第27話

「はあっはっはあーーーっ! 眷属なんてもんにされちまって、クソみてえな最期かと思えば……、不死になったうえに特別な力まで手に入れられるとか、最高じゃねーか! バラ色の人生ってやつだぜ!」

 増島にはサーリャに倣って、もう人でもないし生きてもいないがな、と言ってやりたい。

「永霞叶詠ぇ……、たっぷり可愛がってやるよぉ……。へへへ、おまえが入学したときから、ずっと目をつけてたんだぜーっ?」

 ブシャウスキィに眷属にされたせいなのか? なんだかこいつあまりにも、この真祖にしてこの眷属あり、って感じじゃないか?

「人間のままだったら、卒業まで指を咥えて見ているしかなっただろうなあ。だがこれからの俺は、学園中の女たちを犯し放題! そろそろ雲雀をガチで犯す許可も、ブシャウスキィ様に頂かなければ!」

 増島は醜悪な欲望を口から垂れ流す。

 眷属にされてしまったみんなが人間に戻れるように最善を尽くしたい。そう思っていた俺の心が揺らぐ。

 いや、増島だって、人間のままだったら……、将来オリンピックで金メダルを獲得し、人望を集め、立派な柔道家として名をなすのかもしれないじゃないか。

 本当に? 増島克矢は人間に戻れれば、善良な市民に戻れるのだろうか? それとも、権力にものをいわせて、今口走っているようなことを女性に強要するような、そんな犯罪行為をいくつもしでかすのだろうか?

「待て! 増島!」

 そうこうしているあいだに、タカにぃが増島に追いついていた。

「藤堂ぉ~っ、邪魔する気か? 自分の女も守れない、腰抜けフニャチン野郎がよぉーっ?」

 増島の挑発をタカにぃは無言で睨み返す。

「人殺しってのも、やってみたかったんだよなあ! 藤堂、俺は前からおまえが気に入らなかったんだっ、すかしやがって!」

「奇遇だな、僕も同感だ、おまえとは絶対に分かり合えない」

「ぶっ殺してやるぜ、お互い死ねないけどなあ? 何度でもよぉっ!」

 増島はまともに組み合うつもりなのか。タカにぃの怪力を知らないのか?

 タカにぃの身長百九十一には及ばないものの、増島の身長も百八十後半はある。横幅は増島のほうが広い。体重はたぶん百三十キロくらいなのではないか。だとすれば、タカにぃよりも三十キロ重い。

 それでも、まともに挑んでタカにぃに勝てるとは、俺には思えない。

「……締め技は不死者には効果がねーんだよ」

 じりじりと間合いを詰めながら、増島はおもむろに話し出した。

「絞め技ってのは、血管にしろ気道にしろ、酸欠によって意識を失わせる。不死者は初めから心臓動いてねーし、呼吸もしてない。たまに息が荒くなるのは、人間だったころのクセみてえなもんだろ」

 そ、そうなのか……? 俺今、呼吸してないの? 全然、気づかなかった……。

「関節技はけっこう有効だな。ただ、骨を折っちまうよりも、外したほうが不死者にはいい。折れた骨は修復しちまうが、外れた関節は自動では戻らない」

 へええ……、性格は屑でもさすが柔道家……。俺はちょっと感心してしまう。

「いろいろ研究したんだぜ? でだ、俺がおまえと戦うのを想定して導き出したベストな戦法が……」

 タカにぃと増島が、柔道の試合のように対峙した。

 刹那、

「これだよおっ!」

 増島は制服の中からガラス壜を取り出し素早く蓋を外すと、中の液体をタカにぃへと浴びせたのだ。

 ジュウウウウウウッ!

「ぐあっ!」

 タカにぃの身体から白煙が上がり、タカにぃが呻く。

 タカにぃの顔から胴体や足まで、顔を庇おうとして手にも、液体は万遍なくかかってしまっていた。タカにぃは患部を押さえながら前屈みになる。

「硫酸だぜ! 教師に化ければ理科準備室に入るのも簡単だしなあ!」

 得意満面で卑怯かつ凶悪な手段をひけらかす増島。

「どうだよ藤堂、俺の柔道に頼らないこの柔軟なやり方はよおっ! おまえには投げ技も関節技もかけられそうにねーからなあっ!」

 増島がさらに、制服の中から取り出してみせたものは、厚い刃が鈍く光る、鉈だった。

「どれだけ早く首を斬り落とせるかを重視すると、これになるんだよおっ!」

 ちょうど前屈みになって狙いやすくなった後頭部に、増島は鉈を振り下ろす。

 ズドッ!

 ぐらっと、タカにぃの首が通常とは異なった角度で折れ曲がる。

 鉈の一撃は、タカにぃの首を半分ほども、切り裂いていた。ぱっくりと肉が開き、白い骨が覗く。

「おらよおっ!」

 ズドンッ!

 増島の二撃めで、タカにぃの頭部は、ぼとりと地面に落ち、ごろんと転がった。

 首から上がなくなってしまったタカにぃの胴体は、為す術なくばったりと倒れる。

「はあっはあっ! ざまあねえなあっ、藤堂ぉっ!」

 増島はタカにぃの髪を掴んで生首を持ち上げ、勝ち鬨を上げた。

「……増島、おまえ真祖から変身能力以外は教えられていないのか?」

 今なお硫酸で皮膚を溶かされながらタカにぃの生首は、目を閉じたまま増島に話しかける。

「ああん? 負け惜しみか? 藤堂」

「アポーツ能力があれば、こんな小細工を弄さなくとも、勝てただろうにな」

「何言ってんだ? もう勝ってるだろうが……があっ!?」

 がくんっ、と増島が突如として体勢を崩した。

 気がつけば、タカにぃの倒れたままの胴体から伸びた両腕は、増島の左右の足首をがっしりと掴んでいたのだ。

「おおおおおおおっ!」

 タカにぃの生首が咆哮する。

「まっ、待てっ、とうどっ……ぎゃあああああああああああっ!」

 バキバキバキッ、ベリベリベリッ、ブッシャアアアアアッ!

 内臓を血飛沫を肉片をぶちまけながら、増島の身体は股の根元から、真っ二つに引き千切られていった。

 やはり、増島は怪力を手にしたタカにぃの敵ではなかった。

「やれやれ……、酸による損傷は、回復が遅いな……」

 タカにぃは、再び転げ落ちた頭部を自分の胴体で拾い上げると、首に乗せてくいくいとくっつけ直すのだった。

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