第41話

(「カブトムシ」か。初めて聞くのに、なんと懐かしい言葉だ)


何だ、頭の中で声がする。これは噂に聞く念波というものなのか。気持ち悪い。何か訳の分からない物が頭を犯してる、そんな感覚だ。

しかしその訳の分からない物の正体というか、原因というか、それは何故だか解る。信じられないが、あのカブトムシこそこの気持ち悪さの大元だ。そしてそのカブトムシが一体何者なのか、何故だか分かってしまった。


「まさかお前も使い魔として召喚されたのか」


本能的に分かってしまった。同類と言うか、俺の手の甲の六芒星と近しいものをカブトムシから感じた。

俺の言葉を受け、それまで滞空していたカブトムシは老人の肩に止まり再びあの気持ち悪い念波を飛ばしてきた。


(如何にも。我は貴様と同じ使い魔。この森を守護する者。おそらくは貴様と同じ地より召喚された、かつて自我を持たなかった者だ。……いや、貴様と同じと言うには少し違うか。貴様の様に不完全な契約をしていないからな)


「不完全な契約だと?どう言う事だ、わかるのか」


(何となく、縛られていないとわかる位だ。だが人間なんて複雑なものを召喚する者も大概だが、一体どうしたらそんな不完全な契約になるのだ)


俺は召喚された時の状況と、ついでに今までの道のりをカブトムシに説明した。中々に面倒な話なので日本語で語ったが、カブトムシには通じてくれた様だ。老人は終始難しい顔をしていたが、おそらく伝わっていないだろう。

話をしている内に、何とか念波の気持ち悪い感覚に慣れる事が出来た。不快感はあるものの、それよりも虫といえど同じ様な待遇の者を見つけられて気持ちが舞い上がっていたのだろう。


(はっはっは!何と、偽名を使うなど人間は面白い事を考えるな。名前を付ける事すら奇妙なのに、それを偽るか。意図していないとはいえ、いや、意図していないからこその天命とも言えるか)


こいつ、カブトムシの癖して難しい事を考えるな。いや、ただのカブトムシでは無いからこそか。


「名前とはそんなにもおかしい事か」


(おかしい。我の自我無き頃の漠然とした記憶には、一度として名前を持っていた時などない。それで困ったこともない。我は我であり、他者は他者だ。名前を持ち区別する必要がどこにある)


だが、と言ってカブトムシは話を続けた。


(今はその名前を持ってしまった。召喚魔法で使い魔とするには名前を必要とする。名も無き者には名前を付ける事により隷属させるのだ。だから、人間の様な名前を持つ者を召喚するなど恐ろしく非合理的なのだがな。術者にはそれを通してまで叶えたい大きな願いがあったはずだ。その願いこそが使い魔にとっての使命となるのだからな)


使命か。元々の俺の使命は玉砕する事であった。死して家族を食わせる事が使命だった。しかし死ななかった。そして本来の使命からも逃れてしまった訳か。

では、今の俺の使命とは何だ。俺は何の為に生きているのか。


「教えて欲しい。お前の使命とは何だったのか。カブトムシの使命とは」


(ふふ、カブトムシの使命など、いや生物の使命など本来は繁殖のみだ。邪魔ならば他者など滅ぼせば良い。しかし召喚された今、違う使命を持ってしまった。あれはまだこの森が若々しく細かった頃だ。この森に住む耳の長い人間に召喚され、こう命じられた。『この森の守護者となれ』と。その者は我を見てこうも言った。『あれこそが蟲だダ・ブーン』だと。それ以来我が名はダ・ブーンだ。蟲の森の守護者にて絶対王者だ。森に住む全ての蟲を司る者だ)


ああ、やはりこのカブトムシがダ・ブーンか。ポノラに気を付けろと言われたが、対面してしまった場合はどうすれば良いのか。


待てよ、先程老人は俺を助けるきっかけが来ると言っていた。きっかけは同じ使い魔だからか?いや、蟲を司るとは操れるという事だろう。何度か襲われているのに、今更死に掛けた俺を助ける意味など無い。助けた理由が他にあるはずだ。


俺の表情を察してか、今まで置物の様だった老人がずいっと一歩前に出てきた。


「実はのぅ。お主にやってもらいたい事がある」


ほら見ろ、そんな事だと思った。



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