第22話
銃弾や槍は、銃口から飛び出した瞬間から、手から離れた瞬間から、透明化の能力の適用外となり見えるようになる。
一方、生徒会長の武器であるサーベルは、いつまで待とうが、いつまでも決して見えるようにはならないのだ。
それはずっと、透明になった手に握られたままであるから。
永霞は、そんな絶望的とも思われるハンデ戦の只中にいた。
征服のブラウスもスカートも、ぼろぼろだ。サーベルの剣先に何度も何度も切り刻まれてしまったがゆえに。
腕や足にも無数の切り傷ができ、血が滲んでいる。
にもかかわらず、永霞はすんでのところでかわし、敗北に直結するような怪我を負わずにいる。見えないサーベルが服や皮膚に触れた瞬間に、縮地を用いた回避行動を取るという、驚異的な技術によって。
「永霞叶詠さん……、あなたは本当に、侍なのですわね。学生ではない……戦場に身を置く、真の侍なのですわね……!」
生徒会長の口からは、自然に感嘆の言葉がこぼれる。
「けれど、あなたの刀がわたくしを捉えるのは不可能。そろそろ観念なさって?」
それでも絶対的優位にことを運んでいる生徒会長は、己の勝利を信じて疑わない。
ところが。
ここまで斬られても呻き声一つ上げなかった永霞が、ついに口を開いたのだ。
「生徒会長、すみません。私、見えなくても平気なんです」
生徒会長は、そのとき熱を感じていた。
今年は梅雨に入るのが遅れていて、雨の降らない爽やかな晴れの日が多い。夜は二十二、三度といったところ。とても過ごしやすい気温だ。
なのに、熱い。
生徒会長の額を汗が伝う。永霞叶詠の周囲だけが、異常に熱い。
生徒会長はようやく気づいた。永霞叶詠の二本の日本刀、その刀身が鍛冶の炎にくべられたかのように、赤く輝いていることに。
「永霞無間流奥義、
永霞が交差させた両腕をほどきながら、虚空に振り上げる。
その姿は、美しい赤い鳥が、二枚の翼を広げ天高く羽ばたくかのようだった。同時に――。
ゴオオオオオオオオオオオオオッ!
業火が、巻き起こる。
永霞を中心に、巨大な炎の竜巻が、立ち昇っていた。
「ひああああああああああああっ!」
永霞の左斜め後方二メートルの位置に、人の形をした炎の塊が突如出現し、踊り狂う。
それはやがて生徒会長だとわかるも、みるみる黒く炭化していく。
「この
永霞は愛おしそうに、二本の長刀を眺めるのだった。
「どうしたじゃんよー? 逃げ回らないじゃん? 泣いて助けを乞えば許してやらないこともなくもないじゃんよー」
その場に留まって微動だにしないサーリャのせいで、透明になったというのに思わず話しかけて自分の位置をバラしてしまうチキータである。
「撃ってみるがいい。どこからでもな」
静かに挑発するサーリャ。
「弾丸など、羽毛が落下するにも等しい速度よ。欠伸が出るわ」
さすがにもう、チキータも応えない。場所も移動したはずだ。
無音のまま、時間が流れていく。
いつ、爆発のような発砲音が響き渡るのかと、両者息を殺していた、そのときだった。
「にゃあ~~~っ!」
暗闇の中から、影が実体化したかのように、黒猫が飛び出したのだ。
その黒猫は、何もないはずの空間にまっしぐらに飛びかかる。
「
サーリャが何か呟きながら、小さな動きで黒猫を指さした。
「うおっ!? なんなんじゃんよぉーっ!?」
叫び声とともに、チキータが姿を現す。
黒猫に膝の辺りを引っ掻かれた様子だ。
チキータが黒猫を蹴飛ばそうとするも、黒猫はひらりとかわし、そのまま一目散に遥か遠くへ逃げ去っていった。
「猫は気配を視るでな。隠れている真祖を見つけたら、飛びかかるように頼んでおいたのだ」
サーリャのやつ、猫と意思疎通できるのかよ……、ちょっと羨ましい。
「ふんっ、とんだ邪魔が入ったじゃんよー。けど、テメェの消滅が、ほんのわずかに延びただけじゃん!」
