第31話

「藤堂鷹士、そこに立つじゃん」

 不意にチキータがタカにぃに呼びかけた。

「はい」

 タカにぃは真祖の命令に素直に従う。

 タカにぃの顔は、硫酸をかけられ溶けた部分がまだ治り切っていないことに、気づく。本来凛々しいタカにぃの、頭髪の一部が抜け落ち、頬や鼻や唇が爛れ、見るに堪えない有り様だった。

「酸による攻撃は、不死者でもけっこうヤバいじゃん。特に気化しない硫酸は、修復も滞って、困りものじゃんよー」

 チキータは説明しながら、デザートイーグルを構えた。

「だからよー……」

 ズドォォォンッ!

 いきなりチキータの拳銃が、火を噴く。

 バキャアアッ!

 タカにぃの頭が、無数の肉片となって、脳漿ともに、飛び散る。

「なあっ!? ななな何やってんだチキータぁっ!?」

 俺の叫びなどおかまいなしに。

 ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ!

 続けて三連発。

 タカにぃの胸部、左肘から先、右肩付近も吹き飛ばされてしまった。

「チキータ! おまえっ!」

 槍を握り締め、臨戦態勢を取ろうとする俺を、

「待て、芹生龍征! よく見るがいい、藤堂鷹士の姿を……」

 サーリャが制止した。

 タカにぃの上半身と頭部が、復元されていく。

 すると、

「鷹士! きれいに戻りましたわ!」

 生徒会長が、まるで自分のことのように嬉しそうにタカにぃに駆け寄り、なめらかになった頬を愛おしげに撫でた。

「こうやっていったん木端微塵に破壊したほうが、治りがいいじゃんよー」

 チキータの銃撃は、なんと治療の一環だったのだ……。

 増島の戦法は想像以上に、タカにぃを追い詰めていたのか。硫酸のプールに不死者を落とすことができれば、生身の人間でも不死者の消滅を狙えるってわけだ。

 知識は力だ。不死者についての知識をしっかりと蓄積すれば、ひ弱な人間だって不死者に対抗できる!

「不死者に対して効果的な攻撃方法、酸以外では、何かあるのか?」

 俺は思わず、尋ねていた。

「火炎もだいぶ有効ではあるな。火葬場のように身体が残らぬほどに焼かれれば、不死者も消滅するしかないのでな」

 さらっと教えてくれるサーリャだ。自分に不利になりそうな情報でもけっこうあっさりと開示してしまう。

「炎……炎って……」

 あれ? 数十分前に、俺はかなり強力な火炎攻撃を目撃した記憶が……。

「うむ、永霞叶詠は、クルースニクである貴様と同じく、不死者を消滅させうる力を持っていることになるな」

 や、やっぱりそうなのか……!

 確かに凄かったもんな、あの永霞の技は。人間離れしてるっていうか、不死者の能力にも引けを取らないっていうか。

 サーリャとの一騎打ちのときに、あの技を出していれば永霞は死なずに、人間のままでいられたのではないか……そんな気さえしてしまう。

「サーリャ、テメェの眷属、ほかの真祖たちから目を付けられるじゃん? どっちも不死者を消滅させるだけの力があるとか、目立ち過ぎじゃんよー」

「まったくだな。芹生龍征、永霞叶詠、貴様らの力はできるだけ隠しておくのだぞ。対真祖戦の切り札として用いるのだ」

「はい」

 サーリャの注意に律儀に相槌を打つ永霞だ。

 言われるまでもなく、日常生活であんな技を使う機会が思い浮かばないんだが。バーベキューパーティーかよ。

「幸いなのは、二人の力を今回目撃した敵はすべて消滅していることよな」

「それはちょっと考えが甘いんじゃねー? 二十一位を倒して順位が入れ替われば、継承権を持つ真祖全員が知ることになるじゃん」

「どうやって倒したかを知る者は、我々だけだ」

「継承権ビリッけつが、いきなり二十一位を倒したとか、ジャイアントキリングもいいとこじゃんよー。ゼッテー探りを入れてくるやつがいるに決まってるじゃん!」

「探らせねばよかろう。まだ起こってもおらぬ心配をしても、始まらぬぞ?」

 サーリャとチキータが意見を交わす。聞いていると、サーリャはかなりの楽観主義者だ。

「ところでチキータよ、貴様はずっと学園内をアジトにしていたのか?」

「ん? ああ、ブシャウスキィが校長室に陣取ってたんで、オレ様もしかたなくじゃん」

 問われたチキータは、おもしろくもなさそうに答える。

「こいつらを眷属にした直後、生徒会室にいきなり校長に化けたブシャウスキィがやって来たじゃん。抵抗する暇もなく、いきなり心臓と子宮を抜き取られたじゃんよー」

「チキータ……、タカにぃたちを、どうやって殺したんだ?」

 場面を想像して、俺は思わず尋ねてしまった。

「まあ、首を手でポキッとじゃん?」

 拳銃は使ってないのか……そりゃそうだな、音がうるさいもんな……。

 タカにぃと生徒会長は、こんな見た目幼女に、出会い頭に首をへし折られたのか……。なんともいたたまれない気持ちになる。

「やはり、学園内にアジトを設けるのは得策ではないな。ほかの真祖の不意の襲撃に備えられぬ」

 ふむふむ、と頷きながらサーリャは結論した。

「少し離れた空き家にアジトを構えた、吾輩の慧眼よの」

 さらに自画自賛してみせる。

「タカにぃと生徒会長は、寮生活なのか?」

「ああ」

「ええ、今のところ」

 二人は意思があるから、眷属であることを気づかれる事態には、そうそうならないのかもしれないが。生身の人間の生徒たちに囲まれての生活は、ちょっと心配な気もする。

 たとえば、食事とかどうするんだよ……。

「僕たちには、生徒会室があるから」

 俺の表情から読み取ったのか、タカにぃが答えを先回りしてきた。

 そうは言っても、生徒会役員はほかにもいるだろうに……。

「みなさん、わたくしたちを気遣って、よく二人きりにさせてくれますのよ」

 わずかに頬を赤らめながら、生徒会長までが俺の心を読んだ。

 そうか、生徒会の中では二人の仲は公認なんだな。けど、そのせいで、二人きりになってしまったせいで、チキータにやられてしまった……。

「チキータよ、貴様も吾輩のアジトに住むか?」

「……んー、まあ、考えておくじゃん」

 サーリャの提案に、チキータはやんわりとお茶を濁した。

 そうして、俺たちは深夜の校庭を後にしたのだった。

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