第29話

「愚かなブシャウスキィよ、残念だったな……、真祖のほうが囮なのだよ」

「ほっほぉ~っ、だとしても、眷属ごときに何ができますかねぇぇ~~~っ?」

 サーリャに言葉を返すブシャウスキィ。

 気づかれている? 肉に埋もれた首を回して、俺を見ようとしている?

 しかし、間に合うものか!

 ズドオオオォッ!

 ブシャウスキィのすぐそばまで縮地で移動してから、いったん停止して槍を突き刺すのではなく。

 俺は縮地状態を維持したまま、槍を前方に構えて突っ込んだのである。

 ブシャウスキィのなめくじみたいな身体に身体ごとぶつかるのは正直最悪な気分だったが、そんなことも言っていられない。

 ずぶずぶと、槍の穂先が分厚い脂肪にめり込んでいき、やがて皮膚が破け、肉に届き、さらに奥へと侵入していく。

 本気で避けようとすれば避けられたかもしれない。にもかかわらず、ブシャウスキィはそれをしなかった。

 そう、こいつはタカをくくっていたのだ。

 眷属ごときに、もと人間ごときに、不死者真祖が一撃で倒されることなどあるはずがない、と。すべては、サーリャの思惑のとおり。

 ブシュッ。

 手応えがあった。

 目的の器官に、槍が到達した。

 ジュウウウウウウウウウウウウウウウウッ!

 肉が焼け焦げるような音を立て、凄まじい勢いで白煙が上がる。

 最初は、槍の刺さった小さな傷口から。

 やがてそれは、ブシャウスキィの全身へと広がっていく

「ほっ……、ほぉっ!? んなぁぁ~~~っ、きっ、貴様まさかぁぁぁ~~~っ!?」

 遅すぎる恐怖に、ブシャウスキィの顔がようやく歪んだ、刹那――。

 バッシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!

 灰。

 ブシャウスキィの身体はすべてが真っ白な灰となって、深夜の校庭の闇に舞い散り、降り注ぎ。

 気がつけば、積もることなく消え去っていた。

 ジュウウウウウウウウッ!

 直後、輿を担ぐ柔道部員たちにも異変が。

 ブシャウスキィとまったく同様の白煙に包まれていく。

「え……、えっ!?」

「真祖が消滅すれば、眷属もまた消滅すると、教えたはずだが?」

 動揺する俺と、冷静なサーリャ。

「あっ、抜け道がある、って話だったよな? 柔道部員たちを助けてくれよっ、サーリャ!」

 四つん這いになって地面を手探りしているサーリャに、俺は眼球を拾って渡してやる。眼球に付着した土や砂を一通り手で払ってから、サーリャは自分の顔にはめ込んだ。

「気が進まぬな」

 が、返答はつれなかった。

「なっ、なんでだよっ!?」

「意思を持たぬ眷属は手がかかるのだ。ブシャウスキィのように、学園すべてを支配下に置くつもりでないと、おいそれと引き受けることはできぬ」

 言われてみて、納得してしまう。

 今日まで男子柔道部員の様子がおかしいことが生徒たちの話題に上がっていないのは、奇跡に近いのではないか。

 喋れない、目の虚ろな部員たちは、クラスメイトや教師とどう接していたのだろう? まさかずっと、部室に籠もっていたのか? 唯一意思のある増島が、合宿中だとか誤魔化していたのかもしれない。

「それに、今日までの柔道部員の食事は誰が与えていたのだ? 三十人超の眷属の食事をな。食事を与えた者はおそらく、相当の負担であったにちがいあるまい」

 さらに、サーリャがえげつない疑問を呈した。

「ちなみに、人間のときに異性愛者であった眷属は、同性同士の食事では精気摂取の効率がすこぶる悪くなると付け加えておこうか」

 俺も永霞も、二人だけで食事をし合った。

 サーリャの追加説明だと、柔道部員同士ではたぶんやっていない。

 異性の眷属なんて……生徒会長しか……。

 俺は恐る恐る、タカにぃと生徒会長の表情を盗み見る。

 タカにぃは、自分の足元で白煙を上げる二つに千切れた人体、増島克矢を見下ろしていた。

 その目は、普段と変わらないように見える。タカにぃは基本ポーカーフェイスだからな。だが、その眉間に苦悩の皺が寄せられ、瞳に憎しみの色が滲んでいるのに、俺は気づいてしまった。

 生徒会長は、周囲でやはり白煙を上げる柔道部員たちを見ようとしない。怯えたような表情で、懺悔に満ちた瞳で、自分自身を両手で抱きしめ、ガタガタと震えているのだ。

 あんな心的外傷に苛まれた生徒会長を前に、俺はそれ以上言葉を発することは、もうできなかった。

 しゅうしゅうと音を立て、ブシャウスキィの眷属たちが、灰になっていく。煙として立ち昇り、風にさらわれ、消え去っていく。

 結局俺たちは、柔道部員男子全員を見捨てた。

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