第34話

空が白みだした頃、巨大な森が闇の中から姿を現した。

ここまでくる道のりは月明かりと俺の目、それとポノラの耳を頼りにした灯りを持たないものだった。

この世界に来て初めての整備された道を歩くが、すぐにまた獣道の様な草の伸びた道を歩む事となった。まあこのまま街道を行けば程なくして関所に当たるらしいから仕方ないのだが、願わくばお天道様の照らした街道を堂々と歩みたいものだ。


獣道を行くとすぐに藪の様な所へと入って行った。最初は「道案内なら任せて欲しいかと」と言っていたメイも、この暗がりに加え、段々と下りになってきた藪の中の行進では随分と勝手の違うものだった様だ。

やはり何故かポノラが道を知っていたから順調に進む事ができた。暗がりの中でもひょいひょいと進む俺とポノラ。一方のメイといえば時折根っこに躓いたり枝に頭をぶつけたりと、中々思った様に進めないでいた。

「こんなの、普通に進むあなた方が凄いだけかと」などと言ってそっぽを向きつつも、転ばない様に俺の腕を掴んでいて、この世界では未婚の男女がこんなにひっついても良いのかとドギマギしてしまった。ポノラは何かを拾っていた。


いくつかの藪を抜けてだいぶん山を下った頃、ようやく空が白みだしてきた。


目の前に現れた巨大な森。当たり前に生えている木々の何と雄々しく逞しく太い事よ。神社の御神木の様な樹が乱立している。まるで太古の森だ。


「一見雄大ですが、森の中は夜の様に暗いかと。その暗がりの中、松明のなどで蟲を刺激しない様に進まなければいけないのだと。何よりも全ての蟲の絶対王者『ダ・ブーン』だけは出会ってはいけないのだと」


「ダ・ブーン。森の名前と関係あるのか」


「ダ・ブーンのターシャがそのまま名前となったのかと。この森は広大で、普通に歩いても2日はかかるかと。抜け道があるという噂がありますが、残念ながら私は知りません」


歩いて2日か。しかも迷わない事が前提か。俺とポノラはまあ歩くのに苦労しないだろうが、メイは中々に大変そうだ。そう考えると3日は見ておいた方が良さそうだ。


「まあ、ポノラの耳もあるし迷う事はないだろう。今回は食料も水もあるし、採取や狩りを後回しにして歩くことを優先しよう」


さあ、行動指針も決めた事だしいざ森へ入ろうとした時だった。あの、とメイがおずおずと手を挙げ問いかけてきた。


「ポノラさんはそんなに耳が良いのかと。どうも村にいた時から絶大な信頼を置いてる節があるのだと」


何?耳が良いかって、こんなに立派な耳を頭から生やしているのに、悪いも糞も無いだろうに。


怪訝さが顔に出ていたのか、ポノラは苦笑いしながら答えた。


「多分ノリユキは勘違いしてるね。ほら、ポノラの耳はちゃんと横についてるよ。まあ聴力は悪くないかな。頭のこれは髪の毛だよ。トト族特有の癖っ毛だよ」


そう言って髪を掻き上げた所には、ああ、成る程俺と同じ様な人間の耳が付いている……


「はあ、髪の毛だと!?いや、何かを探るときなど動いていたではないか!家の方角を見つける時なども。どこからどう見ても“兎”の耳ではないか。それが……え?」


「“兎”っていうのは分からないけど。ああ、家の方角はね、特技みたいなものかな。どこにいても大体どの方向に家があるか分かるんだ。動いてたりしたのは……癖?なんか改めて言われると恥ずかしいなぁ」


なんて事だ。動揺し過ぎて兎を日本語で言ってしまった。まあそれはともかく、てっきり耳だとばかり思っていた物が……ああ、驚愕だ。

これは優位な武器を一つ失ったのか?いや、元々無いものを俺が勘違いしていただけか。まあポノラの特技も分かった事だし。しかし驚いた。


「……い。……い」


何だ、声がする。森の中からでは無いな。別の場所、街道方面か。


「声がするな。追手か。どこかでバレたか」


「追手では無いかと。多分街道の警護隊が、蟲の森ブーン・ターシャへと続く人の通った痕跡を見つけたのかと。危険区域に行こうとする人間がいれば普通は捕まえに来るかと」


成る程、追手では無いが見つかると厄介だな。

俺達は急いで森へと入って行った。不気味な程静かな森へ。

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