第17話
ポノラの謎が益々深まる。まだ幼い子供なのに、猛獣の住まう山に一人でいた。その上この辺りの出身では無いそうだ。仮に一人であの場所まで来たとして、ロブロジャーラの巣を越えて来た事になるぞ。あの怯えようから考えて、独力で何とかした様には思えんし……。
まあ分からんもんは分からん。幸い家の方向は分かる様だし、言葉を学びながら探っていけば良い。
さて、あれだけ勿体ぶって出した情報とやらがら町に出ると差別されるから気を付けろというのだけではあるまいな。
そう思い改めてアンドバに目をやると、こちらの考えが伝わったのかビクリと体を震わせた。
『いえ!まだありますとも!そ、そうです、お連れの方の故郷を探すのなら、この洞窟から北に双子山という二つ瘤の大きな山が見えます。その山を越えた先に小さな村があるので、そこに立ち寄ると良いでしょう。そこには高名な占い師がいるので、きっとあなたのお役に立ちます。人間なのに、中々に高尚な人物で、珍しく差別のしない人です。その村ならお連れの方も耳を隠す程度で大丈夫でしょう。今紹介状を書きますので、少しお待ちください』
有用な情報だが、事前に用意していた情報ではないな。まあ望む情報と最初に言っていたし、こちらの質問に答えるのが前提だったのだろうな。
アンドバは白木の板に指に付けた黒い液体で何やら書いている。ミミズの這った様な字で全く読めないが、この世界の文字なのか。
書き終えた物を渡される。2通あるな。ミミズの這う方が手紙で、もうひとつは地図か?
『これは山の抜け道の地図です。双子山の谷には怪鳥ホロウブロスがいるので、抜け道を通ってください。古くから伝わる、自然洞窟を利用して作ったゴブリン族しか知らない抜け道です』
「……自然洞窟を利用って、人間がこの村に来たのはそこを通ったんじゃないのか」
『なあに、それは絶対にありません。巧妙に隠してありますので。ホッホッホ』
怪鳥の住まう山、人間の村にゴブリン族、そんな状況で万が一洞窟を見つけられたら、間違いなく利用されてしまうと思うがな。古くから伝わると言うことは、それだけの間バレるかもしれない可能性に晒されていた訳だ。
まあ、本人達が気にしてない事を考えても仕方あるまい。この考えも伝わっているのに気にしていないと言うことは、そういうことなのだろう。
さて、ポノラの事が少しわかった。行くべき所も目処が立った。今知っておくべき事は何があるか。……そうだ、防衛上大事な事だ。
「聞くが、魔法とは一体なんだ。誰もが使えるのか」
もし魔法が誰でも使えるのであれば対策を練らなければならない。マリティの時の様に名乗ってはならないなどの罠があっては敵わん。
『魔法とは何か、ですか。それは非常に難しい質問です。我々一族の間では神から賜りし豊穣の手立てと伝えられています。才能あるものは生まれながらに何らかの魔法を使えるのですが、多くの者達にとってはまず使えないものです。何らかの規則性を持たせた道具をほんの少しでも才能のある者が使う事により発動する事もありますな。この意思疎通の魔法もそうです。幸い私には生まれながらの魔法は無いにしても、この道具を発動させる程度には才能があるのです』
成る程な、マリティは才能があり、曲がってきた矢などは魔法の道具のようだ。とすると結界を張ったポノラにも才能がある訳か。
しかしこの情報はでかいぞ。誰もが使えるものではないという事は、使える人間はそれなりの地位にある可能性が高い。一般人まで警戒する必要が無くなったぞ。
『ど、どうでしょう。我々の情報はお役に立てたでしょうか』
心内でしめしめと思っていると、アンドバが俺に恐る恐る訪ねてきた。
まあ、かなり有効な情報であったな。
「礼を言おう。それと、脅すような真似をして悪かったな。約束通りポノラを連れてすぐにあの集落を去ろう。あとな……」
机の上の石をひとつズラす。意思疎通の魔法が切れた事が感覚で伝わった。
「死を覚悟して戦うのは立派だが、死ぬのは怖いぞ。経験したからこそ言えるが、本当に怖いんだ。できる事なら貴様らもあの村から手を引く事を祈る」
戦いに行く前の戦士の指揮を落とすのも粋ではない。顔を見れば伝わっていない事もわかる。それに、故郷を奪われながら、しかも敵が目の前にいながら、指を咥えているなどできやしないであろう。
石を元の場所に戻す。意思疎通の魔法が繋がったのが分かった。
「幸運を祈る」
こうして俺はゴブリン族の洞窟を後にしたのだった。
さて、集落に戻る。成る程な。暗がりで色まではハッキリしないが、あの青から漂う刺激臭はゴブリン族の血の匂いで間違いない。
ゾクっとした。それに気付く前と後では、ここが酷く禍々しい場所に見えてきた。文字通り血塗られた集落。おおよそ、まともな気がしない。
家に戻り素早く荷を纏める。洗濯してもらっていた服はまだ生乾きだが、取り敢えず丸めてそこいらの布で包んだ。布は拝借してしまおう。
次に眠っていたポノラを起こさないようそっと抱きかかえ、寒くないよう布団を羽織らせる。
そして音も無く集落を出た。
随分離れ、空が少し白み出す頃、ふと後ろを振り向いた。集落のあった場所からは黒い煙が立ち上っていた。
「……ラ、ブライマンイエ。ラ、バンガインイエ……」
気のせいか、そんな言葉が聞こえた気がした。ポノラはまだ眠っているというのに。
気にしていても仕方がない。今は双子山へと歩みを進めるのみよ。
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