お花見(3)

 薄紅色の花々の下、暖かくて、風が優しくて。

 のんびりした空気につい眠くなってくる。


 うとうと舟を漕ぎ始めたセルシオに、


「セルシオ、少し寝たら? 仕事忙しかったから寝不足でしょ」


 しかし、「んー」と生返事をするだけで横になろうとしない。


「いつもちゃんと寝てって言っても寝ないんだから。夜遅くまで仕事して」


 ちょうど思い出していた言葉を繰り返され、セルシオがドキっとする。


「もう、仕方ないなぁ……」


 ため息をつき、いそいそと寝転がる。

 何をするのかと思っていると、キラキラ王子オーラをまとわせて、


「ーーーワガママな子だ。ほら、ぼくの隣においで? 腕枕してあげる」


 言って伸ばした腕をぽんぽん叩く。

 セルシオが鳥肌を立てた。


「……その枕は要らん」




「ルカちゃん、あぶないよー」


 レナードソンの双子が心配そうに木の上を見上げる。


 子どもたちはボールを風船のように弾ませて遊んでいたのだが、うっかり木に引っかかり、取れなくなってしまった。


 ルカが太い枝にまたがり、無表情で手を振る。


「へーき。おかーさんに登り方教えてもらったし、いつも色んなお家の屋根に登ってるから」


 そして前のめりになって手を伸ばす。

 あとちょっと、というところでボールに届かない。


「んーーー……」


 ぶんぶん腕を振るルカを、子どもたちがハラハラしながら見守る。


 すると突風が吹き、枝葉を揺らす。

 引っかかっていたボールは浮き上がり、地面に落ちて転がった。


「大丈夫? 危ないわよ」


 目を上げると、子どもたちのそばにいつの間にか女性が立っていた。

 今の風は女性が魔法で起こしたらしい。


 ルカが真ん丸の目をぱちくりさせた。


「こーんにちはっ」


 シェルピンク色のセミロングの髪の女性がにっこりと笑った。




「……とーさ、おとーさん」


 セルシオが気づいて薄目を開ける。

 頬をペチペチ叩かれ、思わずまた目をつむった。


「ルカ……。どうした?」

「おとーさん起きたー」


 そう言って、起こしただけで走り去っていった。


 何なんだ、と息を吐く。

 休日はよくこんな風に起こされるので、遊んで欲しいのだろうなと思って目を開くと、すぐ目の前にアルトの顔があってびっくりする。


 セルシオがアルトに腕枕をしている状態で、逆じゃなくてよかったと安堵した。


「寝てしまったのか。……ん?」


 気配に気づき、振り返ってまた驚く。

 後ろではレナードソンがすうすう寝息を立てていた。


「……何だ、この状況」


 半眼になって呆れ返る。

 なぜレナードソンまで添い寝してるのか。

 暑くないのに変な汗が噴き出してきた。


 腕枕をしていて動けないし、気にしないでおこう、とため息をついた。


 朝早くからの準備で疲れてたのだろう、アルトは穏やかに眠っている。

 顔にかかる髪を上げてやり、ふっと微笑んだ。


 そういえば初めて出会ったときも、アルトは眠っていた。

 知らない街の、よく知らない見合い相手の家の前で。

 一体どんなお嬢様だとそのときは呆れ、真剣に悩んだものだ。


 考えれば考えるほど不思議だと思う。


 金持ちと結婚して優雅な奥様になっていたはずの、超がつくお嬢様。

 けれどアルトは同居の最初から家事も仕事も厭わず、むしろ喜んでやっていた。


 そして、


 ーーーここでは何でも自分でやらないといけないし、贅沢だってさせてやれない。


 そう前置きしたプロポーズに、彼女は笑顔でうなずいてくれた。


 金持ちより庶民の暮らしを選んだ。

 つくづく変わったお嬢様だなと微笑んで、そっとアルトの頭を撫でた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る