第32話
家に帰るとリンバ婦人が心配そうに迎えてくれた。
それもそうか、突然領主の家に呼び出されたかと思うと、疲労困憊で帰って来たのだからな。正直かなり嬉しい。見知らぬ地で俺を心配してくれる人がいる。ああ、なんと心強い事か。
安心したせいで疲労がガクッと膝にきやがった。根性で持ち堪えたが、リンバ婦人を余計心配させてしまった。反省せねば。
「すまない、話す事があるから聞いてほしい」
そう言って、三人で机に座った。
不安げな婦人には申し訳ないが、ポノラと共に今日あったあらましと、そして明日の明朝に旅立つ旨を伝えた。
「婦人には大変お世話になったが、ゼッパランドが目覚めては再び婦人含めこの村に迷惑をかけてしまう」
「はあ、あの人は若くして
そう言って婦人は台所へと引っ込んでしまった。何か手伝うかと尋ねても「出来てからのお楽しみにしたいから」と入室すら断られる始末だ。
仕方なく寝床で横になっていると、やはりかなり疲れていたのか、ああ、眠い。少し目を瞑ってもバチは当たらんだろう…………
…………良い匂いがする。肉の焼ける匂い。香辛料や香草の匂い。穀物の甘い匂い。他にも沢山。
匂いに釣られて体を起こすと、辺りはすっかり暗くなっていた。しまった、本格的に寝入ってしまった。
「あ、ノリユキ起きたんだ。丁度支度が終わったからリンバさんが来てってさ」
ポノラと共に食卓へ向かうと、そこには見たことの無い御馳走が並んでいた。まず目を引かれたのは大きな塊肉だ。燻した香りの中に花の様な甘い匂いが混じる。見るだけで涎が出る。呼吸をすれば腹が鳴る。ああ、堪らん。
「さあさあ待たせたね二人とも。腕によりをかけて腹が一杯でも食べたくなる様な料理を作ったよ!まずこのお皿が……」
婦人の説明を受けた通りに料理を口にする。
まず一品目。レトレターノというらしい。青い汁物か。これは俺達も収穫を手伝ったレトレトの実をすり潰したものにキノコや野菜を入れた物だ。いや、汁物という程サラサラしていない。擦った山芋の様にドロッとしており、塩の効いたキノコや野菜の旨味が口の中に長く残る。
二品目は生の野菜を使った料理だ。パネドバーナというらしい。色取り取りの野菜を細く切り、三つ編みの様に編み込んであり見た目にも麗しい。そこにピリリと辛いタレを絡ませる。確かに辛いが、決して野菜の味を損なわない絶妙な味加減。辛味の後に野菜の旨味が顔を出す。
三品目はコトコトという穀物をこねて油で揚げたコンタラナという料理だ。中には香辛料の効いた肉団子の様なものが入っており、噛んだ瞬間肉汁が爆発する。
四品目はいよいよ主役のあの塊肉。なんとホロウブロスのモモ肉を燻製にして保存してくれていたそうだ。そこに香りの良い花や香辛料、ホロウブロスの油、ジャンジャンというこの地方の味噌と一緒に独自の方法で蒸し上げると燻製の風味を損なわずに花の香りも漂う極上の肉料理が完成するそうだ。奇跡的に食材が揃ったからこそ作る事の出来た料理の為名前が無いらしい。
最後はプリンとした甘味だ。卵と牛乳と蜂蜜を混ぜて蒸したフルートという料理だ。口当たり滑らかで優しく甘い。今までの食事を全て包み込み、腹一杯なのにもっと食べたいと暴れる胃袋をそっと落ち着かせてくれる優しい味だ。
「ああ、幸せだ……」
御馳走様と言う前に自然と口から溢れでた。特にホロウブロスの肉を食べた時、アグノーを食べて以来の活力が体の底から湧いてきた。
婦人は「そうかい」と言ってニカリと笑った。ポノラはあのちっこい
ああ、幸せだ…………
……
…………
……………………まだ日も昇っていない、夜と言っても過言でない時間帯。婦人を起こしては悪いと思ったが、既に彼女は起きて待ってくれていた。
「行くのかい」
「ああ。本当にお世話になりました」
「ありがとうね」
お辞儀をしようとしたがその前に俺とポノラは婦人に抱きかかえられていた。
「……いつでも帰っておいで。辛い時、苦しい時、ここはあなた達の家なのだから無理をしないで帰っておいで。怪我をしないでね。お腹を空かせるんじゃないよ。決して死へと近づいちゃいけいよ。
嗚咽交じりで語りかけてくる婦人の姿が母と被った。
神風特別突撃部隊に志願したと家族に報告した時、父は誉も高きことだと万歳三唱で送り出してくれたが、母は父の見ていない所で泣いていた。ゴメンね、貧しくて、長男に産んで、何も死ぬ事はないのにと言って泣いてくれた。
異世界で母の様に想ってくれる方がいる。ああ、俺は幸せ者だ。しかし日本男子が簡単に泣くものか。いや、しかし……
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