チキータは苛立ちつつ、再び姿を消す。状況はふりだしに戻ったかに思われた。
ところが――。
地表から二十センチほどの空間に、黒いもやが浮かんでいた。
そのもやは、ゆっくりと移動している。まるで人が歩くような速度で。そのもやは、チキータが黒猫に引っ掻かれた部位におそらく合致していた。
「おいたが過ぎる猫の首には鈴をつけねばなあ。気づいているか? チキータ、吾輩のつくる闇は真の闇、透明になど決してできぬことに」
言うなりサーリャは、縮地で黒いもやのそばまで一瞬で移動する。
サーリャのククリが閃いた。
「くぁっ! どうしてオレ様の位置がっ!?」
チキータの声だけが、虚空に響く。ククリをギリギリ避けたのだろう。
「チキータよ、貴様、操られておるよなあ?」
黒いもやによって、チキータを完全に捕捉したサーリャは、ククリのラッシュを仕掛けながら、語りかけ始めた。
「校長室で貴様の眷属について探りを入れたとき、吾輩が生徒会長と副会長のことのみ尋ね、柔道部員には敢えて触れなかったのを覚えているか?」
「そんなの、覚えてるわけねーじゃん!」
もはや透明になっている意味のないチキータは、やけっぱちに大声で否定する。
「貴様は、柔道部員のことなどまったく念頭にないようであったな。それは、柔道部員たちが、自分の眷属ではないからではないか?」
ん? それってどういう……。
「あーもうめんどくせーっ!」
唐突に、チキータが透明化を解き、サーリャの眉間に銃を突きつけようと両腕を伸ばす。
「その動作がすでに遅いのだ」
縮地を用いた斬撃、サーリャはククリを握った両手を跳ね上げると。
チキータのデザートイーグルを構えたままの両腕が、くるくると宙を舞った。
「貴様の内臓、見せてみるがいい」
「けっ、テメェなら気づいてくれると思ってたじゃんよー」
なぜか清々しい表情で、互いを見つめ合うサーリャとチキータ。
次の瞬間、サーリャのククリは、チキータの胴を縦一文字に深々と切り裂いていた。
真祖の身体には、血が通っていないのだろう。どんな傷口からも、決して赤い血は噴き出ないのだ。
「やはりな」
納得した様子で、サーリャは頷いた。
同時に――。
バツンッ!
さらなるククリの一閃により、胴体から離れたチキータの頭部だけが、夜空に舞い上がった。
サーリャはそれをナイスキャッチ。そのまま流れるような動作で、切断したチキータの首を小脇に抱えた。
「ちょっ、何するじゃんよーっ!」
抱えられながら、抗議の声を上げるチキータの生首。
「しかたあるまい? すでに先客がいるのではなあ?」
サーリャはチキータを文字どおり見下ろしてから、
「永霞叶詠!」
生徒会長を倒したばかりの、永霞の名を呼んだ。
生徒会長は、ほぼ人の形をした黒炭のようになって横たわっている。あの状態で、回復できるものなのか? けっこうやばい気もするが……。
「雲雀!」
そんな生徒会長を目にした途端、タカにぃが駆け出す。
俺は、ボコボコにされた状態のまま、放置されてしまった。助かったといえば助かったが、なんとも切ない気分になる。
一方。
「はい」
気がつくと永霞はもうサーリャの前に跪いている。縮地の使用は永霞にとって、もはや息をするのと大差ないのかもしれない。
「見事だったな、立つがいい」
サーリャが褒めると、永霞は無言で直立する。
ぽんぽんっ、とサーリャは永霞の胸とお腹の辺りを軽くさするような仕草をした。
人間だったら、肩を叩いて労うことがあるが、それと同じか? サーリャのほうが背が低いから、届きやすいところを触った?
俺が疑問に思っていると、サーリャはぐるりと周囲を三百六十度見回してから、
「さあ、茶番は終わりだ! 出てくるがいい、三人目の真祖よ!」
深夜の校庭で、高らかに宣言した。
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