四幕:粗にして野だが、卑ではなく


 男が片手斧を振り下ろす。なかなかに疾い――というのが正直な感想だ。だけどまあ、この程度なら対処に造作ない。ソルは半歩後退し、軽い体捌きで男の放った一撃を難なく躱した。

 空振った斧の一撃が空を薙ぎ、勢い余って男の身体が前のめりに傾いだ――ので、ソルはついでとばかりに男の軸足を蹴足で払う。

 そんな展開は予想すらしていなかったのか。男は「え?」という間抜けな声を一つ零すと、斧を振り抜いた勢いそのままに地面に向かって顔から盛大に倒れこんだ。

 最早喜劇の一幕とすら思えるような間抜け極まる様子に、逆に転ばせたソルのほうが驚いて目を丸くしてしまった。受け身の一つくらい取れよ、と思う。

 倒れた男に駆け寄った仲間の二人が、「てめぇよくもやりやがったな!」とソルを睨む。「いやそれ僕の科白だからね」と呆れながら言い返す。

 何せ問答無用で顔に切りかかられたのだ。避けなかったら間違いなく死んでいたというのに、二人は此方の意見など知ったことじゃあないと言わんばかりに立ち上がり、問答無用で腰に吊るしていた剣を抜くと、「死にやがれ!」と物騒な科白を吐きながら切りかかってきたのだ。

(ああもう、面倒くさい!)

 向かって来る男二人に対し、ソルは強い憤りを覚えながら地を蹴った。そして大剣を引き抜き――すれ違い様に横薙ぎ一閃。

 狙ったのは二人組――の手にする剣だ。刀身と鍔の間を狙い、鋭い剣閃が弧を描いて。


 ――ゴトッ、と。


 地面に何かが落下した。振り返るソルはさも当然という態度で、周りにいた群衆は、信じられないものを見たように目を丸くする。そして男たちが何の音かと目を瞬かせて地面を見ると、そこにはさっきまで自分たちが構えていた剣の刀身が二つ、地面に転がっている姿。

 そっと、二人は自分の手にする剣を見る。鍔から先の刀身が、ものの見事になくなっていた。そしてもう一度地面を――地面に転がっている、剣の刀身部分を見て、次いで、ソルを見る。

 男たちの目に映ったのは、自分たちの背後で、にやりと口の端を持ち上げて不敵に笑う少年が、その身の丈近い大剣を肩に担ぐ姿だった。

 対するソルは、不敵な笑みをわざとらしい満面の笑みに変える。男たちはあんぐりと呆けたように口を開いて、ソルを見ていた。

 そんな彼らに、ソルはわざとらしい笑顔を浮かべながら言った。


「――さて、まだやるかい?」


 それは質問ではなく、単なる確認だった。彼らの戦意がしっかりとへし折られていることは、誰が見ても明らかだった。ソルの言葉は、お互いこれ以上戦っても無駄――という相互理解をするための言葉だった。普段なら、これで大体の事態は納まる。実際、目の前の二人はお手上げという様子で剣の柄を捨て両手をあげていた。

 ので、ソルも剣を鞘に収めようとしたのだが――


「――な……めやがってぇええ!」


 一人諦めの悪い奴がいた。

 最初にソルへと切り掛かった男がいつの間にか復活していて、血走った目で此方を睨み怒号を上げた。

 憤慨の声を上げ、男は最初の切り込みとは比べ物にならない鋭い踏み込みと共に、片手斧を振り下ろす。

 振り上げから振り下ろすまでの一連の動作に無駄はなく、斧を振り下ろす際の体重移動も見事なもので、ソルは反応するのに若干遅れてしまい――咄嗟に剣を掲げてその一撃を受け止めた。

 重く、鋭い――敵を一撃で沈黙させるには理想的な一打。

(――ただのチンピラ、って技量レベルじゃないな)

 男の一撃を受け止めながら、ソルは相手を改める。先ほどあの二人組が〝結構な魔獣を討伐してきた腕利き〟と言っていたが、どうやら虚言ではないらしい。

 ソルは軽く後ろに飛んで男から一旦距離を取ると、大剣を握る手に力を込め――相手を見据え、迎え撃つべく剣を構え直す。

 そして殺気のこもった眼光を向ける男に向けて、静かに告げる。


「――ソル。ソル・ルーン=ファルラ」


 すると、男が目を丸くした。態度や気配には未だ憤慨の色が窺えるが、それでもソルが名乗ったことにより、僅かに冷静さを取り戻したように見えた。そしてその証拠に、男は振り被っていた片手斧をゆっくりと膝の高さまで落とし――そしてこれまでの粗野な態度が嘘であったかのような、超然とした佇まいと共に口を開く。


「――トール。トールキン・アランドラだ」


 男は――トールキンはそう名乗ると同時に、再び地を蹴ってソルへと襲い掛かる――否、肉薄した。




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