第32話

 アジトの牧師館に帰り、リビングに入るなり、

「クルースニクの能力を少々確認しておきたいのだ」

 予め用意してあったのだろう、サーリャはボウガン持ってきて、俺に渡した。

「芹生龍征、それで吾輩を撃ってみるがいい」

「え……、俺の攻撃が当たったら、サーリャ消滅するんじゃ……?」

「うむ、それなら大丈夫のはずなのだ。とりあえず、腹辺りに撃ってみよ」

 ま、マジでか……、サーリャが消滅したら芋づる式に俺と永霞も、だよな……。

 緊張しつつ、俺はサーリャに向けてボウガンを構える。

 もちろん、撃つのは初めてだ。ちゃんと腹の辺りに当てられるかさえ、怪しい。

 でも、本当に大丈夫なんだよな? 信じてるぞ、サーリャ!

 真祖を消滅させてやりたいと心から願っていたはずが、なんという矛盾。俺は引き金を引いた。

 ズドッ!

 縮地を使えば避けられるのだろうが、サーリャは微動だにしなかった。ボウガンの矢は、サーリャのおへそからちょっと右にずれた付近に、突き刺さる。

 …………。

「うむ」

 納得した様子で、サーリャは矢を引き抜いた。

 ブシャウスキィに槍を突き刺したときのような、白煙は上がらなかった。

「……どういう、ことなんだ?」

「クルースニクの攻撃で真祖を消滅させられるのは、クルースニクの肌に直接触れている、繋がっている武器でないと駄目なようだな」

 つまり、銃弾も、弓矢も、槍も投擲するのは、無効ってことか。

「芹生龍征、永霞叶詠から、剣技とまでは言わぬ、せめて格闘術を教わっておくのだ。実戦で少しでも動けるようになっておけ。そして、自分に合った武器を探しておくがいい」

「……わかった」

 不死者真祖との戦いにおける自分の価値を知ってしまった俺は、もう首を横に振ることはできない。

「なあ、芹生龍征、地球という惑星は多様性というものを何よりも愛しているのだ」

 サーリャは何を思ったのか、唐突に話題を変える。

「それゆえ、吾輩には移民政策とやらがどうにも解せぬのだ。民族とは種だ。民族の多様性を維持するには、どんな少数民族も手厚く保護すべきであろう。ほかの生物には種の多様性のために絶滅危惧種だの保護区だのをつくっておきながら、なぜ自分たちの仲間の保護には無関心であるのか。人類とは不思議なものよ。民族とは、無闇に混ぜてはいけないものだと思うのだがなあ」

 人間にとって不死者が不可解極まりないように、不死者にとっても人間はよくわからないらしい。

「ブシャウスキィは普遍化を志向する力だ。人類すべてを不死者にしようとする、な。だが、吾輩は多様性の信奉者なのだ。不死者真祖にも、人間にも、様々な者がいよう。その様々な者たちが、何を思い、どのような選択をし、世界と向き合っていくのか、吾輩はそれを吾輩が存在する限り、特等席で眺めていたいのだよ」

 機嫌がいいのか、サーリャは饒舌だった。

「吾輩と貴様がこの世界に存在するかぎり、吾輩を楽しませてくれよ、芹生龍征……」

 リビングの椅子の背もたれに寄りかかったまま、サーリャは目を閉じ、たぶん眠りに落ちた。

 その姿は、俺や永霞とほとんど歳の変わらない、愛らしい少女が幸せそうに寝ているようにしか見えない。

 俺と永霞は、静かに席を立ち、寝室へと移動した。


 俺と永霞は向かい合うように、二つあるベッドにそれぞれ腰かけた。

「芹生くん……、サーリャ、さ、ま、を消滅させて……」

 永霞が、声を絞り出すように懇願してくる。

 俺がクルースニク遺伝子保持者だとわかってから、最初に浮かんだ願いがこれなのか。

「でも、それじゃあ……、永霞も俺も一緒に消滅してしまうじゃないか……」

「私はいいの。芹生くんには、申し訳ないと思うけど……」

 永霞には破滅願望があるのだろうか?

「チキータはどうする?」

「チキータも、消滅させて」

「ほかの真祖は? 継承権を持ってるやつが、あと……二十九人いるらしいけど」

「…………」

 永霞は黙り込んでしまった。

 タカにぃと生徒会長の本音も、永霞と同じ気がする。けど、三人とも、ちょっと悲観的すぎないか?

 三人のその感覚は、自分を眷属にした真祖に本能的に逆らえなくされてしまっているのが大きいのだろう。奴隷にされているという屈辱が、刺し違えても解放されたいという感情を生んでいるのだと思う。

 だが、俺はクルースニク遺伝子のおかげで、幸いにも隷属状態にはならなかった。

 そんな俺だけが抱ける、最適解があるはずなのだ。

 一番いいのは、俺たち眷属にされてしまった者が人間に戻れる方法を見つけ出し。その上で、不死者真祖を全員、俺の手で消滅させること。

 これができれば、俺たちは、学園は、ほぼ完全に元のあるべき形に戻れる。消滅してしまった、柔道部員男子と校長は、元には戻せないにしても……。

 ヴェドゴニア遺伝子が人類の強かな生存戦略だとするなら、クルースニク遺伝子は不死者を絶滅させうる超攻撃的な戦略だ。

 何の因果か俺がそんな人類の尖兵として選ばれてしまったのなら、その役目を最大限に果たしたいと思う。

 ただ、そのためには、サーリャだ。

 サーリャが消滅すれば、俺も消滅してしまう。つまりサーリャには、最後に残る不死者真祖になってもらわなければならない。

 人類の味方では断じてないはずのサーリャが、人類の命運を握っている。

 いや、何日か行動を共にしてみて、俺はサーリャが人類の敵かといえば、そうとも言い切れない気もしてきている。

 もしかすると、人類の友として共存できるかもしれないサーリャと、俺はとことんまで関わってみる覚悟を決めた。

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デッドマン・デスゲーム・デストピア @ikasu

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