第35話

蟲の森というからにはもっと溢れるほどに蟲の蠢く地かと思ったが、時間帯のおかげか蚊トンボ1匹飛んでいなかった。

空は既に白みだしてきた頃合いなのにも関わらず光さえ刺さない。この目でなければ何度転んだことか。あまつさえ太い木の根と蓄積された落ち葉が歩くのを邪魔する。ポノラは器用にひょいひょいと進むが、やはりメイは苦戦している。


ある程度進んだ所で元来た道を振り意識を向ける。……うん、どうやら撒いたか。


「取り敢えずは大丈夫だろう。追手の事は考えず、とにかく先に進む事を考えるぞ」


「それならこれを使うと良いよ」


そう言ってポノラが取り出したのは千両の実程しかない小さな青黒い木の実だった。おもむろに数粒口の中に入れて噛むと物凄いしかめ面をして、ぺっと手のひらに吐き出した。

辺り一面に山葵に似たツンとした臭いが漂う。噛んでドロドロにしたその実を顔や手に塗り始めた。ああ、成る程な。


「虫除けだよ。これで少なくとも小さい虫が寄ってこなくなる。でも半日程度しか効果ないし、もう嫌になるくらい苦いんだよね。ただ物凄く栄養があるよ」


そう言って実の入った小袋をくれた。この実をさっき拾ってたのか。


「そういう事でしたらこれも渡しておくべきかと」


今度はメイが何かを取り出した。乾燥した葉っぱだ。


「もし虫に噛まれたらすぐに吸い出すべきかと。針や顎が残っていた場合は取り除くために周りの肉ごと抉る必要があるかと。その場合傷に濡らして揉んだこの葉を塗りこむと傷の回復も早まるかと。勿論、私がそばにいれば治しますが」


確かにこんな森の中で傷口を放っておけば二次感染を引き起こすかもしれん。それにメイのいない事を想定する事は大事だ。備えあれば憂いなしだな。


貰った葉っぱをさっきの小袋に入れ、メイに倣って実を口に入れようとした時だった。


空気の振動。風切り音。


咄嗟に2人を地面に伏せさせた。次の瞬間頭上を何かが掠める。鉄砲か?いや、発砲音などしなかった。

それはドスッと木に刺さった。見てみれば……弾丸?いや、脚がある。これは虫か!


ポノラが咄嗟に結界を張った。楔が無くとも張れるのか。

直後、結界に先程の虫が3匹突き刺さる。直後に硝子の割れる様な音と共に結界が消え去った。


「やっぱり弱かったかな……」


「いえ、あの威力の突進を防げる結界を無詠唱で、しかも補助具なしで張るなんてとてつもないかと」


ふむ、やはりポノラは凄いのか。しかし……

結界に弾かれ落ちた虫を拾う。ぶつかった衝撃でひしゃげてはいるが、弾丸の様な形に太い脚がついているバッタの様な昆虫だ。普通バッタは草を食うが、襲って来たという事は肉を食うのか、卵を産み付けるのか。


「急いで虫除けを塗ろう。こんな虫ばかりでは、とてもでは無いが!?」


言葉を遮る様に頭上から何か降って来た。咄嗟にアグノーの爪で斬りつける。蜘蛛か。いや、蜘蛛にしては大きすぎる。アカエイくらい大きかったぞ。

真っ二つになった蜘蛛は未だにピクピクと動いていやがる。う、気味が悪い。


「こんな大きな蜘蛛マンタは初めて見たかと。さっきの虫といい、ここの固有種かと」


「なんだか虫がざわついてるね」


マジマジと蜘蛛を見ていると、突然背中に衝撃が走った。

強い痛みを感じながら振り向くと、やけにゆっくりと落下するさっきの弾丸バッタが目に入った。流石にこの外套を貫く事は叶わなかったか。


しかしかなり強い衝撃に、体が思い切り押された様に吹き飛ばされた。尻餅をつくと落ち葉にどんどん沈んでいく。いや、落下している。落ち葉の積もった天然の落とし穴か!


何かに捕まろうにも捕まるところがない。マズい!


「ノリユキ!」


ポノラとメイの顔が遠ざかる。穴では無い。崖から落ちているのか。糞!


「必ず追い付く!だから先に行け!」


その言葉を必死に捻り出した。

超人的な動体視力と身体能力をもってして、急斜面を受け身を取りつつ転がり落ちる。


待っていろポノラ、メイ!必ず追い付くぞ……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る