第49話

土手っ腹に穴を開けて突っ伏してる自分自身を見下ろすなんて、中々体験できる事ではないな。

ピクピクと動くマレスティ・ブーンの腕をポノラがひきぬき、メイが傷口に布やら札やらを貼って必死の形相で何かを唱えてる。その周りにはダ・ブーンを始め多くの蟲が俺の様子を覗き込んでいる。


ああ、臨死体験ももう何度目だ。さて前回はどういう体験だったか。平時では思い出せなくとも、こうなると夢が蘇るかのように鮮明と呼び起こされるものだな。


そうだ。確か幸枝と会ったのだ。妹と会った夢を見たのだ。いもしない妹・・・・・・と会ったのだった。確かにあの家に行ったことはあるし、あの夏の景色も覚えがある。確か俺がまだ五歳かそこいらの頃の記憶のはずだ。

走馬灯だとしても妙だ。現実と虚実がごちゃ混ぜの走馬灯などあるのか?


そう思った時であった。不意に景色が変わった。ああ、あの夏だ。あの時のままの夏の祖母の家だ。今となってはあるはずも無い家だ。疎開先なんかでは無い。空襲に遭い焼け落ちた祖母の家の昔の姿だ。


「お帰りなさいお兄様」


果たしてそこには存在しないはずの妹がいた。

すぐに身構えるが、俺は何故かメリヤスに半ズボンといった装いでどうにも締まらない。それに武器もない。どうするべきか。


「変なお兄様。兵隊さんごっこっていうお年でもないでしょうに」


「……誰だ貴様」


言葉をようやく絞り出す。しかし、いやに喉が乾く。


「誰だなんて、妹の幸枝ですよ。その問い掛けはなんの遊びですか」


病弱という設定の為か、青白く痩せ細った顔で年相応のあどけない笑顔を浮かべる。実に嘘くさい。

暫く黙っているとようやく観念したのか、ため息を一つ吐き人差し指で丸を一つ空に描いた。するとポンっと弾ける音と共に煙が上がった。


「全く、女の嘘に乗ってあげないとモテないよ、童貞くん。あーあ、折角違う世界の体験が出来ていたのに。君は全くこの希少性を分かっていないな。長く生きてきたけど、異世界から人間が来るなんて初めてなんだから。もう少し異文化交流をだね……」


絶句した。喋りながら煙から出てきた人物は、表現のしようの無い程に美しかった。あるいは俺に詩人の才能があれば、または辞典の如き語彙力があれば表現できていただろうか。いや、出来ないだろう。

なけなしの言葉を絞り出すとするならば、青みがかった黒い髪。琥珀色の瞳。白雪のような肌。若く見える。妙齢にも見える。まるで万華鏡だ。筆舌しがたい芸術品だ。


「あー、そうか。人と会うのなんて随分久し振りだから忘れてたけど固まっちゃうんだった。もしもーし、お兄様ー?」


「は!?誰がお兄様だ!この妖怪変化め!人の死に際に何の用だ!」


妖怪と言ったのが気に障ったのか、心底心外だといった表情だ。


「妖怪?死に際?ああそうだった、また死にかけてるんだ……あー成る程ね。これだけ死にかけてまだ死なないなんて、きみも大概妖怪だよ」


指で丸を作り太陽を覗き込んで、何か残念なものかのように俺を見てきやがった。

だが、まだ死なないだと。あれで俺はまだ死なないのか。


「巡り合わせが良いのか、悪運が強いのか、凄腕の魔法使いが三人・・もいる。まあ私程では無いけど。高々全身の骨が折れていて、土手っ腹に穴が空いている程度なら何とかなるね。おめでとう。きっとまだ死ぬべき時でないのだろうね。羨ましい……」


どこか影のある表情で、最後の言葉は非常に小声であった。きっと何か退っ引きならない理由があるのだろう。


しかし、死ぬべき時では無いか。三人というのはポノラ、メイ、後は誰だ。とにかく、生き延びられそうだ。こうして生きるのも何か理由があるのか。俺の生きる意味とは……。


「だが、何故そのような事がわかる。何者だ。そしてここはどこだ」


「質問ばかりだね。まあ久し振りの会話だし、気分も良いから答えてしんぜよう。私の名前はマレスティ・ジュジュマ。遺憾ながらきみの戦ったマレスティの名前の意味であり、恥ずかしながら偉大なる魔法使いジュジュマの由来でもある。分かった理由なんて単純明快。私が世界一の魔法使いだからさ。そしてここは御察しの通り……」


マレスティ・ジュジュマ裏切り者の偉大なる魔法使いはそう言うと、一呼吸分だけ間を置いて言葉を続けた。


「夢の世界さ。それも死の直前に見る、ほんの一時ひとときのね」


まあ、そうだろうな。死に掛ける度に見ていた訳だ。それ以外にない。

だが、目の前の人物は矛盾を帯びている。


死ぬ間際の夢だと。俺の夢だとしたら、何故明確に人格を宿した知らない人物がいる。しかも一時の夢に二度も出てくるような奴だ。


それにだ、そいつの名前は情報伝達の遅い世界において共通認識になる程の言葉となっているときた。まさか生きている人間の名前を称号とはしないであろうし、ともすれば死後相当な年数が経っているはずだ。


「ふん、その一時の夢に二度も一体何の用だ」


だから思い切って疑問をぶつけて見た。狼狽えるそぶりが少しでもあるなら敵対することも視野に入れねば。


「用なんて無いよ。強いて言うならば野次馬かな」


そんな覚悟も虚しく、マレスティ・ジュジュマはあっけらかんとしてそう返してきやがった。


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