第28話

君の瞳に映らない僕に乾杯バイ・バイ・プロージット

 一方、ほかの男子柔道部員たちを一手に引き受けた生徒会長は――。

 透明化能力を使い、八面六臂の活躍を見せていた。

 タカにぃと離れたおかげで、偽者と区別がつかなくなる危険がなくなったのも大きい。ほぼ棒立ちの柔道部員たちをばったばったと切り伏せていく。

 これで当面、永霞がブシャウスキィの手に落ちる心配はなくなったと思われる。

 そして次はやっと、俺の出番だ。

「よく消滅せずに踏み止まったな、芹生龍征」

 俺のもとに近寄ってきたサーリャは、予想外に優しかった。

「永霞叶詠にだけでは不公平よな? 吾輩からのプレゼントだ」

 サーリャが顔を近づけてくる。

 キス、永霞以外の女の子と……。永霞より少し小さくて冷たい唇。柔らかさは、同じくらい。永霞とは違う良い匂い、静謐な雰囲気の匂いが、ふわっと鼻孔をくすぐった。

 唇と唇が繋がったまま、口が開かれる。ふううううっ、とサーリャから、精気が注入される。

 力が、みなぎってくる。

「まず、謝っておかねばな、貴様のことを出来そこないの眷属と言ったが、あれは……嘘だ」

「嘘……?」

「正確には、あの時点ではまだ確信がなかったのだ。だが、チキータに貴様の攻撃がかすった際に、すべてが判明した」

 サーリャは真剣な表情で、もったいぶるように話す。

「芹生龍征、貴様はクルースニク遺伝子保持者だ」

「クルースニク……遺伝子……?」

「不死者真祖を消滅させることができる、人間なのだ。その発現確率は約十億人に一人、現在全世界で七人か八人といったところか」

 そんなだいそれたものが……俺に……?

「貴様の攻撃は、不死者真祖に火傷のような、溶解のようなダメージを与える。そして心臓を突けば、不死者真祖は全身が灰となって消滅するだろう」

 確かに、俺が手にした槍がチキータにかすったとき、煙が出た。それが、根拠なのか。信じても、いいのか……?

「ブシャウスキィは必ず油断する。今だってずっと舐めたプレイを続けているであろう? 不死者真祖は、一撃必消滅といった威力の攻撃を受ける機会がほぼ皆無ゆえな。だが芹生龍征、貴様にはそれができるのだ。自信を持て、貴様にしか為せぬ業、成し遂げてみせるがいい」

 サーリャは言いながら、俺にそっと槍を一本手渡した。

「貴様の働きは、一瞬で終わる。縮地だ。その一瞬を見逃す出ないぞ」

 サーリャは、ブシャウスキィに向き直る。

 今、ブシャウスキィの周りには、輿を担いだ四人の柔道部員だけ。永霞を追わせることで、すでに護衛の排除に成功していた。

「ゆくぞ、ブシャウスキィ!」

 わざわざ叫んでから、サーリャは二本のククリを両手に構え、普通の速さで駆け出す。

「ほっほっほぉ~っ、やっとそれがしのもとに飛び込んできてくれるのですねぇ~サーリャちゃぁ~ん~?」

 ブシャウスキィは、まったく危機感なく、輿の上でふんぞり返っていた。

 サーリャが跳躍する。

霧の略奪船渡しフォグ・ロブ・フォブ

 ブシャウスキィが呟く。

「ぐあぅっ!」

 高く跳んだ空中で、サーリャは苦痛に喘いだ。

 サーリャの眼窩が剥き出しになっていた。美しい青い瞳があったはずの場所が空洞になってしまっている。

 では、その瞳はどこに……?

「ふぉっふぉっふぉ~っ、れろれろ~んっ」

 勝ち誇ったように、ブシャウスキィは大きく口を開き、やはり大きな舌を出してみせる。その舌の上で、二個の球体が捏ね繰り回されていた。

「ぐっ、くぅっ、ぅああっ!」

 サーリャが嫌悪に耐えないといった悲鳴を上げる。

 ブシャウスキィが飴玉のようにしゃぶっているものこそ、サーリャの眼球にほかならなかった。

 同時にブシャウスキィが乗った輿が、すいっと横に移動する。視力を失ったサーリャはまっすぐに、もとの軌道のままククリを振り下ろしながら飛び込む。

 ズシャァッ、ゴロゴロゴロッ!

 地面に落ちる格好になったサーリャは勢いを殺すために転がり込む。

 一切見えないはずなのに、サーリャはすぐに体勢を立て直すと、ブシャウスキィの位置を気配だけで探り当てたのか、正解の方向へとククリを再び構えてみせた。

「ふぉっふぉっふぉ~っ、ほろほろ降参ひてはほうれすかなぁ~?」

 サーリャの眼球を舌で転がしながらブシャウスキィが言う。

「貴様、調子に乗り過ぎではないか? いつもアポーツで奪う部位がふざけているよなあ? 姿を現した瞬間に、全員の脳みそを奪っておけば、間違いなく貴様の圧勝であったであろうな?」

 サーリャは冷ややかな笑みを湛え、そう指摘した。

 ぷっ、とブシャウスキィはサーリャの眼球を吐き捨てる。

「ふむぅぅ、サーリャちゃんは赤ちゃんプレイがお好きなのですかなぁ~? よろしいでしょうぅ~、お望みとあればねぇぇ~っ!」

 ブシャウスキィが、またしてもアポーツ能力を発動しようとしている。

 今だ! サーリャの特攻によって、ブシャウスキィはサーリャと向き合い、俺に背中を見せている。そして、アポーツの標的をサーリャに決め、実行直前。標的の変更はすぐにはできないだろう。

 走れ、芹生龍征! 縮地のまま、やつの心臓目掛けて駆け抜けろ!

 俺は走っているとき、身体で風を感じるのが好きだ。

 けど。

 縮地の場合、風は後からやってくる。

 時間が、止まっているみたいだ。スローモーションの中を一人で駆けている。

 狙うべきは心臓、外したらどうなるんだろう? なんとなくあのへんじゃないかっていう感じはするが、俺は医者じゃないし、人体の解剖図を暗記しているわけでもない。

 それにブシャウスキィの身体は脂肪の塊で、標準体型に比べて位置がわかりにくいんじゃないか?

 大事な場面で、悩みが生じかけた俺の視界に。

 光が。白い光が、ブシャウスキィの体内の中心付近から、迸っているように見えた。

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