第8話

拾う。 拾う。 ネットぎわを狙う。 拾う。


「お、おい……あの佐藤が防戦一方だぞ……」


っるさいなぁ……私だって


「やられてばかりじゃあないんだよ!」

緩く上がった物を認め、近距離から敵陣に叩きつける。


「やるじゃん、倉岡……」

「佐藤さんも思ったよりやるね? ……じゃあ、これならどうか、なッ‼︎」


それは見えなかった。

体が反応しなかったことの比喩では無い。

確かに見えなかったのだ。


「な……っ」

「ふっふっふ、如何で御座いますか?」

「……負けました…」

「なにー?」

「負けました‼︎ 二度も言わせるな‼︎」

「やったー!」


「う、うおおー! すげえ! 佐藤に勝ったぞ!」

「最後のあれ、見えなかったぞ⁉︎」

「すげえ!」


「……ちっ」

「舌打ちとはガラが悪いですねぇ?」


高坂がニヤニヤと話しかけてきた。


「うるさい……下がってろ……」


「怖い怖い」

手をひらひらとさせて去っていった。


……負けるとは思わなかった。

運動は自信があったのに。


「じゃ、佐藤さん! カレーパン三つね!」

「はいはい……」

「次も勝つからね!」

「はっ、そう何度も負ける私じゃあないよ?」


「……あー、お前ら熱くなっているところ悪いが」

体育教師が声を上げる。


「そろそろ時間だ。 終わったなら片付けて整列!」


「なんだよー……ちくしょう。」


せっかく良いところだったのに。

まあいいや、なんか今日連戦したところで勝てる気あんまりしないし。


「そんじゃ、今回の試合の反省点と改善方法を各自プリントに纏めて提出な。 あー、体育委員の高坂はちゃんと全員分集めてくるように。 減点するからな?」


「えっ⁉︎ 俺が減点されるんすか⁉︎」


笑いが起こる。

この体育教師は冗談が好きなようであり、また性格の気さくな点からも生徒に好かれている。

私も嫌いではない先生だ。


「とりあえず以上だ。 他の教室ではまだ授業中だろうから静かに帰れよ。 解散!」





今日も授業は全て問題なく終わった。

強いていうなら私が転校生にボロ負けしたという問題はあったが、まあ瑣末なものだ。


「いやー、佐藤さん思ったより強いんだねー。 負けるかと思っちゃった。」

「こっちは勝てるかと思ってたのにあれだから参るよ、本当に……」

「あはは、ごめんねー? あ、そうだ。 佐藤さんこれからヒマ?」

「別に暇だけど。 なに?」

「一緒に喫茶店行こうよ。 よく行くところがあるんだ」

「はぁ。 まあいいけど。」

「決まり! やったぜ」


喫茶店、か。 私はあんまりお洒落なところは気が引けてしまってなかなか入れない。

が、まあこの子は慣れているようだし一緒であれば問題は無いだろう。





「ここだよ!」


そこは郊外、ぽつりと立つ古めかしい建物。

看板には『小狐茶屋』とある。

入り口を開くと、ちりんと小気味好い音が鳴る。

ほー、と見回す。

内装はアンティークが基調の落ち着いた雰囲気だ。

明治の頃の喫茶店みたいだなぁ、とよくわからない感想を浮かべた。


適当なテーブルに着くと、店員がお冷やを持ってやってきた。


「ご注文がお決まりになったらお呼びくださいね。」


そう言った店員は和装に狐面をつけていた。

では、と言って裏にひっこんだ店員を見送る。


「珍しいね、お面つけて接客なんて。」


「でしょう? 私、ここの雰囲気が好きなんだよね。 手頃な広さに落ち着いた感じ、またあの格好が素敵じゃない?」


そうだね、と返す。

聞くと、どうやらこの喫茶店は親子で営んでいるものらしい。

さっきのは娘さん、かな?


「実はねー仁美ちゃん。 私、体育でさぁ」

「む、負けは認めたじゃん。 なによ。」


違う違う、と手をひらひらする。


「私、ちょっとズルしたんだよね。」

「はぁ……?」

「うーん、魔法、じゃないんだけどさ。」


大丈夫か、この子。

何を言っているんだろう。


「あはは、そんな目で見ないでよー。 まともだってば。」

「……魔法ってどういうことよ。」


「蝕手の話はしたよね。 悪い感情が、その感情のままに形をとって感情のままに人に危害を加える。」

「聞いたね。」

「じゃあ、他の感情は何も影響を及ぼさないのかって言ったらそうじゃなくってさ、えっとー」

「ちゃんと纏まってから話しなさいよ……」


「あははー。 えっと、人が感情を抱いた時、またそれによって何か行動を起こした時。 その感情の残滓が周囲に残る。 それによって形を成したもののひとつが蝕手。 で、他の感情、うーんと……たとえば怒ったときにでる火事場の馬鹿力とかならわかりやすいかな?」


「大丈夫、既によくわかんないから。」


「とにかくね、人の感情はうまく扱えば凄いことができるのよ」


「へー。で、結局あんたは何をしたの?」


「その辺に転がってた怒り、熱意をベースに身体能力をちょーっと強化して、周りの人が抱いた好奇、尊敬、驚嘆で一撃を強化したの。 ほら、あの一番最後の速かったやつ。」


「よくわかんないけど、あんたは魔法でズルをしたんだよと。」


「それで合ってるかな。 お詫びに一杯奢ってあげるよ」


「ん。 大人しく奢られとくよ。 ……ねえ」

「なぁに?」

「その魔法ってさ、私にも使えたりするの?」


「うーん……どうだろうね? 具体的にイメージを浮かべて、それに合う感情を集めてこう、そのイメージが起こることを信じる……?」


「感情を集める……?」


「そうとしか説明できないんだってー」


「まあいいや。 奢ってくれるんでしょ? 頼もうよ。」


そう言ってメニューを開く。

コーヒー、紅茶、和茶、あとは軽食などがあるようだ。


「決まった?」

「ん。」

「はーい。 お姉さーん!」


裏から狐面の娘さんが出てくる。


「お待たせしました。 ご注文は?」

「カプチーノください!」

「私は茎茶をお願いします」


「ふふ、承りました。 お待ちくださいね」


「茎茶かー、シブいね?」

「コーヒー飲むと眠れなくなるの。」

「おこちゃまだー」

「うっさい。」


失礼なやつだ。 と目を外へ向けると、どうやら日没も近いようだ。


「お茶飲んだら、帰ろうか。」

「今日のご飯ハンバーグがいいなー」

「はいはい、わかったよ」

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