第36話

……糞、大分下まで落ちたな。上を見るがポノラ達が全く見えない。暗いせいもあるが、何か靄がかっていて視界不良だ。見えるのは羽虫ばかりだ。


「おーい!」


おーい、おーい、いー、いー……木霊すれども返答は無し。もしくは返答している場合では無いのか。そうだとしたら不味いな。

転がり落ちてきた崖に手を掛けるが、湿った苔と落ち葉のせいで登ろうとしてもすぐにずり落ちてしまう。


だがまあ幸いなことにポノラは結界魔法の名手だし、メイは回復魔法の使い手だそうだ。実際に回復魔法とやらをこの目で見てないから何とも言えんが、そうそう死ぬ事はないだろう。何より食糧はメイ殿のザックに入っている。飢餓に陥ることもあるまい。

それにだ、多分ポノラはこの森を一度通ったのではないか?いくら故郷の方向を把握できる特技があったとしても、足の運びに迷いがなさ過ぎる。森の抜け方もきっとわかるはずだ。


待てよ。とすると、今一番命の危ういのは俺自身ではないか。


食糧も無い。土地勘も無い。食えるものの判別もつけられない。そもそも毒虫が多いと聞く。回復手段も持たない。


「糞……」


冷や汗が額を伝う。


とにかくだ、現状の確認をしなければ。


実はスターリッヒ殿からザックを頂戴していたのだが、崖から落ちる途中で中身を大分落としてしまった。だが一応仲間がいくつかある。

これはポノラから貰った木の実か。後は火打ち石、アグノーの胃袋を使った満杯の水筒、塩入りの御守り、それとメイから貰った傷薬代わりの葉っぱか。

ふむ、取り敢えず水の心配は無いか。食料だけが不安だな。蛋白質由来の毒は、熱で分解できる事が多い。しかし火を起こすと蟲を呼び寄せるらしいから、蟲を焼いて食うという選択肢も取りにくい。

だが、手段がない訳ではない。蟲が多い。つまりそれを支えるだけの食料があるはずだ。具体的には果物だ。果物ならばまだ食える算段が高い。


取り敢えずの目的が決まったな。ポノラとメイを探しつつ、食料を確保する。その為にはまず蟲の対策だな。

ポノラから貰った木の実を数粒手に取る。臭いを嗅ぐが、これといって変な臭いはしない。ポノラは恐ろしく不味そうな顔をしていたが……。まてよ、握り潰して塗るだけでも効果を見込めるのでは?いや、栄養価が高いと言っていたな。こういう状況だ。贅沢はできん。


南無三!口に放り込み噛み潰す。プチっという食感の後に口全体に……うぐ!?ま、おえ、いや、え、不味い!うげ、苦い、痛い、不味い!おえ……。


何だこれは。形容できない不味さ。ひたすら苦く、舌が爛れたように痛い。一噛みでこれか。もう口を動かしたくない。しかし……糞!俺も男よ!日本男児よ!噛み潰せ!動け!動け!


ぺっと唾液混じりの果汁を手に吐き出し、露出している箇所に塗り込む。果肉はまだ口の中だ。これを……これを飲み込まなければならないのか?何という地獄。糞!糞!糞!


水筒を取り出し、グイッと水を飲む。水は貴重だがやむなし。美味い。水とはこれ程美味かったか。

口の中が洗い流されたからか、苦味は綺麗に無くなっていた。

栄養は取れただろうが、何だかどっと疲れた。


ハアッと溜息をつき、ポノラとメイを探しに歩みを進める。出発前からこれだと、全くどうなることやら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る