣騎士団』たちが、一斉に武器を抜き放った。

 と同時に、ソルは外套の懐から黒塗りの眼鏡を一つ取り出して、それを装着する。クラフティも同じく。そしてクラフティの手には、いつの間にか掌に乗る大きさの球体が握られていて、それを見た少女が「しまっ――」と零したのと同瞬、クラフティはそれを思いきり地面へと叩きつけた。

 途端、眼が眩むほどの強烈な光が辺りを吞み込んだ。突然発生した目も眩む光源の発生に、誰も彼もが目を塞ぐ中、

「ソル!」

「了解!」

 ただ二人だけがお互いの意思疎通を完了させる。

 そして、少女を始めとした酒場にいた人たちの視力が回復する頃にはもう、そこに二人の姿はなくなっていたのだった。





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