第5話

扉の弾け飛んだ入り口から、それはのそりと入ってきた。

人間の体。蜘蛛のような脚。鋭い牙。

窓から差す月明かりに照らされ、それはそのおぞましい姿をありありと晒している。


「……。」

先程のコンクリートを抉った力。 そしてそれを可能とする牙と脚力。


迎え撃つしか無いのはそうなのだが。


「どうしたものかねぇ……」


と、相対するそれが脚に力を込めた。

そう認識するとほぼ同時に、目の前に顔があった。

跳躍した蜘蛛の腹の下に潜るようにして躱すと、後方の壁が破壊される。


「速いし……強い。 どうしようかね。」

刀をするりと抜く。

居合刀。 型の練習用に日本刀を模して造られた刀身は鉄、刃の無い刀。


「鈍器としてはそこそこ、だが…」


こちらを見据え、構える大蜘蛛。

速さ、力、どちらを見ても受ければお終い、だろう。

「でも、考えてたってどうしようもないよね。じっとしてたって殺されちゃいそうだし。」


脚に力を込め、正面に構える。

再び飛びかかってきた蜘蛛を横目にいなし、側面に回ると、地を蹴り出し蜘蛛の前足に思い切り袈裟を浴びせる。

と、耳の裂けそうな声を大蜘蛛はあげ、退いた。

目をやると、おぞましいそれの足が、体を離れ床でのたうっている。


「脚が、斬れた?」


思っていたほど硬くは無いようだ。

「しかし、好都合!」


素早く間を詰め、もう一本の足を切断、蜘蛛が体勢を崩したところに、本体の顔面へ真っ向から振り下ろす。


頭は破れ、鮮血が噴き出す。 大蜘蛛はもう一度声を上げると、地に伏し動かなくなった。


「思ったよりも、呆気なかったな、はは……」

安堵すると、腰が抜けてしまった。


「あはは、ちゃんと緊張してたんじゃん……」

目の前に伏す大蜘蛛の脚が、崩れていく。

黒い粒子に散った後には、人の服だけが残った。


「……。」


と、私はそら恐ろしくなった。

私はもしかすると、人を殺めてしまったのではないだろうか。

確かに相手は異形の姿であったし、こちらを恐らく殺そうとして向かってきた。

だが、確かに頭を割ったのは私だ。


そう思うと、急に手が、体が震え始めた。

刀は手から落ち、かしゃりと音を鳴らす。

頭は痺れたようになり、呼吸は乱れる。


「大丈夫だよ。」


不意に声をかけられる。

はっとそちらを向くと、見慣れない少女が立っていた。

浅葱色に仄かにきらめく髪、碧色の目もわずかに光を帯びている。


「大丈夫、君が無事で良かった。 あれはね、人の心から生まれて人に取り憑き、人を殺しちゃうものなんだ。」


なにそれ、まるで

「妖怪……?」


「あはは! そういう解釈でも良いのかもね。 と、紹介が遅れたね。 私は瑠奈。 倉岡 瑠奈。よろしくね」

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