第16話

「ふ、ふん。あの集落が血塗られたとか、貴様らの過去だとか、それがなんだと言うのだ。大方俺がここに来るのを予想していたのだろうに、そんな話をする為にわざわざこの液体やら机やらを用意したのか。第一、俺は貴様らの同胞を殺した男だぞ。敵だぞ。そんな男を目の前にして話す様な事か」


俺は語気を強めて言う。言葉に出しても意思疎通の魔法は効果があった様で、アンドバは大きく横に首を振った。


『まず、我々はあなたを敵と思っていない。間が悪かったと言ったが、それでも先に手を出したのは我々だ。それに我々は知っている。密偵からの情報では、あの村の人間に私刑リンチを受けている同胞に、祈りを捧げてくれていた事を。まあ密偵からの情報では強さが分からなかった為に、大事な戦力を失う羽目になったのだがな』


ぐふふと悲しげに笑い、さらに言葉を繋げた。


『あなたがあのまま村を去ったなら、我々は力になろうと思っていた。だからだが、あの村の味方をするなら、いくら祈りを捧げてくれた人とて容赦はしない。そう思って夜襲をしかけたが返り討ちだ。その上で、大変虫が良いのは承知しているのだが……』


その言葉の後に、その場にいたゴブリン族全員が片膝をつき、右手は前に、左手は腰に付け俺に向けこうべを垂れた。

意思疎通の魔法のお陰でよく分かる。これはゴブリン族流の土下座だ。いや、こいつらにとっては切腹に当たる程に重い誠意の見せ方らしい。一体何を言われるのだ。


『我等の戦いから手を引いて欲しい。今夜、日の昇る前にあの村を去って欲しい』


「……やはりか。しかしなぜ今夜だ」


『長い戦いで我等が一族もかなり減った。それを知ってか、あの村の手練れは我等を滅ぼそうと居住地を探しに村から出ている。戦えぬ者達の疎開は済んだが、手練れのいない今、我等にとって今日こそが奪還の最後の勝機だった。しかし明日ならまだ何とかなるかもしれない。そんな中で、あなたを相手にしたく無い。それにあなたの仲間を巻き込まない自信も無い』


ポノラの安全の為でもあるか。しかし、ううん、こいつらの話は十中八九本当であろうが、それでも片一方の意見だけを信じて良いものなのか。


『勿論、タダとは言いません。あなたの望む情報を、我等が知る限り教えましょう。旅人よ、いや、異世界からの招かれ人よ、あなたにとって今何よりも必要ではないですか』


なるほどな。意思疎通の魔法というのはそこまで分かるのか。確かに情報は必要だ。言葉を理解するまでに時間はどうしてもかかるからこそ、今伝わる内に知りたい事を知れるのはありがたい。しかしだな……


「何様だ貴様ら。同情話で気を引き、頼みをすると言いつつ俺が断り難い報酬を用意し返事を誘導する。まるで手のひらで転がされている気分だ。非常に不愉快だ。元々は貴様らを滅ぼす気で来たんだ。立場をわきまえろ」


なんで俺が弱みに付け込まれなければならないんだ。

怒気をはらんだ声を、怒りを映した瞳を、畏まっているこいつらに向ける。すると皆ビクッとして冷や汗をかき出した。ヒョロっとして奴と逃した奴に関してはションベンをチビってやがる。

誰もが体を降着させている中、アンドバだけが何とか顔を上げた。震えながら、何とか震えた声を絞り出した。


『も、も、申し訳あ、ありません。じょ、情報は渡しますから、何卒、何卒……』


「ふん、ならとにかく話せ。情報を聞いてからなら、俺も今夜去るかどうか考えてやろう」


『は、はい。ま、まずはあなたのお仲間の事ですが……』


おお、ポノラの事か。それは確かに重要だ。どうもあの集落はポノラの故郷ではない様だし、中々に言葉の通じない今、ポノラの事を知れていれば何かと役に立つしな。


『あの集落では騒がれませんでしたが、"トト族"

が歩いていては騒ぎになります。下手すれば人間に捕まり見世物にされるでしょう。なぜあなたがトト族を連れているかは分かりませんが、十分気を付けてください』


「うん?いやまて。トト族というのが民族の名だとして、なぜ人間と分かる。その言い方だとポノラが人間では無い様に聞こえるでは無いか」


『人間は人間ですが、あの村の連中が"ニンマ族"というここらで一番栄えている民族で、奴等は自分こそが人間だと言い張って聞かないのです。我々としても他の民族としても、そもそも人間という組分け自体ニンマ族の概念ですので、皮肉を込めてニンマ族を人間と呼ぶのです』


なるほどなあ。世界が変われば常識も変わるものだ。前の世界よりも民族での見た目が大きく違うこの世界では、そもそも人間と括ってしまう方が都合の悪い事なのか。

そんな事を考えていると、長老は恐る恐るといった様子で俺に訪ねて来た。


『あのう、何故異世界人のあなたがトト族を連れているのでしょう。意思疎通の魔法でも今一読み取れなくて』


「ん、それはだな、ポノラには恩があるからせめて故郷まで無事に連れていってやろうと思ってだな」


『ええ!?トト族の故郷ですか!トト族といえばはるか南方に国を構える民族ですよ。少なくとも、この辺りには絶対にありません。あの村に捕まっている同胞を除き、我々の中にも本物を見た事のある者などいないでしょう』


なに!?それではいったいなぜあんな所に一人でいたと言うのだ。

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