第9話
倉岡さんが家に来てから、もう一週間と少しが経つ。 体育で競えば負けるし昼休みの平穏は帰ってこないけれど、まあ平和なものだ。
以前襲われた蝕手にしてもあれ以来何事もなく、果たしてあれは本当に現実だったのかと疑いさえする。
あんな怖いもの、夢なのであればそれに越したことはないのだけれど。
「ごちそうさまー」
「あんた食べるの早いね。 ちゃんと味わってる?」
「味わってるよー。 仁美ちゃんのご飯美味しかったよ?」
「そりゃどーも。 っておい、どこへ行く」
皿も片付けずに。 せめて下げ膳はしなさいよ。
「どこ、って。 お風呂だけど?」
「そんな当たり前じゃん? みたいな顔をするな。 言っとくけど、一番風呂まではあげないからね」
「え? いいの?」
途端に目を輝かせる。
「はぁ?」
「仁美ちゃんの浸かったお湯に、じっくりと入らせてもらっていいの……?」
「わかった、悪かった、先に入れ。」
「もー、そんなに私の入ったお風呂に浸かりたいのー?」
「黙って行けよ……」
「あはは、はーい」
やれやれ、と頭をかく。
一人の安息はこうして壊されてしまったし、家事は普段より面倒になった。
……でも、正直なところ楽しさも感じている。
こんなことは本人には言えないけれど。
皿を下げ、水に漬ける。
一枚ずつ洗いながらも、なんだか口元が緩んでしまう。
浴室の方からは鼻歌が聞こえる。
まったくあの子は。
ふとテレビに耳を傾けると、どうやらまた家屋が倒壊し家族が亡くなる事故があったらしい。
「最近多いなぁ。」
なんでも、柱が突然折れて中に居た人たちは揃って轢死してしまっているとか。
インターネット上では様々な憶測が飛び交っていると高坂が言っていたけれど、あいつの話に興味は無いので内容は覚えていない。
「仁美ちゃーん、タオルと着替えー」
……それくらい用意していけよ。
「仕方ないなぁ……今行くよー」
まったくあの子は。
確かあの子のカバンは……
私は黒いリュックサックを開け、中身を外に掻き出した。
パジャマと下着を掴み、バスタオルと一緒に脱衣所へ投げ込んでやる。
「ほら、風邪ひかないうちに着替えちゃいな」
「へへ、ありがとう」
「ったく……」
「へっ!?」
「ん?」
私は、無意識に頭を撫でてしまっていた。
「な、なに?
「あー、いや。 妹みたいだなぁ、と。」
「妹。」
「いや、実際にはいないからそんな感じかなってだけなんだけどさ。」
「へえ、妹ね」
にやりと笑みを浮かべる。 なんだその表情は。
「なってあげてもいいよ? 妹。」
「別にいい」
「なんでよー! 妹みたいって先に言ったのそっちじゃんかー!」
「欲しいとは言ってないし。」
「ちぇー。 ……でもさ」
「うん?」
「友達、だよね? 私たち。」
「……そうかもね。」
「へへ、ありがとうね」
本当に、この子は。
私はもう一度、頭を撫でてやった。
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