第51話

「ノリユキ!」


目を覚ますとポノラの顔が目の前にあった。

ああ、すっかり泣き腫らして。親指で拭ってやり、鉛のように重い上半身を起こして周りを見る。

俺は石灰のようなもので描かれた六芒星の真ん中に寝かされているようだ。腹には札やらよく分からないものやらが貼り付けられており、甲冑に空いた穴からは、傷ひとつない素肌が覗いていた。


「ああ、ノリユキ……本当に良かったかと……安心したかと……うう」


眼前のポノラの横に、俺の手を強く握ったメイがいた。さめざめと泣いてくれている。思えば早々に二人とはぐれてしまい、本当に心配をかけたと思う。


(人間は脆いと聞いていたが凄まじいものだな。貴様、いや、ノリユキよ。こんな感情は初めてだ。心の底から尊敬する)


六芒星の円の縁に沿うようにして、ダ・ブーンを始めとした森の蟲達がこちらを覗き込んでいた。あれだけ沢山いた蟲も目に見えて減っている。それだけ今回の戦いが激しかったということか。


「皆、心配をかけた。気怠さはあるものの、すっかり良くなった。ありがとう。また命を救われたな」


「アイーー!!ノリユキ!事情は聞いたよ!私達を助ける為だって!結界張ってた時も、もう駄目かと思った!でも、でもノリユキは助けに来てくれた!アイーー!!ありがとうはこっちの台詞だよ!」


「う……グス……はい……本当に……ヒック……無事で……」


ああ、有難い。俺の為に泣いてくれるのか。

二人の泣き声が森の中を木霊する。暖かい。冷えた森の空気が不思議と暖かい。









「さて、そろそろ良いかのぅ」


二人が一頻ひとしきり泣いた頃合いを見計らって一人の男が俺達に話しかけて来た。


「ああ、やはり三人目の魔法使いとはエラベザ殿だったか。いや、それともダ・ブーンであったか」


長い髭を弄りながらも、俺の問いかけには鳩が豆鉄砲を食ったような顔を返して来た。違うのか、魔法使いでは無いのか。


「三人目か。いやはや、生憎と違う。かつてダ・ブーンを召喚した時に儂は魔法使いでなくなった。ダ・ブーンは魔法使いだが、恐らくお主の意図している魔法使いではない。しかし意識のなかったのに、何故魔法使いが三人いると知っているのかのう」


そこで俺は夢の中で起きた事を皆に語った。

いやあ中々にこちらの言葉で説明するのに難儀した。特に“マレスティ・ジュジュマ”の名前を出した途端に正気を疑われたのには参った。確かに俺からすると『夢に神武天皇が出てきてお告げを賜った』と言われるようなものだ。ボケたのかと思われても仕方ない。


そんなこんなで何とか説明を終えた。特に俺が元の世界に戻ったら死ぬ事や、この世に元の世界に戻せる事の出来る魔法使いがマレスティを除き一人いる事などは皆大いに驚いてくれた。ポノラなんて思わず俯いてしまった。……少し刺激が強すぎたか。


「しかしそういう事であれば、元の世界に戻らずこちらの世界で安住の地を探すべきかと。ただノリユキの事情的にルージアンアップルキット王国では平穏な暮らしなど無理かと。ならばトト族の国ラビリラビアや多種族国家メルトマゼル、あるいはどこにも所属しない小集落もありかと」


(ノリユキが望むならこの森に住むことを許そう)


メイの意見は最もだ。だが、ダ・ブーンの意見は真っ平御免だ。この森に来て美味いものを食った試しがないぞ。


「しかしマレスティ・ジュジュマ……。三百万年生きる魔女なんて御伽噺かと思っていたが、本当に実在したとはなぁ」


そう言いながらうんうんと頷く……誰だコイツ。


ポノラと同じ白い兎耳が目につく。赤茶けた癖っ毛で褐色の肌をした小僧が、まるで昔からの仲間のようにそこに佇んでいた。ポノラと共通の特徴。こいつ、もしやトト族か。なんでこんな所に。いや、それだけじゃない。いつの間に居たんだ。


困惑してポノラを見る。ハッとした顔してやがる。


「ごめんノリユキ、紹介するね。ノリユキの言う三人目の魔法使いでラビリラビアの偉大なる魔法使いジュジュマ、ポポル・マボール。私のお父さん!」


「初めまして父です」


「はあ!?」


うぐ、傷口が開く……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生き残れ侍男子 丸閥参画 @pocket-punch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