第30話
サーリャが自分の眼球を取り戻してからまず最初にしたことは、転がっていたチキータの心臓の回収だった。
これで、チキータは今度はサーリャに逆らえなくなった。
それでもチキータの表情は、さばさばというか清々としている。ブシャウスキィに比べれば、全然マシといった雰囲気だ。
「テメェ、隙を見て心臓を取り返してから血祭りに上げて、継承の儀出場権も奪い取ってやるじゃんよー」
「ふふふ、できるものならなあ?」
チキータとサーリャのノリは、死線を潜り抜けた戦友みたいになっている。
残りの内臓、子宮の回収もスムーズだった。
ブシャウスキィに抜き取られていたチキータと永霞の子宮は大きさに差があったので、どちらがどちらのかわからなくならずに済んだのが幸いした。
奇策によって盗まれることを免れたサーリャの心臓と子宮は、永霞の腹部を再びサーリャが開き、入れ直していたが俺はグロいので顔を背けていた。
「クルースニク遺伝子って……すごいな……」
折を見て、俺は切り出した。
サーリャもチキータも苦戦していた、ブシャウスキィを一撃で無きものにしたのは……俺だったという事実。
よく考えたら、ブシャウスキィを倒した直後、視力を失っていたサーリャをも俺には、消滅させる機会があったのではないかと、今になって気づく。
おまけに、チキータの心臓と子宮もあのときの俺は簡単に手に入れられたはずだ。つまり、チキータも続けて消滅させられたはず。
俺が機転を利かせていれば、学園を襲った真祖三人すべてを倒せていたかもしれない。それをみすみす逃してしまった俺は、己の甘さに気が遠くなりかける。
「うむ、まさか本当に、継承権二十一位の真祖を一撃で倒せるとはな……。吾輩としても、半信半疑だったのだがな」
サーリャが今さらすごく無責任な胸の内を明かした。
上手くいかなかったらどうするつもりだったのか。どうも不死者真祖の作戦ってのは、綿密そうなサーリャでさえけっこう一か八かなところがあるよな。
やっぱ死なないと、そうそう消滅しないと、舐めているのはブシャウスキィとおんなじじゃないか。
だが、その一撃消滅の危機感を、誰あろう俺が持ち込んだことになるのか。
「やべぇじゃんよー、マジでテメェ、激ヤバじゃんよー!」
チキータからも、あんまりそういう危機感が、残念ながら伝わってこない。
「まあな。クルースニク遺伝子は、千年の時を揺蕩う我々不死者真祖にとってさえ、伝承のみによってしか知らぬ存在であるからなあ」
「クルースニクに出会った真祖自体が、ほとんどいないはずじゃん! オレ様ってば超ラッキーじゃん!」
「
アイドル話にでも花を咲かせているふうの真祖二人を尻目に。
タカにぃと生徒会長の瞳が、今すぐにでもサーリャとチキータを消滅させろと訴えているような気がしてならない。永霞も、同様だ。
三人はヴェドゴニア遺伝子保持者。人間としての意思を保っているものの、真祖には絶対服従を余儀なくされる。
なぜクルースニクが、彼らでなく俺だったのか。彼ら三人のうちの誰かがクルースニクであったなら、チャンスを活かしてサーリャとチキータを消滅させていたにちがいない。
きっと、自分が同時に消滅することもまったく厭わずに。
俺だって、別に自分の命が惜しいわけじゃない。……いや、やっぱり惜しいけど。いやもうなくなってるけど。それ以上に、人間に戻れる可能性を諦められない。
永霞もタカにぃも生徒会長も、その希望を到達不可能なものとして、遠ざけようとしているように俺には感じられるのだ。
「それにしても……吾輩が言うのもなんだが、すでに三人もの真祖がこの学園を襲ったのだぞ? この学園は、少し異常ではないか?」
「サーリャ、テメェも引き寄せられたじゃん? オレ様の考えでは、ヴェドゴニア遺伝子保持者の多さがオレ様たち真祖のアンテナに信号を送ってるんじゃん? こりゃあこれから先も、ほかの真祖がこの学園を狙ってくるんじゃん?」
そういえばサーリャは、この学園を不死者真祖の餌場と評したことがあった。
たぶん将来優秀なアスリートたちを集めたこの学園の特殊な事情が、人間の与り知らないところでヴェドゴニア遺伝子保持者を集めるのとイコールになってしまったのだと推察される。
が、もし本当にそうなってしまっているのだとしたら。
それは逆説的に、俺がサーリャとチキータを消滅させなかった選択が正しかったことを示してくれるのではないだろうか?
「な、なあ、チキータ、これ以上学園の生徒や教職員を眷属にしないと誓ってくれ」
俺は直接確かめてみることにした。
「サーリャ……テメェ、この甘ちゃんのお願い、まさか聞いちまってんじゃねーじゃんよー?」
呆れ顔で、チキータはサーリャを見る。
「ははは、チキータ、貴様は誓わんのか? クルースニクの願いであるぞ?」
サーリャは俺の態度にはもう慣れた様子で、チキータをからかっている。
この二人は、話し合いができる真祖だ。
ブシャウスキィからは、人間とは一切相容れないという、いや真祖同士であっても、他人の考えを受け入れない空気が流れていた。
あんな真祖ばかりだったら、人類との全面戦争は避けられないだろう。それどころか戦争になる前に、人類は虐殺され、滅亡するかもしれない。
しかし、サーリャとチキータなら、人類と共存できる可能性がある。
俺たち四人は殺されてしまったわけだが、学園総眷属化の危機を防いだ今なら、必要最低限の犠牲だったと思えなくもない。
だがこれからも、この私立譜城山学園は不死者真祖の襲撃に怯え続けることになるだろう。俺とサーリャとチキータの思惑は、この学園に入ってくる新たな不死者真祖を排除するという点において一致している。
もちろん、二人のように比較的人間に好意的な真祖だった場合、仲間に引き入れるのも視野に入る。
クルースニク遺伝子保持者である俺、真祖のサーリャとチキータ、ヴェドゴニア遺伝子保持者の永霞とタカにぃと生徒会長。この六人で力を合わせれば、この学園を守り切れる、俺はそんなふうに思い始めていた。
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