第23話

 ザッザッザッザッ。

 深夜の校庭に、軍隊の行進のような靴音が響く。

 サーリャの呼びかけに応えるように、総勢三十人超の男子柔道部員が校舎のほうからこちらへと向かってきていた。

 その最後尾、無差別級と思われる一際屈強な体躯の男子四人が、お祭りのお神輿の軽量版みたいな物を担いでいた。

 その木組みには真ん中に人が乗れるくらいのスペースがあり、実際にそこに人が一人座っていた。

 戦国時代とかに大名なんかが乗ってた、輿っていうのか? そんなものがわざわざ用意されていることも驚きだが……。

 乗っているのは、校長じゃないか!

「はああ~いぃっ、真祖、眷属の皆さん、元気にしてますかぁ~~~?」

 おかしなテンションで、校長が口を開く。

 あれ? 校長って、ヴェドゴニア遺伝子保持者じゃない、己の意思を失った眷属なんじゃなかったっけ?

 俺が不審に思った、そのとき。

 校長の姿がぐにゃぐにゃと変形し始めたのだ。

 身体の大きさは、ほぼ校長のままなのだが。頭髪は完全になくなり、全身のどこにも体毛は見当たらない。

 皮膚には至る所に皺が刻まれ、筋肉はほとんど見受けられず、贅肉ばかりが目につく。首回りにもたっぷりとついた脂肪によって、頭と胴体がそのままくっついてしまっているように見える。手足も同じく脂肪に埋もれているせいで、実際よりも短く見えているだろう。

 それは、頭と手足のついた肉塊とでも言うべき異様な姿だった。妖怪の、ぬっぺっぽうに一番近いかもしれない。

 と、なぜこれほどまでに全身を隈なく見渡せるかというと、服を一切身につけていないのだ。

「ほっほっほっほっほっほっ、可愛いですねぇ、サーリャ・ノヴガルド・ストリゴイ」

 ねっとりと絡みつくような口調で名を呼ばれ、サーリャは眉をひそめる。

「それにぃ、チキチータ・ロゴンヴェルド・ヴコドラク、円城寺・雲雀・ラトランダー、永霞叶詠ぇ~~~」

 永霞の名を耳にした途端、俺の身体にぞわっと鳥肌が立った。

 その甲高い金属音のような不快さのある声で名前を読み上げられただけでも、大切な何かを汚された気分になる。

 しかも、女子の名前ばっかり呼びやがって……。俺やタカにぃや柔道部員たちには、一瞥さえくれやしないじゃねーか。下心を隠そうともしない、下衆さを極めた肉の塊め!

「それがしはぁ~、ブシャウスキィ・パガウン・ペナンガルラン。大真祖継承権二十一位の老いぼれにございますよぉ~」

 ぐっ、と。

 その順位を聞いたサーリャが拳を握り締める。当たりを引き当てたのだ。大真祖継承の儀参加資格のある、三十二位以内を。

 ただ、いささか当たり過ぎな感も否めない。

 二十五位以内とは、十回戦って一回勝てるかどうかの実力差があると、サーリャは言っていたんじゃないか? そんな相手に、本気で挑むつもりなのか……?

 俺も、いつまでも校庭に寝そべっているわけにはいかない。

 腕に力を込め、自分の心臓に刺さっている槍をどうにか引き抜いた。

「永霞に化けて、俺を嵌めたのも、おまえの能力か……」

 正確には、ブシャウスキィの眷属なのだろう増島克矢が永霞に姿を変え、俺を体育倉庫に導いたのだと思われる。そして、倉庫内に待機していた十人ほどの柔道部員に、滅多刺しにされたのだ。

 立ち上がりたいが、上半身を起こすので精一杯だった。

 しかしブシャウスキィは俺の言葉には応えない。

「ふむ、貴様の能力の一つは、変身なのだな?」

「ほっほっほっほっ、いかにもぉ~」

 サーリャにはしっかり答える。

「けど、変身能力って……、服も創り出したりできるのか?」

 俺は浮かんだ疑問を口にしていた。

「変身能力というがより正しくは、個体の表面のみを覆う非常に極域的な幻覚、であるな。肉体や衣服が変形するのではなく、見え方だけが変化するのだ」

 ブシャウスキィに代わって説明してくれたのは、サーリャだった。

「さてさてぇ、サーリャお嬢ちゃんもそれがしの虜にしてからぁ、学園の全校生徒、全教職員も眷属にしてやりましょうかねぇ~~~」

 ぞっとする。こいつは……、全人類の敵だ。

 サーリャやチキータが、一回の落雷程度の災害だとすると。ブシャウスキィは、黒死病クラス……、大量虐殺を微塵も躊躇わない大災厄だ。

「まずは女子柔道部員でしょうかぁ? そろそろ男子部員たちの様子がおかしいことに気づきそうですしぃ~。ですが女子部員の中にはヴェドゴニア遺伝子保持者が一人もいないんですよねぇ、意思を持たない眷属では、食事を楽しめないのが残念ですねぇ。殺す前に一人ずつ、生きている状態で一回楽しんでから眷属にするのが正解ですかなぁ~? もちろん食事に足る美しさを持つ娘のみですがねぇ~~~」

 ブシャウスキィは己の醜悪さ――その姿よりも内面がよりいっそう――を隠そうともせず、吐き散らす。

「ところでぇ、チキータちゃぁ~ん?」

 にたあっと締まりのない口をさらに開き、ブシャウスキィは会話の矛先をチキータへと移した。

「おやおやぁ、まだサーリャちゃんを倒せていないんですかぁ? なんだかぁ、逆にやられちゃってますねぇ~?」

 サーリャに抱えられたままのチキータの生首の顔面が、引き攣る。

「しょ、しょうがねーじゃん! 眷属は一匹も消滅させるなって命令……、ヴェドゴニア遺伝子保持者は貴重だから、言いたいことはわかるじゃん? けど、それじゃあいつまで経っても勝てねーじゃんよー!」

「それでぇ、気がついたら負けちゃってたんですかぁ? ほっほっほっ、チキータちゃんにはお仕置きが必要ですねぇ~~~」

 そういえば、チキータはなぜこんなやつと手を組んでいるんだ? いや、今の話の内容だと、

 何か弱みでも握られて従わされているのか?

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