第33話
空気が澄んでいて、高い空に星がとても良く見える。ここ数日でとんと冷え込んできた為か、吐く息が白い。少し薄着すぎたかもしれんが、飛行服はホロウブロスとの戦いで破れてしまったしなぁ。
スターリッヒ殿の家には既に灯りがついていた。扉を叩き中に入るとスターリッヒ殿とメイ殿が既に待ち受けており、メイ殿は昼に着ていた巫女装束ではなくより動きやすい巫女装束となっていた。ああ、どのみち巫女装束なのだな。そこに少し大きめの
「こんな格好して言うのも何ですが、連れて行くのに不安があれば私はついて行かないかと……」
そうメイ殿が申し訳なさそうに、尻すぼみな言葉をひり出した。
「男に二言は無い。メイ殿こそ、俺達の旅は中々に大変だろうが大丈夫か。俺だって死にかけたのは一度や二度では無いぞ」
「大丈夫だよノリユキ。メイは一流の回復魔法の使い手だから。ノリユキの怪我を治したのだってメイだし、そもそも回復魔法自体が珍しいからね。旅も安全になるよ」
「何、本当か。ならば改めて礼を言おう。命を救ってくれてありがとう」
俺達のやり取りをポカンとした顔で見ているメイ殿。その横でフッフッフッと笑っているスターリッヒ殿。なんだ、何かしたか。
「メイ、大丈夫だ。あんたは自慢の孫で、当代きっての治癒術師だねぇ。そこに怪鳥を屠る怪力の魔法使いと、呪詛結晶体を防御できる結界術師が加われば、大抵の事はなんとかなる。さあ、言うべき事を言うんだ。言霊にしなければ思いは伝わらないねぇ」
よく分からんが、俺も魔法使いに数えられている。そうなるのか。それにまあやはりポノラはやり手の魔法使いだったか。スターリッヒ殿から見ての評価ならまず間違いあるまい。
言葉を受けてメイ殿も、フッフッフッと笑い出した。笑い方がそっくりだ。
「私のせいで死ぬ思いをして、それなのに全く気にして無いなんて、それが可笑しくて仕方ないのだと。それと、メイと呼んでほしいかと。殿なんていらないです」
ばっと顔を上げた。そこにはもう不安げな表情など無かった。
「改めまして、メイと申します。
「メイに出した占いは『山からの便りを待て。便りに示されし人物こそ運命を切り拓く鉈となる』というものだねぇ」
手紙か。ゴブリン族のだな。しかしまあなんと具体的な占いだ。占いというよりも未来予知だな。しかし、王国筆頭魔術師の嫁というのはおそらくかなりの玉の輿だろうに。ううむ、この世界の価値観が分からんから下手なことは言えんな。
すこし考え込んでしまったらメイに脇腹を小突かれた。何を……ああそうか。
「こちらこそ宜しく頼む。ノリユキだ。この世界とは違う世界から来た。言葉は不慣れだ。あんまり長い言葉は喋れないので宜しく頼む」
「ポノラだよ。見ての通りトト族で、今は故郷に帰ろうとしてるの。
挨拶を返すとメイはとても良い笑顔をこちらに向けて来た。そんなメイにスターリッヒ殿は目配せをすると、メイは頷き部屋の奥へと向かって行った。
「……さて、今メイにあるものを取りに行かせている。その前にノリユキちゃん、占ってあげようかねぇ」
「聞かれたら不味いのか?」
人払いをする程だ。いや、だとしたらポノラが残ってるのはどうなんだ。
「本人次第かねぇ。ポノラちゃんは保護者だから聞いておくと良い。占ってみなけりゃ分からないが、教えても良いものだと思ったら後でメイに教えて欲しいねぇ」
こんな小さい子が保護者か……。まあ仕方ないのか?釈然とせんが。
さてさてと言ってスターリッヒ殿の目の前にある椅子に座るよう促された。言われた通りに座れば眉間に何かをグリグリと塗られて、そのままの姿勢で、なんだ、頭の中がなんだか暖かくなってきた。
「……驚いた。『
魔法とは訳が分からんな。今の一瞬で分かるものなのか。しかし新たな可能性か。ポノラを見てもさっぱりといった顔をしてる。
そんな折に丁度よくメイが部屋に入ってきた。
手に持ってるのは外套か?表が灰色で裏が真っ白で綺麗なものを三着。配られた物を手に取る。上等な絹の様な手触りと一目で一流の職人の仕事とわかる細やかな縫目。少し引っ張ってもビクともしない丈夫な作り。綿を持った様な軽さ。間違いなく一等品だ。
「これはホロウブロスの羽を仕立てたものだねぇ。うちの領の腕利きの職人集団が一月かかってようやく三着完成させた。堅牢な表層の羽と柔らかい羽毛を使う事により鎧すら凌ぐ防刃性に暑さにも寒さにも強い空調性能を兼ね備えた、間違いなく当代一の逸品だねぇ。大事な孫娘を我儘で預けるんだ。受け取ってほしい」
「いや、約束を守るだけだ。流石にこれほどの物を貰うわけには……」
「旅に出る以上死ぬ事も覚悟の上だ。それでもなお孫娘に生きていて欲しいという老婆心さねぇ。受け取って欲しい。是非もなく。メイを、よろしく頼んだ」
覚悟をもった目だった。この世界では旅さえ気軽でないのか。死地へと送り込むような悲しさも感じる。軽いはずの外套が嫌に重たく感じた。
「わかった、任せて欲しい。メイは俺が守る」
だからこそ下手な言い訳など出来ない。中途半端も駄目だ。短い言葉でも、心意気を伝えなければ。
俺の返答に満足したのか、スターリッヒ殿は大きく頷き見送ってくれた。見えなくなるまで手を振ってくれた。まだ外は寒い。ご老体には堪えるだろうに。
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