0 part アルト(2)

「ぼく、このお見合い受ける」


 真剣な顔で意を決して言うと、グレイスは澄まし顔を微塵も動かさず、では、と使用人を呼んで早速荷造りを始めた。


「えっ、何? もしかして」

「今回はこちらのお屋敷ではなくお相手のところへ伺うことになっています。準備が整い次第、出発いたします」


 バタバタ出入りする使用人たちの後ろで、アルトローザが立ちすくんで呆ける。


「……お嬢様?」


 はっと我に返り、うっかり緩めそうになった頰を両手で隠した。




 街に着いたのは夕暮れ前だった。


 荷解きをした後、夕食と湯浴みを済ませると、すぐ寝るように言われた。

 二日間馬車と列車に揺られ、アルトローザも使用人たちも疲れているからと。


 アルトローザ自身はさほど疲れを感じてなかったが、素直に従い床についた。


 が、従者たちが部屋を出入りしなくなった頃を見計らい、こっそり宿を抜け出した。


 時刻はまだ夕方だが、外に出ると薄闇がかかっていた。

 この季節は日が落ちるのが早い。


 頼りない街灯の明かりの下、アルトローザがメモを取り出す。


「住所は、ええっと南五十二地区……? ってどこだろ」


 けれど宿の人に訊けばグレイスを呼ばれてしまう。

 ま、いっかと気楽に歩き出す。

 この街を見るのを楽しみにしてたのだ。

 見合いは明日の夜だが、きっと外に出してはもらえないから。


 街中は想像以上に家がひしめき合っていて、アルトローザがぎりぎり通れる道だったり、かと思えば急に開けたり。

 家の庭なのか道なのか。階段なのか屋根なのか。

 進むほど謎が増えるのが面白くて、気の向くまま知らない街の散歩を楽しんだ。




 道の先できょろきょろしている女の子を見つけ、声をかける。


「どうしたの、もう遅いよ? もしかしてキミも迷子?」


 十歳くらいだろうか。垂れ目がちな少女が肩をすくめる。


「まさか。自分の街で迷子になんないよ。迷路みたいだけどね」


 その仕草と言い回しに、見た目よりも大人びてる、というより達観した雰囲気を感じた。


「そういうお姉さんこそ迷子?」


 ぎくっと身じろぎする。

 何で、と尋ねると、ふはっと吹き出して、


「だってキミ『も』って言ったから。私は迷子じゃなくて人探してるだけ。で、どこ行きたいの?」


 何だか気安い雰囲気の子だな、と内心嬉しく思いながらメモを見せる。


「ああなんだ、セルシオさん家じゃん。それならこの二つ上の階よ」

「知ってるの?」

「だっておにいの友達だもん。そう、私そのおにいを探してるの。夕飯の買い物頼んだのに帰ってこないってお母さん怒ってて。やっぱりお菓子屋さんにいるのかなぁ」


 一緒に探そうか? と申し出るが、少女はいつものことだから、と軽い調子で手を振った。


 別れ際、


「セルシオさん、いい人だよっ。ちょっと分かりにくいけどっ」


 言って走り去っていった。


 分かりにくい? とアルトローザが首を傾げる。

 そもそもこの人が見合い相手だということは、少女に話してないのだけれど。


 虚を突かれるが、アルトローザはさらにわくわくして、また歩き出した。




 夜になり、出歩いている人は少なかったが、行き当たった人に道を訊きながら何とか目的の家へたどり着いた。

 緊張の面持ちで扉を見つめる。


「もう寝てる……よね」


 草木もとっくに眠りについてる時刻だ。

 本当はもっと早く着くだろうと思っていたが、散歩兼迷子で随分遅くなってしまった。


 起こして怒られないかな、とドキドキしながらそっとノックをする。


 しばらく待つが物音一つ聞こえず、がっくり頭を垂れた。


 すると急に眠気が襲ってきて、大きなあくびをする。

 二日間馬車と列車に揺られ、街に着いてすぐ何時間も歩き回ったのだ。


 眠いな、と目をこすり、家の壁にもたれてその場に座り込む。

 そしてすぐに寝息を立て始めた。




 ここはどんな街かな。

 どんな人たちがいて、どんな暮らしをしてるのかな。


 ーーーお前らしくいられる場所が一番だろう。


 お見合い相手の人は、どんな人かな。

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