第25話

 サーリャは顎を指で触りながら考え込む。

「縮地が使えるなら、簡単なのだがな。手の動きも超高速になるゆえ……、吾輩なら、接近戦になればいくらでもチャンスがある」

 サーリャが先ほどのチキータ戦で、チキータの腹を掻っ捌いていたのは、心臓がまだ入っていたならそれを手に入れるため。

 それがすでになくなっていたので、チキータは他の真祖に心臓を奪われ言いなりにされていると確認できたってわけか。

「寝込みを襲ったわけでもあるまい。なあ、どうやったのだ? 教えてはくれぬか、ブシャウスキィ!」

 サーリャはついに、自分からブシャウスキィに向かって言葉を投げた。

 いわば宣戦布告、相手の注意をわざわざ自分へと惹きつけたのだ。

「おおぉ~、サーリャちゃんのほうからそれがしに、質問してくださるとはぁ、これはもうお見せせねばなりますまいぃ」

 ブシャウスキィは快諾する。

 もともと、サーリャにもするつもりだったのだろうから当然だ。

 不思議なのは、サーリャだ。チキータの惨状を見てもわかるとおり、状況はかなり危機的なはず。

 内臓を抜き取られれば、そこで一巻の終わり。その方法すら、皆目見当がつかないというのに、サーリャには防ぐ手立てでもあるのだろうか?

「ほっほっ、いけない子ですねぇ、どうなるかわかっていて、おねだりなんて。サーリャちゃんはぁ、クールを装っていますが意外に好き者なのですかなぁ~?」

 ご機嫌なブシャウスキィはにたにた笑いながら、いじっていたチキータの子宮を左手だけで掴み直す。

「はぐっ……!」

 チキータが身悶えるが、誰も気を逸らさない。

 ブシャウスキィは、空っぽになった右手のひらを上に向け開いた。

 ブシャウスキィはサーリャのおへその下辺りを凝視し、

霧の略奪船渡しフォグ・ロブ・フォブ

 何かを呟く。

 刹那――。

 ブシャウスキィの右手のひらには、二個目の子宮が、乗っかっていた。

「物体の瞬間転移、アポーツ能力か!」

 サーリャが興奮気味に叫ぶ。

 しかし、そんな場合ではないのではないか。すごく、まずいだろ……、いともあっさりと取られすぎじゃないか!

「ほ~っほっほぉっ! これがぁ、サーリャちゃんの子宮ぅですかぁ~」

 勝利を確信したブシャウスキィが、遊戯のように開いた手のひらを結んでいく。

 ぐにゅううう!

 強すぎる抱擁、子宮全体が肉厚な五本の指に握り締められた。

「ふああああんっ!?」

 女の子の切ない喘ぎ声が上がる。

 だがそれは、サーリャの声帯を震わせたものではない。

 下腹部を両手で押さえ屈み込んだのは、サーリャの後方に控えた永霞だった。

「心臓を抜き取るのが真祖が真祖を従わせる常套手段だとはすでに言ったな。常套手段ということは、その対策も試みられてきたということだ。その最もポピュラーな対抗手段が、先にどこかに心臓を隠しておくことよ」

 したり顔でサーリャが解説する。

「この場合は、子宮をだがな」

 さっき――。

 サーリャが永霞に近づき、胸と腹の辺りを軽く撫でたかに見えたあの行為。

 あの瞬間、サーリャはすでに縮地を使って永霞と自身の胴体を掻っ捌き、お互いの心臓と子宮を素早く入れ替えた。

 そう、理解するほかない。

「ブシャウスキィ、その力には、射程距離があるのだろう?」

 間髪入れず、サーリャが畳みかける。

「ど、どうなっているんですかぁ……?」

 ブシャウスキィは、まだ状況を把握できていない。

「永霞叶詠! 縮地で遠ざかれ!」

 サーリャの指令が飛ぶや否や。

 ヒュンッと、身悶えていたはずの永霞が五十メートルほど移動していた。表情は苦しげなままだ。それでも任務を遂行してみせる永霞だった。

「もう少しだ、二百メートルも離れれば充分であろう。ブシャウスキィの視界の中で、子宮の位置を測れない程度の距離を取ればよいのだ。追手も来るだろうが、上手く逃げろよ? そのときは学園外に出ても構わん」

 サーリャの追加要求に応え、すぐさまさらに遠方に距離を取る永霞。校庭のだいぶ端までいってしまった。

「……? ……! な、内臓をあの娘と入れ替えていたのですかぁっ!?」

 サーリャの言葉と永霞の行動をずっと眺めていたブシャウスキィが、ようやく正解に辿り着く。

「ぬううぅ~、おいたが過ぎるお嬢ちゃんたちですねぇ~~~っ!? 逃がしませんよぉ~っ!?」

 ブシャウスキィは、慌てて右手に掴んだ永霞の子宮を連続で揉み始めた。

「くうううんっ!」

 二百メートル離れているのに、永霞の悶える声が俺にまで届いてしまった。

「ひぐっ、はぁっ、ぐぅぅっ!」

 がくがくと全身を震わせ、永霞は地にうずくまる。

 これは……、ブシャウスキィが揉む手の動きを停止しなければ、永霞はあそこから一歩も動けそうにない。

 しかし、その間にいくつかの異変が起こっていた。

 まず、今の永霞のようにうずくまっていたはずのチキータが、自分の子宮への注意が逸れた隙をついて、いまだ黒焦げで倒れたままの生徒会長のもとへと駆け寄っていた。

 顔と首、胸の辺りまでは修復されたものの、手足などは黒炭状態で動かせそうにない生徒会長をチキータは優しく抱き起す。

「すまなかったじゃんよー、円城寺・雲雀・ラトランダー。テメェばっか、貧乏くじ引かせちまったじゃん? その詫びってわけじゃねーけど、真祖としての責務、果たしてやんよー」

 チキータそう言うと、生徒会長に唇を重ねた。

 ふうーっ、と息を吹き込むように、精気を吹き込んでいるのだろう。生徒会長の全身が、凄まじいスピードで元に戻っていく。透き通るように白い肌が、美しい金髪が、モデルのようにすらりとした手足が、甦っていた。

「さあっ、反撃開始じゃんよーっ!」

 そしてわざわざ、ブシャウスキィに聞こえるように、高らかに宣言する。

「んほぉっ、いつのまにぃっ!? おのれぇ~~~っ!」

 チキータが自由になっているのに気づき、ブシャウスキィは今度は左手に持ったチキータの子宮も揉みし抱き始める。もちろん永霞の右手も同時に。両手で二つの子宮を揉むその姿は、何かの遊びに興じているようにも見えた。

「「あぐうぅぅっ!!」」

 永霞とチキータの喘ぎが同調する。二人は当分、戦力としてリタイアだ。

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