第50話

「野次馬だと」


「野次馬だよ。仕方ないでしょ、暇なんだし」


縁側に腰掛けいつのまにか用意していたスイカをかじりながら、全く何でもないかのように言ってのけた。


「遥か昔、最果ての龍に不老不死の呪いを掛けられた憐れな魔女の成れの果ては単なる暇人よ。今訳あって活火山に封印されてるのだけど、まあ暇でしょうがないの。仕方ないから人の夢を渡り歩いていたら、きみがいた」


スイカの種をプッと吐き出し、果汁だらけの口を拭いもせず、俺に向けにかっと笑ってそう言った。子供っぽい仕草だが、なんだこの尋常ならざる色気は。


「異世界から人を呼ぶなんて、若い子は向こう見ずだよね。案の定逃げられたけど、そのお陰でこうして出逢えた訳だ。ただ、色々と条件があるから、次またこうして話せるとは限らない。それに……」


そう言葉を切って、先程と同じように指で輪を作り太陽を覗き込んだ。今更ながら太陽を直視して平気なのか。夢だからか、世界一の魔法使いだからなのか。ふうむ、摩訶不思議だ。


「……ああ、思ったよりも早い。きみ、そろそろ生き返るよ。おめでとう。私と会った事で、この夢は明晰夢となりましたとさ。目が覚めても覚えているだろうから、あと一つだけ質問に答えてしんぜよう」


ああ、生き返れるのか。マレスティ・ジュジュマが嘘をつく理由も無いであろうし、何となく本当だとも感じ取れている。

さて、質問か。そうだな。聞くべきは沢山あるが、一つとなるとあれしかない。


ゴクリと生唾を飲む。これを聞いて、もしも駄目だったら今後どうすれば良いのか。だか、ええい、男は度胸よ!


「偉大なる魔法使いならば、俺を元の世界に戻せるのか」


「できるよ。やろうか?」


そんな俺の覚悟はあっさりと空振り、まるで醤油注しでも取るかの如くあっさりと答えられてしまった。

しかしマリティは出来ないと言っていたぞ。確かこの世界の食べ物を食べたからだとか、死者でないと無理だとか。もし本当に出来るのだとしたら、自称ではなく本物の世界一の魔法使いだな。


「でもお勧めはしないかな。そもそもこの家も、きみの格好も、私が日本語を話せているのも、全部きみの記憶から掘り起こしたものを魔法で形作ったもの。そして記憶を読んだ結果、きみ、死ぬ直前でこっちの世界に来てるよね」


「……ああ、そうだ。はっきり知覚した訳ではないが、敵艦へ突っ込む直前だったと思う。それが何か不味いのか」


「不味いね、明確に不味い。元の世界に戻したとしても、多少前後するにしても概ね元の場所、時間に戻る事になる。きみ、またすぐ死ぬだけだよ」


ああ、やはりそう都合の良い話など無いか。

俺の落胆を察してか、マレスティ・ジュジュマは取り繕ったような笑顔で励ましてくれた。


「ま、まあね!ほら、元々食うに困って軍人になった訳だし、こっちの世界ならもっと良い暮らし出来るよ。それにマリティルトアップルキッド姫を攫った時に誓ったんでしょ。自分の為に生きるって。それにポノラを送り届けるとも。侍男子でしょ、生き残りなよ。態々わざわざ元の世界で死ぬことも無いよ」


ああ、そうだな。元々戻れないと思っていた事だ。微かな希望で舞い上がってしまっただけだり何とも気恥ずかしい。


俺の気持ちが戻ったのを察してか、今度は取り繕っていない笑顔をしながら袖口をグイグイと引っ張ってきた。


「さあ、もう時間だよ。夢から覚める時間だ。今度のきみはこの世界を忘れない。だから最後に一つ覚えておいて。きみを元の世界に戻せる魔法使いはあと一人だけいる。誰とは言わないよ。誰とは言わないよ。でもこの世界に思い残す事がなくなった時、きみが望むならきっと元の世界に戻してくれるさ。さあ、お目覚めよ!」


最後の最後に畳み掛けるように話しかけられた。

しかしもう一人いるのか。望んだら元の世界に戻してくれるなだんて優しい魔法使いもいたものだ。


だがまあ相変わらず、俺は全くの口下手だな。あれほどの美女と会話するのに全くもって話せなかった。笠井殿にも怒られたな。「お前は頭で色々考えている癖して言葉に出さん」と。


「また会おう。次はもう少し話を出来るようにしてくる」


そう言ったら少し驚いたようで、だがまたすぐに笑顔になった。


直後、意識がフッと消えたのだった。

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