第22話

上も下もない世界。真っ暗闇の中、何かを映す光の珠だけが無数に浮いていた。それに手を伸ばせども触れることができない。手がなくなっている。俺も光の珠の一つになったのか。


意思もなくふわふわと漂う。光の珠に映されているものは様々だ。あるもには脂の乗った魚を実に美味そうに食べる猫が、別の珠には背広を着た黒んぼが摩天楼の上から(俺が)見た事もない大都会を見下ろしている姿が映されていた。他には大きなトカゲが子供といる姿、冴えない男が美女を侍らせている姿、猿が夕焼けを見る姿など、全く訳の分からない景色ばかりが映されている。しかしそのどれもが、なぜか幸せだと分かるものだった。


この珠に映された者たちは皆一所懸命生きている。思えばゴブリン族の者達も、明確に目的を持っていた。死を覚悟して生を見出すその様は例えようもなく美しかった。


では俺はなんだ。俺には、俺の珠には何が映っているのだ。死ぬべきところで死ぬ事も叶わず、異世界にて目的を為さずして死ぬ男の珠には幸せなどあるのか。


……しかし、そんな人など、いや命などいくらでもあるはずだ。いくら異世界に来ようが、俺も所詮為さなかった命なのだ。ならば延々と此処で漂っているか。そう思えると不思議に意識が微睡まどろんできた。ああ、このまま……


「……キ……ユキ……」


聞いた事のある声だ。どこだったか。だがもう眠たいのだ。眠らせてくれ。


「……ユキ……リユキ……」


どこだったか。思い出せない。思い出した方が良いのだろうか。しかしひどく億劫だ。


「……ノリユキ!目を覚ましてノリユキ!」


日本語?ああ、何だか懐かしい。だがこの声は誰だったか。


「ノリユキ!死なないで!目を覚まして!」


ああ、そうだ、この声はポノラだ。ポノラがなぜ日本語を話しているのだ。

しかしそれは問題ではない。そうだ。目的はまだ果たしていないのだ。ポノラを故郷に送り届ける。最初は成り行きの気まぐれだったが、今は違う。ロブロジャーラ、ホロウブロス、どちらもポノラがいなければあっさり死んでいただろう。いや、その前に食う物の判別もつかず餓えか毒で死んでいたかもしれない。


助けられたのだ。明確に命を救われていたのだ。ならば報いなければ。こんな所で寝ている場合ではない。


気がつけば手があった。足があった。

上も下もないこの空間で、どこに向かうべきかがはっきりとわかった。手足の生えた光となってそこへと真っ直ぐ飛んで行った。


待っていろ。ここで俺は死なない。何も為さずして死ぬものか。待っていろ!

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「……ん」


ひどく長い夢を見ていた気分だ。ここはどこだ。起き上がろうにも全身が気だるい。


「……ノリユキ?」


横で誰かが俺を呼んだ。ああ、そうだ。


「ポノラ、呼んでくれてありがとうな。何とか戻ってこれた」


「ノリユキ!ノリユキ!」


何とか動いた右手でポノラの頭を撫でると、堰を切ったように泣き出し俺の胸に飛び込んできた。


静かな部屋に、嗚咽混じりの俺の名前だけが木霊した。

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