第4話

「……で、今度は家にバッグを忘れたと。」


「すみません……」


「ふむ……まあいい、忘れ物に関しては明日持ってこい。 当然、減点はするがな。 ほれ、さっ

さと帰れ。」


「あ、先生、これ」


「あん? うちの生徒手帳か。 落し物か?」


「はい、さっき拾って。 でも学年と苗字しか書いてなくて」


「ほう、倉岡……どのクラスだ? わかった、預かっておこう。 もう暗くなる、女子はさっさと帰れ。 まあ、お前の足なら大丈夫だろうがな。」

先生はぐっ、と親指を立てる。

「先生にまでそんな印象が……?」

「印象も何も、お前体育の成績だけは良いじゃないか。 ははは。」

「はぁ。 では、失礼します。」

「おう、気をつけて帰れよ!」



冷たい風が頬を撫でる。


「ついこの間まで夏だったのになぁ。 さ、帰ろ帰ろ。」


すっかり日も落ち、空は星を映し始めている。 冷たい風に、もはや秋の匂いはしない。


肌寒さを感じながら歩みを進めていると

何かが耳につく。


聞きなれない音にそっと耳を澄ませると

ずる、ずる、と 何か重たいものを引きずるような音がする。


音のする方、眼前の外灯に、ゆっくりとそれは照らし出される。


それは人だった。

人が腕で灯りの下に這い出てきた。

いや、そうではない。

うつ伏せに倒れ、右腕を前に放り出したような格好をしたその人の右腕からは、黒く大きな虫の脚のようなものが四本飛び出ている。


それが、その人を引きずり歩いていたのだ。


脚に引き摺られてきた物、その後方には血の道が描き出されている。


手の甲に浮かぶ、人の『目』のようなものが、こちらをじっと見据える。


「ひっ」

小さく悲鳴をあげると、私はさっと踵を返し走り出した。

後ろからはまだあの音がする。

追ってきているのだ。


必死になり走り続けるが、後ろの音はちらとも遠ざかる気配を見せない。


「とりあえず、どこかに逃げなきゃ」


辿り着いたのは、学校。

門を飛び越え昇降口へ飛びつく。 が、既に施錠されている。

「っ、ダメか 」

校舎を見上げるも、明かりは認められない。

教員は早くに上がってしまったようだ。


「‼︎」

背後に、足音が迫ってきている。


どこか、どこか無いのか。


……確か、武道場の扉をふざけた生徒が壊したとか聞いた。 もしかしたら。


突如身の前のそれが飛びかかってきた。

なんとかそれを交わす、と。


校舎の壁が大きくえぐられた。


見ると、それには変化が見られた。

人間の胴体から八本の脚、人間の顔面には複数の発光する球がある。 さながら巨大な蜘蛛のようだ。


不快感を感じさせるその姿に少し怯むも、直ぐにまた走り出す。


思えばさっきから私はなぜこんなにも冷静でいられるのだろう。

このような非現実的な出来事、とっくにパニックを起こしていてもおかしくはない。


「きっと、この御守りのおかげ……」


亡き祖母の遺してくれたこの御守りが、きっと私を護ってくれているのだ。


何度か蜘蛛を躱しながらも武道場に辿り着く。

扉に手をかけ、横に引く。

「開いた!」

中に入り、戸を閉める。


直後、扉に衝撃音。

体当たりをしてきているようだ。


「やっぱり、あのナリじゃ扉は開けられないよね。」


しかし、あの力では破られるのも時間の問題だ。 何か……


「そうだ、剣道部が使っている居合刀!」


うちの学校の剣道部は居合の活動も行っている。 私自身も多少は刀を扱える。 あの力……木刀が通じるかは怪しい。 それにここに隠れてしまっては逃げ場は無い。


扉が破れ飛んだ。


壁にかかる居合刀を手にかける。


「さぁ……かかってきなよ」

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