第15話

洞窟に入ってすぐにギャーギャーという声が聞こえてきた。罠では無く、本当にこいつらの拠点だったのか?

岩陰から声のする方を覗く。ギャーギャーという声が大きくなる。松明の明かりが時折揺らめき、映し出された影が不気味に肥大する。


声は一つではないな。逃した奴は一番大きな声で喚いているが、それに混じって非常に落ち着いた声も聞こえる。非常に圧迫感のある声もする。先程殺した大鬼と同等か、それ以上に強い奴が少なくとも二体はいそうだ。どうにか姿を見れないものか。

と、考えていた時だった。さっきまで散であふれていた声がピタリと止まった。突然の静寂。そして、こっちに向かう足音。バレた?だが、足音を微塵も隠す気がない、そんな音だな。遠慮がない。様子見にしてももう少し慎重になるだろうに。


紋様は既に光ってしまった。あれがどれくらい保つかは分からんからこそ、出来れば温存したい。戦わなければ万々歳だが、それはそれで対話が可能なのか?ポノラがいれば、いや、言語が異なるようだし無理か。


足音が近づく。あと10歩もしないうちにこの場所に着くか着かないかという距離だ。ここはもう、先手を打って斬り捨てるか。グッとアグノーの爪を握る手に力を込める。


その時だった。ガシャンという金属が落ちる音。丁度、今俺のいる所の真横からだ。何だ、剣?先程大鬼が持っていたのと同種のものだな。


「ギャルアヤヤ、ギャルアヤヤ」


何を言っているかは分からないが、明らかに俺に話しかけている。敵意を感じない。罠かもしれないが、ここは一つ乗ってみるのも手ではないか。

岩陰から身を出すと、あの大鬼よりもさらに一回り大きい奴が二体と、反対に小さくひょろひょろな奴が一体、それにひどく年老いた小鬼が一体。そいつらがこっちの方をジッと見ていた。……お、後ろの方にさっき逃したのがいるな。

全員武器を持っていない。それに手を上にあげて、これは降参を表しているのか?


「さて、念のため聞くが、言葉はわかるか。分からなければ……ううむ、また身振り手振りで何とかしなければならないのか」


試しに話しかけてみる。するとひょろひょろの奴が少し近寄ってきて、俺に向かって手招きをしてくる。何だ、木で出来た粗末な机がある所まで来いというのか。机の上には木杯2つと、色取り取りの石が並べられている。警戒しつつ机の前まで行くと、年老いた小鬼が木杯に何やら液体を注ぎ始めた。


「ギャロロ」


年老いた小鬼は木杯を俺に渡してきた。飲めということか?うーむ、しかしなぁ。

躊躇っていると、年老いた小鬼がもう一方の木杯を手に取り、中身を一気に飲み干した。安心しろという事か。毒でないと自ら証明したのか。

少し赤みを帯びた液体だ。匂いは特にしない。それにあま嫌な予感もしない。ええい、男は度胸!一気に飲み干す!うん、まあ中々美味いじゃないか。


全て飲み干した時だった。机に置かれていた石と、年老いた小鬼が光り出した。いや、俺も光ってやがる。魔法か。何の魔法だ、やはり罠だったか。


『罠ではない、旅人よ』


な、何だ、頭の中から声がする!魔法のせいか?気を狂わす魔法か!?やはり罠ではないか!


『だから罠ではない。精神感応テレパシーという相手と意思疎通を図る為の魔法だ。私はゴブリン族の長老の『アンドバ』と申す。どうか、私の話を聞いてほしい』


「日本語で聞こえるぞ!日本語が分かるのか!」


『いや、分からないが、これは分からなくても通じる魔法なのだ。頼むから聞いてくれないか』


う、俺とした事が取り乱してしまったか。しかし便利なものだ魔法とは。こんな物があれば、敵の作戦も全てわかるのだが……いや、こちらの思考も読まれてしまう様だし、何とも言えんな。


『いや、この魔法はそんなに便利なものではない。条件がいくつも揃わないと無理なのだ。……さて、いい加減話しても良いか』


そう言ってアンドバと名乗ったゴブリン族の長老は語り始めた。


『旅人よ、あなたがここに来た理由は我々を滅ぼす為であろう。そして、それを実行に移す力がある事も知っている。聞けば我が一族の四天王が一人、勇者ガンドドとその従者を瞬く間に殺したそうだな。しかもその手に持つは霊獣アグノーの爪ではないか。アグノーを仕留められる人間に、我々では束になっても敵わぬだろう』


「確かに、俺は貴様らを滅ぼそうとした。しかし先に喧嘩を売って来たのは貴様らだろう。幼気いたいけな娘達だけでなく、俺の恩人も拐おうとし、あまつさえ寝込みを襲おうとされたのでは黙っておれん」


『幼気?あの村の人間がか?あなたの恩人とやらを拐おうとしたのは素直に謝ろう。寝込みを襲おうとしたのも間が悪かったという事で許してほしい。だが、あの村の連中は悪魔だぞ。赤子から死にかけの老人まで、すべからず悪魔ギャギャアー!」


アドンバはドンっと机を叩きつけた。同時に石の配置もズレてしまった。それがいけなかったのか、意思疎通テレパシーが切れてしまった。あのヒョロッとしたゴブリン族が慌てて石の配置を戻すと再び使える様になったが、成る程、この石が魔法陣がわりで、しかも中々に繊細なのだな。


『……うむ、失礼した。だが聞いてほしい。奴らは悪魔なのだ。元々この地には人間などいなかった。霊獣アグノーの住まう山と大蛇ロブロジャーラの潜む川を越えるか、怪鳥ホロウブロスが巣を作っている谷を渡るかしなければ辿り着けない地なのだ。しかしどういう訳か人間が現れた。奴等は我々の土地を奪い、同胞を殺した。奴等の家が青いのは、我々の血を塗料としているからだ』


「……俄かには信じられんな。第一血が青いなど……」


『火を強くするのだ』


ギャァとひと鳴きして、周りの奴らが松明の数を増やしていった。少し薄暗かった洞窟が昼間の様に明るくなった。しかしなんだ急に。


『あなたは先程我等の四天王が一人、勇者ガンドドを殺めている。さあ、自分の服を見てくだされ』


言われて見てみると、確かに服についている返り血は青い。この青は集落に塗られていた青とそっくりだ。

ああ、つまりだ。あの集落は単に青い訳ではないのか。壁も、屋根も、全て血塗られた青だった訳か。

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