第48話
世界が緩やかに流れる。地面に落ちている落ち葉の葉脈すらもくっきり見える今の俺の目は、真っ直ぐ俺を見上げる奴の節の細部に至るまでハッキリと捉えていた。
矢どころではない。切っ先を立て弾丸、いや落雷の如き速度で奴を狙う。すると、突如目の前に真っ白い壁が出現した。すわ魔法かと思ったが、もしやこれが噂に聞く音の壁か。俺は遂に糞メリケンも成し得なかった事をやってのけたのか!
白い壁を突き破ると、間延びした爆裂音と共に空気のうねりが目に見えた。
だがそのまだ誰も見たことのない景色を堪能する間も無い。いつの間にか無数の枝や蟲の死骸がこちらに向けて放たれていた。
ええい、構うものか。多少掠めようが突き刺さろうがこのまま真っ直ぐに突撃する。
その判断が功を奏した。俺の周りの空気のうねりが、そのまま防御壁となって一切を弾く。すると何を思ったか、いつの間にか治っていたのも含めた4本の腕を俺に向けてきやがった。まさか、受け止める気か!
だがそんな抵抗など焼け石に水よ。奴の腕に切っ先が入ってく。ブチブチと繊維を断ち切る感覚が腕に伝わり、それは腕から頭へ、そして胴体へと移ってゆく。紫色の体液を吹き飛ばしながら、体感速度ではゆっくりと殺してゆく。
……まてよ、このまま突き進んだらどうなるのだ。
腐葉土で形成されているといえど、今まさに地面へ向かっているじゃないか。いくらこの世界に来て以来色々とおかしくなったといえど、音速を超えて地面に突っ込めば幾ら何でも死ぬのではないか。
ああ、父よ、母よ。愚息典行めは国の為に死に、ついで人の為に死ぬ事となりました。
終ぞ体を突き破り、すわ地面に激突するかという時になって気付いたのだった。地面に何か膜が張ってある。
それはアグノ・バルクとの衝突でも破れず、どんどん伸びるのであった。不思議だ。突き破りはしないものの、伸びれば伸びる分だけ、俺と一緒に何故か地面を擦り抜けてゆく。
腐葉土の地層はやがて小石や粘土となり、地下水脈を超え、大きな空洞へと差し掛かった。その頃になれば大分速度も減速しており、外套の羽の先に付いた霜も俺の体温でゆっくりと溶け始めていた。
そしてついに膜の膨張は止まり、ググッと押し返すような手応えを感じた。反動で打ち上げられることも覚悟したが、けしてそんなことはなかった。あれだけ深く潜ったのが嘘の様に、気付けば地面の上に立ち尽くしていた。足元には無残な姿となったマレスティ・ブーンの死骸だけ。大穴なんてどこにも無かった。
「ふう……勝った……」
そういえば呼吸することを忘れていた。小さく息を吐き、肺いっぱいを森の空気で満たす。全身の疲労感と痛みが凄まじい。やはり機体も無しに音速を超えて無理が生じたか。立っているのも不思議なくらいだ。
(油断するな!)
だからか、ダ・ブーンにそう言われても何も反応できなかった。
敵が蟲であり、魔法使いであるという意味合いを忘れていたわけでは無かったのだが、どうしようも無かったのだ。
「ノリユキー!!!!」
ポノラの叫び声に振り向くこともできない。何故なら俺の腹から腕が生えていやがったからだ。奴が、マレスティ・ブーンが最後の力を振り絞って、念動力で自分のバラバラになった腕を操ったか。全く、蟲はしつこい。全く……
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