第19話

アグノーの住んでいた山とは違い、ここ双子山は岩山だった。標高的には間違いなくこっちの方が低いのに、木などは数える程しか生えていない。

何かが通った獣道か、または山道らしきものが見える。しかし俺たちはそれを利用せず大きい岩の陰から陰へと忍びながら移り渡っていた。先頭を行くポノラは長い耳をしきりに動かし警戒している。


……しかし相手が飛んでるなら岩陰に隠れたところで意味などないんじゃないか?


所で、今俺たちはポノラの故郷に向かっているはずだ。だが腑に落ちない。

ポノラと出会ったのはアグノーの山だ。そこからポノラの指す方向目掛けほぼ真っ直ぐに来ている。仮にポノラが故郷から真っ直ぐあの場所に来たとしたら、ロブロジャーラの森やホロウブロスの住むこの双子山を通っているはずだ。

しかしまるでそいつらが住んでいる事を知らなかったかの様な素振り。偶々出会わずあの場にいたのか。それとも違う道から来たのか。はたまた故郷に帰る途中であったか。


……糞。言葉が通じないのはやはり不便だ。聞きたいことは山程あるのに。早く習得しなければ。


そんな事を考えているとポノラが突然その場にしゃがんだ。釣られて俺もしゃがむ。そこはかなり大きな岩の陰。

ポノラの耳が仕切りに動く。遂にホロウブロスがいたのか?怪鳥というからには鳥なんだろうが、鳥の影など……。


ドドド……


ん、何かが聞こえる。山の下の方からだ。徐々に大きくなって、加えて地響きまでしてやがる。何かが走って来てるのか?


ドドドドドド……


近付いて来ていやがる。しかもこれは複数の足音だ。息を潜め岩の陰でそれらを待つ。



ドドドドドドドドド!


目の前を通り過ぎる何か達。土煙を捲き上げながら、一体、二体……全部で十八体。

そいつらは脚の長い鶏の様な姿で、馬の様に速く駆けて行った。山道と思ってたのはこいつらの通った跡だったか。

体色は黒やら白やら茶やらで、真っ赤で立派な鶏冠とさかを生やしていたのが先頭を走っていた。

驚くのはその大きさだ。昔、上野で見た象と遜色ない大きさ。あれ程の巨体が馬の様に速く走る迫力と来たら圧巻の一言だ。うむ、確かにあれは怪鳥だな。


「ポノラ、あれがホロウブロスか」


足音が遠くなり、姿が完全に見えなくなったのを確認してそう問いかけた。

問いかけながらも、俺は少し安堵していた。

仮にあれがホロウブロスなら、まあなんとかなりそうだ。ロブロジャーラと比べると、なんというか威圧感が無い。対面していない所為もあるだろうが、それでもまあ勝てる自身があった。

だが、俺の問いにポノラは大きく首を横に振った。


「……ココロコッコ。ダ、ココロコッコイエ」


あれがホロウブロスでは無かったのか。そう思った時だった。


大きな振動と共にドンっ!と何か大きな物が落下した音がすぐそこからした。


岩陰から少し身を乗り出し音の方を見ると、そこには先ほど通過したココロコッコが横たわっていた。鶏冠の大きさからして後ろの方を走っていた奴か。グッタリとしてピクリとも動かない。


周りには崖なんて無いし、ココロコッコの見た目からして飛べるとは到底考えられない。自然落下ではなく、何かに落とされた?


その考えに至った時だった。


「キャラララルル!」


甲高い鳴き声と共に突風が吹き荒れた。慌てて岩陰に再び隠れるが、遅かった。


何かが横たわっているココロコッコの上に降り立った。紅く、巨大な怪鳥。ココロコッコよりも遥かに巨大な。翼を広げたら象三頭分はありそうだ。二本の長い冠羽は怒髪天の如く逆立ち、首元の羽は獅子のたてがみの如く毛羽立っている。片側三つ、合計六つある猛禽類の眼は全て俺の方に向いており、怒りの形相を表している。湾曲した鋭い嘴は太陽を反射しギラリと怪しく光り、四本の脚から生える鉤爪はココロコッコにしっかりと食い込んでおり、そこには血が付いていた。


何故か俺に敵意を向けるそいつは間違いない。圧倒的威圧感を放つそいつは間違いない。


「ホロウブロス……」


ポノラの言葉がやけに大きく聞こえた。

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